第8話 パンドラ

「おう、ごわす殿。かの賞金稼ぎと話したそうじゃないか。何かされたか」

「うむ、心配されるようなことは何も。しかし彼はなんとも不思議な方でごわした。我々の有り様に疑いの目を見せたでごわす」

「ほう。それは興味深い。時流に逆らうとは」

「愚かと思われるか」

「かもしれん。うん、次は吾輩が近寄ってみるとしよう」


 ***


「かつて、全てを与えられた女性がいたそうな」

「すべて? ってなに? 具体的には?」


「そうだな。例えば、美貌。頭脳。器用な手と勤勉さ」

「おおすごい、たしかに全て」


「それにスパイスを一つ。強い好奇心」

「……う~ん。それはなんというか、長所と言えるかなぁ」


「ああ。だからこそ、彼女は開けてはいけない箱を開けて、世界に数多の災いを飛び散らしてしまった」

「それはそれは、なんと恐ろしい」


「けれど彼女は慌てて蓋を閉めたおかげで、その箱に希望だけが残った」

「なるほど〜」


「……それで? 何を言いたいわけだ」

 賞金稼ぎカラフ・エアは腕を組み、壁に背を預けながらそう言った。その足元には、一つの宝箱が。


 彼の目の前にいる二人は『あたしたち』であった。片や通常体、片や変異体。


 拝啓、読者諸君。

 吾輩はクローンガールズが一人である。彼女らは吾輩を「ハザマ」と呼ぶ。

 いわゆる、社畜である。あたしたちと、アルカトラズ社の、中間管理職。即ちハザマだ。

 吾輩はアルカトラズ社改め御母堂の命により、今朝方ここに着いたばかりである。

 吾輩の隣の通常体は、単に工房のあたしであり、お迎えに来てくれただけである。


「貴君に少々尋ねたいことがあるのだが、宜しいか」

「なんだ」

「その箱を開けることが果たして正しいことだと言えるかね」

「正しい? 俺の正しさとは、依頼人にこれの中身を差し出すことだ」

「ああ、それは知ってる。依頼人はアルカトラズ社だろう。吾輩は代わりに受け取りに来たのだ。だがはて、本当にそれが良いことかね」

「……もう一度訊く。何が言いたい?」

「簡素に言えば、その箱には一種の防衛システムがあるのかもしれない。聞くと、我々の一人がそれに殺られたそうではないか。開けるべき人物が開けるそのときまで、それは誰にも開けること叶わず、なんてことがあるやもしれん」

「……」

「さて、中身は災いか、幸いさいわいか。吾輩自身、これを果たして我らが御母堂に捧げて良いものか悩んでいる」


「と、言うよりも。おらはちょっと疑わしいことがあるでごわす」

「おや、ごわす殿」

「カラフどんは、アルカトラズ社から依頼を受けたんでごわすよね?」

「ああ」

「その具体的な内容は、どのようなものでごわすか?」

「……怪物を倒せ、と。しかし、倒したあと宝箱が出たことを連絡したら、それを受け取りに来ると」

「ふむ。もしかしたら、アルカトラズ社はその怪物の中身を元から知っていた、という可能性があるかもでごわす」


 ほう、と吾輩は感嘆のため息を吐いた。

「では、この宝箱の中身も御母堂は知っている、と?」

「可能性はなくもないでごわす」

「ほほう」


「しかし、これをあんたが受け取るのは変わらないだろう」

「うむ、うむ。問題はそこだ」「そうでごわすそうでごわす」

「何が問題なんだ?」

「裏切りだ」「裏切りでごわす」

「裏切り? 誰が誰を」

「我らが御母堂アルカトラズ社が、」「我々を、おらたちを、あたしたちを」


「囮に使った……? あるいは、情報収集……?」


 ミス・スミスが来りて首を捻る。

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