エピローグ

 一通り刹那晶を見たあなたは、少し肌寒くなり始めた宿の一室で、ふぅと息を吐き出した。


 それなりに長くかかった。見始めたのはまだ日がある内だったが、今やとっぷりと暮れてしまっている。

 とはいえ、中には手に汗握るような物語もあったから、最後まで飽きることなく見ることが出来た。


 それにしても、とあなたは思う。

 まるでこの世にはあり得ないような物語もあったのだ。

 あれは、本当にこの場所ではないどこかで実際に起きていたことだったのだろうか、と、首を傾げた。


 ともあれ、改めてそれぞれの結晶を見て、どれがどのような話だったのかを一つずつ思い出し、問題ないことを確認したあなたは、木板もくばんに炭であらすじを端的に書いた後、一つ頷いて寝床へと入った。



 翌日。あなたは念のためもう一度、木板を見直し、記憶に問題が無いことを確かめて、荷物を纏め、宿を出た。朝市で必要なものを買い、時間を潰してから露店商へ向かう予定だ。

 流石にこの早い時間にはまだ開いていないだろうから。



 荷物から朝市でお得に買えた果物を取り出して、朝食代わりに食べつつ、あなたは露店商の元へ向かった。場所はうろ覚えだが、それほど広い場所ではない。

 一通り見ていれば見つかるだろう、と、そう思っていると、すぐにあの老人が見えた。


「おう、来なすったの。どうじゃった?」


 あなたは老人の前に刹那晶を並べ、一つ一つ指を差してどういう内容だったかを説明していく。老人はあなたの話にふんふんを聞き入り、全て聞き終わると、顎をさすりつつ口を開いた。


「うむうむ。よかろう。この灰とだいだいのがドンピシャじゃな。それから……この空色のものが惜しい。掠りは無いのう」


 当たりはあったものの、それ以外の結果がボロボロだった。

 とはいえ、銀貨8枚と銅貨6枚。臨時収入だと思えばまぁまぁと言えるか。

 あなたは肩を竦めて、老人から代金を受け取った。しかし。


「ん?おぉ、言い忘れておったが、わしも興味があっての。手間賃も含めて銅貨4枚はオマケじゃ」


 そう言って老人は鈍色にびいろの欠片を一つと、黒と白のものを別の袋へと分けた。例の好事家こうずかに渡すものを丁寧に包みながら、世間話のつもりなのか、老人は話し始めた。


「わしがこんなことをやっとるのも、わしに利益があるからじゃて。金は大した額にはならんがのう、老後はえてして暇なんじゃわい。じゃが、観劇なんかは贅沢じゃろ。あっちゅうまに金が飛ぶんじゃ。そこで、これじゃ」


 そう言って、老人は一つの結晶を掲げた。その結晶は空色の中に細く白い線が何本か走っているのが見て取れる。先ほど、老人が惜しい、と言っていた、価値にして銀貨5枚の品であった。


「まだ小さい頃、石を集めたことがあるじゃろ?特に綺麗な石は取っておいて宝物にしておいたのに、親に勝手に捨てられたりの。どうじゃ?」


 あなたは頷いた。実際どうだったかは定かではないが、そう言われるとしていた気もする。その頷きに老人もまた頷きを返す。


「そうじゃろう、そうじゃろう。しかもこの石、ただ綺麗なだけじゃぁなく、物語まで見せてくれるんじゃ。どうじゃ?二束三文で当たり外れはあるとはいえ、観劇よりはよっぽど安いじゃろうて、のう?」


 そうあなたに問いかけた老人は、その結晶をそっと、小綺麗こぎれいな革袋の中へと入れた。そして、それを丁重に脇の鞄へとしまうと、再びあなたの方を向く。


「お主も、覚えておくとよいぞ?年を取り、ある土地に落ち着いて何もやることがない、とそう思った時、この刹那晶を思い出し、手に取ってみるのもよいかもしれん、とな」


 老人はそう言うと、あなたをしっしと追い払った。どうやら、まだ売り手がいるか、もしくは商売をするつもりらしい。


 あなたは、老人に手を上げて別れの挨拶の代わりとすると、その場を立ち去る。


 たぶん自分が年老いた時にはもう忘れているだろうな、と思いつつ。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集(6月分) グミ好き @gumisuki59

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