音の魔女

五話

 五日ぶりに外へ出た。


 外の酸素を大きく吸い込む。朝のひんやりした空気で、肺が満たされる。

 

 外に出て初めて気づいたが、僕が監禁されていた小屋の隣に、もう一軒家がある。その玄関から、フローラが出てきた。


「おはよう」


 挨拶と共に、こちらへつかつかと歩いて来る。僕も同じように挨拶を返し、質問する。


「これから、何処へ行くの?」


「エンターテイメント――私が通っている学校よ。魔女が通う、四つある学校のうちの一つ。なんだけど……」


 フローラは僕をまじまじと見つめ、一つ小さなため息をつく。そしてゆっくりとこちらへ歩み寄り、両手で僕の頬を包み込んだ。

 

 突然の行動に、心拍数が急上昇する。フローラに聞こえてしまいそうで、嫌だ。いきなりこんな事をするのは、やめて欲しい。

 声もかけれぬまま、ただ息を呑む。やがて、彼女の手がするりと離れた。

 

「……何?」


 やっと問いかける事が出来たその時、彼女の指からパチンと音が鳴った。

 声を取り戻してくれたあの時のように、沈黙の時が流れる。やがて、僕の身体が薄っすらと光を帯び始めた。直視するには、少し眩しい。目を背けながらも、僕は自身の身体に違和感を覚えていた。

 

 光が収まり、身体の様子を確認する。動き自体には、何の異変もない。変わったのは、その見た目だ。


 元々着用していたボロボロの服は、黒地に黄色のラインが入った、ジャケットのような服へと置き換えられていた。そう、フローラが着ているものと同じだ。

 

 そして服の中では、胸から骨盤周りまでが、フローラと同じように骨が剥き出しの状態となっている。

 

 黒いスカートから伸びる足は、少し細く、そして色白になっていた。多分、腕や肩幅も少しだけ細くなっている気がする。

 

「じゃ、出発しようか」

 

 何事も無かったかのように、箒にまたがる。僕は急かされるように、彼女の後ろに着いた。



 

 

 僕はフローラと箒に跨り、空を飛んでいる。彼女はこちらを振り返る事なく、まっすぐ前方を見つめていた。


「ねぇ、フローラ」


 返事は無い。風の音で、僕の声が聞こえていないのかも知れない。少し声量を大きくして、彼女の耳元で話を続ける。


「どうして危険だと分かってて、僕を連れ出すの?」


 数秒沈黙した後、前を向いたまま答えた。


「小屋の中に閉じこめられるよりは、いいでしょ?」


 僕は返事をする代わりに、彼女にしがみ付く手にギュッと力を入れる。


「その格好であれば、君は他の魔女に襲われない。……君がヘマをしない限りはね」


 確かに、今の僕は中性的というか、女性だと言われても分からない。それくらい、彼女が掛けた幻想は上手く出来ていた。


「もう一度言うね。魔女は人間の男を食べる。だから魔女に対して、下手に心を許しては駄目。でも……」


 一呼吸おいた後、ポツリと呟くように言葉を発した。


「……魔女達のこと、過剰に嫌わないであげて欲しい」


 フローラがどんな表情で、その言葉を口にしたのかが気になる。しかし、後ろからでは想像することしか出来なかった。




 広大な草原は、やがて深緑色の森に変わった。空からでは地面が見えない程、大木が所狭しに生い茂っている。

 何を目印に進んでいるのか分からないが、空を飛ぶフローラに迷っている様子は無さそうだった。


「そろそろ、降りるね」


 少しずつ高度が下がる。下を見ると、木々の間から茶色い屋根がぽつんと顔を出していた。


 枝を華麗に避けつつ、地上へと降り立つ。空からだと小さく思えた建物は、近くで見ると立派に見えた。焦茶色のレンガで造られた校舎は、森の雰囲気と相まって不気味さすら感じる。


 フローラは無言のまま、入り口へと向かっていく。僕は置いていかれないよう、ひたすら彼女の後ろを歩いた。


「……あれ、フローラさん!?」


「フローラ先輩だ!」


 建物に入ると、廊下で過ごしていた女性達が騒ぎ立てる。その声を聞きつけ、さらに人が集まり始めた。


「フローラ先輩、お久しぶりです!」


「フローラさん、ご機嫌よう!」


 集まった女性達が、口々に挨拶を交わす。彼女達は皆、僕やフローラと同じような服装をしている。恐らくこれが、制服なのだろう。

 そして足や肘、胴体など、身体の一部が骨の姿をしていた。


「……ご機嫌よう」

 

