蜂蜜色に甘く甘く溶かされて

Mercury

私、岸田 里奈(きしだ りな)には最近悩みがある。




「おはよう、りぃ今日も可愛いね。可愛すぎて天使が現れたかと思っちゃった。あ、でも本当に羽が生えてボクの前からいなくなっちゃわないか心配だな。」


登校してくるや否や、歯の浮く様な台詞と共に、贈られる手の甲へのキス。




毎朝繰り返されるこの光景に、最初の頃は煩く騒いでいたクラスメートの皆も、今では慣れたという様に大半がスルーである。




しかし、女子からの嫉妬や羨望の視線は毎日痛い程突き刺さっている。




―――――そう、悩みの種はこの目の前の男、木崎 優斗(きざき ゆうと)である。




「おはようございます、木崎君、毎朝言っていますが手の甲にキスするのは止めて下さい。」


「ん?あぁ、そろそろこっちの方がよかった?」


細く綺麗な長い指を、里奈の唇に当ててにこりと甘く微笑む。


頬が赤くなるのを感じながら、瞬時に顔を背ける。




「か、からかわないで下さい。もうそろそろ飽きませんか…?」


「りぃに飽きる?そんなの一生ある訳ないだろ。それに僕、りぃをからかったことなんて一度もないんだけど。もしかしてずっとそう思ってたの?」


心底ありえないというように目を瞠った後、とても悲しそうな顔をして見つめてくるものだから謂れのない罪悪感に襲われる。




「え、えっと、その、ごめんなさい?」


「…絶対わかってないでしょ。もし、本当に悪いと思うんなら、放課後りぃの時間を僕にちょーだい、ね、駄目かな?」


「は、はい、わたかりました。」


「ふふ、絶対だからね、約束。」


さっきまでと一変して、にっこりと効果音がつきそうな満面の笑みを浮かべ自分の席に…といっても私の目の前の席だが…座り前を向く。その瞬間、私は、後悔の念に襲われる。




木崎君の蜂蜜色の瞳に見つめられるとどうしても強く拒否が出来ない愚かな自分が恨めしい。


彼は、言わずもがなイケメンである。しかも、日本とイタリア人のハーフで帰国子女の転校生にも関わらず、学年主席というハイスペックさを持ち合わせている。




特別美人でも何でもない私なんかに構う理由は、たまには雑草もいいかという一時の気まぐれか、からかっているだけという事なんて初めから理解しているつもりだ。


本気に捉えて傷つくなんて馬鹿な真似はしたくない。




***




キーンコーンカーンコーン




何とかして、放課後の約束を断れないかと悶々と考えていたらいつの間にか放課後になってしまった。


授業なんて、全く頭に入ってこなかった…。明日誰かにノートを借りなければと項垂れる。




「りぃ、やっと放課後だね。待ち遠しすぎて、こっそり学校中の時計を早めちゃおうかと思ったよ。でも、そんなことしたらりぃに怒られそうだから我慢した。ほら、行こう。」


「…そんなことしちゃ駄目に決まってます。あと、行きますから、手、離して下さい。」


「ダーメ。手離したら、りぃはきっと僕から逃げるでしょ?だから、絶対に離さないよ。」


毎度の事ながら、何を言っても無駄そうなので諦めて大人しくついて行く。




「木崎君、一体何処に行くんですか?」


「内緒。着いてからのお楽しみね。それと、そろそろ木崎君って呼ぶの辞めない?」


「他に何とお呼びすればいいんですか?木崎さんとかでしょうか?」


「何でそうなる訳…流石の僕も拗ねるよ?昔みたいにゆぅ君て呼んでよ。もしくは、優斗でも大歓迎だよ」


「え??昔みたいにとは??」


彼の言っている意味がよく分らなく首を傾げるばかりである。




「そうやって、首を傾げるりぃも可愛いね。着いたよ。懐かしいなぁ。此処変わってなくて安心した。」


「此処って、私の家の近所の公園?此処に来たかったんですか?」


「そう。ねぇ、覚えてる?此処でたくさん一緒に遊んだよね。」


そう言われ、疑問符が浮かび上がると同時に、そう言えば、幼い頃よく此処で一人の男の子とよく遊んでいたなと思い出す。


その子は私の初恋の男の子で、両親の都合で外国に行ってしまった時は一晩中泣いた記憶がうっすらとある。




確か、その男の子の名前はゆぅ君という蜂蜜色の髪の男の子だったような…そこでハタと気づく。




「も、もしかしてあの時のゆぅ君ですか?」


「もしかしなくてもそうだよ。やっと思い出してくれたね、りぃ?本当は自分で思い出してくれるかなと思って待ってたのに中々思い出してくれないんだもん。僕は一目でわかったのに。まぁ、そんな少し抜けてるところもりぃの魅力なんだけどね。」


「その、気づかなくてごめんなさい。もしかして、中々気がづかないから、怒って、私の事からかっていたんですか?」


あんなに私を構い倒していたのはきっとそのせいだと一人納得する。




「何でそうなる訳?僕言ったよね、りぃの事からかったことなんて一度もないって。やっぱり信じてなかったんだ。」


どうやら、違ったようだ。ゆぅ君が少し不機嫌そうになってしまった。




「ご、ごめ「謝らなくていいから。」


謝ろうとしたら、彼の声に遮られる。




「りぃって直ぐ謝るの癖だよね。別に悪いとは思わないけど、僕には謝らなくていいよ。毎日りぃへの愛を惜しみなく伝えていたつもりだったけどきっと足りなかったんだね。僕の力不足で、ごめんね。これからは今まで以上にとろとろに甘やかして僕の愛で溶かしてあげるから許してくれる?」


「あ、愛???ど、どういう???」


頭がパンクしそうな位、混乱して、思考回路が追い付かない。




「可愛い可愛い、りぃ。愛してるよ。僕と付き合ってくれる?」


「あ、え、わ、私なんかで本当にいいんですか?」


「私なんかって言わないで。りぃがいいんだよ。『りぃは僕だけのお姫様』でしょ?」


その言葉を聞いてとても懐かしく思った。




―――――ゆぅ君は私だけの王子様だよ?


―――――じゃあ、りぃは僕だけのお姫様だね。




昔、よく交わした約束の言葉である。




「その、ゆぅ君は、今でも私だけの王子様…ですか?」


「勿論。あの時からずっとりぃしか見てないよ。」


その言葉に思わず、瞳が潤んでしまった。


本当はずっと自分の気持ちに気づかない振りをしていただけなのだ。ゆぅ君が私なんかを好きなる訳がない、からかっているだけだと必死に自分に言い聞かせて。




転校して再会したその時、一瞬で目を奪われた。蜂蜜色の男の子に二度目の恋をしたのだ。




「ゆぅ君、私も、す、好きです。」


恥ずかしかったが、精一杯気持ちに答えたいと思い頑張って思いを伝えた。


きっと、顔は真っ赤だし、瞳も潤んだままであろう。




「嬉しい。でも、その顔は反則…抑えが利かなくなりそう。りぃ、僕だけのお姫様、僕が君に溶かされているのと同じくらい僕に溺れて?」


顔中に甘く蕩けるようなキスの雨が降り注ぐ。




とっくに、私が、蜂蜜色に溶かされ溺れている事を彼は知らない。


でも、恥ずかしいから、当分しばらくは内緒。






fin.





***



―――――告白後




「ねぇ、りぃこれから僕の家に行かない??」


「え、でも、あの、もう帰らないと、門限があるんです。」


「・・・門限。そっか、それは早く帰らないとね。送ってくよ」


「あ、ありがとうございます。」


二人は仲良く手をつないで帰宅。




里奈が優斗に完全に心も身体も甘く溶かされるのはまだ少し先の話。

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