 フローラは無表情のまま、素っ気なく返事をしていた。まるで有名人が来訪したかのように、周囲はあっという間に人だかりが出来る。

 はしゃぐ声が響く一方で、僕の方を指差し、ヒソヒソと話をしている者も居た。


「……人気者なんだね」


 バツが悪くなった僕は、フローラに声をかける。しかし彼女は無言のまま、振り返ることも無く歩き続けていた。


 


「フローラせんぱーい!!」


 弾むような声と共に、金髪の女性が勢いよくこちらへ走ってきた。そして正面からフローラに抱き着く。


「……コラリー、久しぶり」


「ほんとですよー! この数日間、先輩の声を聞きたくて聞きたくて、うずうずしてました!」


「全く、あなたはいつも大袈裟よ」


 フローラは相変わらず無表情だが、抱きついてきた少女の頭をやさしく撫でていた。

 そんな彼女の胸元に、コラリーは耳を寄せる。


「あぁ、先輩の鼓動音、相変わらずさいっこうです……!」


 じゅるりと涎を垂らしながら、これでもかと言わんばかりにニヤけている。


「コラリー、優秀なあなたに頼みたい事があるの」


 そんな彼女を、フローラはペリペリと引き剥がす。そして僕を指差して言った。


「この子、最近うちで面倒を見始めた『はぐれ魔女』なんだけど。記憶を失ってて、魔法の使い方を忘れているらしいの。どうやら、喉に力を宿しているみたい」


 コラリーがこちらを振り向く。先程までの笑顔は消え、真面目な表情で僕を見つめている。


「あなたの『音魔法』にこの子の歌声を乗せて、力を引き出して欲しいの」


「はぁ……私が、ですか?」


「えぇ。もし上手くいけば、五日後のお祭りでこの子の魔法を使うつもりだから」


 勝手に話が進んでいく。コラリーは腕を組んで考え込むが、やがて顔を上げて答えた。


「分かりました! 大好きな先輩のため、この私が一肌脱ぎましょう!」


「……ありがとう。宜しくね、コラリー」


「じゃあ、行くよ!」


 コラリーは僕の手を取り、廊下を駆け出した。


「ちょっ……」


 なす術なく、彼女に引っ張られる。凄い力だ。この華奢な身体の何処に、この力が秘められているのだろうか。

 

 後ろを振り返ると、フローラが無表情でこちらを見つめていた。

 ……相変わらず、彼女が何を考えているのかは分からない。


 再び前を向くと、コラリーのスカートから覗く右脚が、骨の姿をしている事に気づいた。


「ねぇ、君。名前は?」


「シオン」


「そーなんだ! 私はコラリー! フローラ先輩との付き合いは、とーっても長くて深いんだ!」


 僕を引っ張る手にギュッと力が込められ、締め付けられる。痛い。


「そう、なんだ……」


「ねぇ、あなたはどこから来たの?」


 コラリーは質問を続ける。ここで僕は、フローラの言葉を思い出した。


――魔女に対して、下手に心を許しては駄目。


「……分からない。記憶が無いから」


「ふーん、そうなんだ」


 コラリーは、それ以上何も聞いてこなかった。




 階段を一つ登った先にある、少し広めの部屋。中にはピアノやドラムなどの楽器が置いてあった。まるで音楽室のような雰囲気だ。


「さ、入って入って!」


 言われるがまま、僕は教室に入る。ガチャリと鍵の閉まる音がして、後ろを振り返る。次の瞬間、コラリーが僕の胸ぐらを掴み、思い切り壁に押さえつけて来た。

 

 背中に衝撃を受け、思わず咳き込んでしまう。しかし彼女は容赦なく、胸ぐらを掴む手に力を込める。息が苦しい。

 彼女は青い瞳に怒りを灯し、こちらを睨みつけている。


「あんた、一体何のつもり!?」


 さっきまでの穏やかで柔らかい雰囲気は、微塵も残っていない。何も言えない僕に痺れを切らしたのか、さらに壁に思い切り手を突いて追い打ちをかけてくる。


「何で人間の男が、フローラ先輩と一緒に居るのよ!?」


 怒れる彼女の口から出たのは、耳を疑う言葉だった。早くも、僕が人間だという事がバレてしまったらしい。


 でも、一体どうして……?

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