閑話 触れ合い

神楽道さんがメンバーに加わって数日が経過した。もう時期夏休みということで、冷房の効いた三階の作戦会議室にて各々やりたいことをしていた。


メンバーは僕と美澄さん、神楽道さんの三人だ。


アスタさんは喫茶店のバイトで、拓斗は大学生仲間と合コンとのこと。


婚約者が居る分際でと思うけど、普通の一般人に婚約者という存在が知れ渡っているとも思えないし、拓斗もわざわざ言いふらしたりしないだろう。彼は言わなくても異性とは一定の距離を置く男だ。


なら、お喋り沢山出来るじゃんと聞けば、基本的に質問攻めと自己アピールの人達に囲まれるなら喋る暇がないそうだ。哀れな男よ。


そういうことで本日は三人、アジトで悠々自適に過ごしています。


美澄さんは沢山あるモニターのデスクでカタカタと軽快にキーボードを叩いているし、神楽道さんはゲーミングPCに初めて触れたからか、夢中になってオンラインゲームとかやっている。分かる。分かるぞ! その機械は無限の可能性が秘められているよね!


僕はというと色んなゲーム関連の掲示板を覗いたり、ホラー掲示板で夏に備えてネタを仕入れたりと精力的に暇を潰していた。


そんな涼しくも穏やかな時間の最中に、神楽道さんがふと声を上げた。


「ねぇ、エトワールって何やる組織なの?」


恐らく僕と美澄さん両名に対しての質問だろう。


美澄さんはキーボードを叩くことをやめ、僕も掲示板から目を離す。


「そうね……目的はかなり曖昧だけど、お互いの求めるものを見つける……組織かしら?」

「それって、青音くんが言う空っぽの器を満たす方法を探すってこと?」

「言い方は任せるけど、僕はそう思っているよ」


一応アバウトながら理由があって存在する組織なのです。


「青音さんなら情熱を向けられる対象を見つけることよね?」

「うん。滾るような情熱を味わいたいのかな? それに今一番近いのが喧嘩っぽいんだよねー」

「だから、あんなに強かったんだ……見た目によらないよね〜」


正直自分でも野蛮すぎると思うけど、身体を思いっきり動かせる喧嘩はなんだかワクワクするんだよね。戦闘狂なのかも。


「ここのさんは悪党が成敗されていることにカタルシスを感じるのよね?」

「上品な言い方だね〜ぶっちゃけ、調子に乗ってる悪い奴らがざまぁな目に遭うのを見ると胸がスカッとするんだよね〜これってなんだろうね? あたしってドSなのかな?」

「悪い人限定だし、そんなことないんじゃないんかな? みんな悪者がやっつけられるお話は大好きだし」


神楽道さんはその傾向が他人より強いだけだ。そして彼女としてはそういうモノを見て喜ぶことに少しの罪悪感を抱いている。


その器を満たす方法は他にないのかを探すことになるのだろう。


「そして、私は自分の生きる意味を探す為に色んなことに挑戦しようとこの組織を立ち上げたわ」

「普通に生きてるだけじゃ、生きてることにならないって意味?」

「そうね。そうなるかしら。私としては自分の存在意義を見つけることにも言い換えられるわ」

「僕には美澄さんは必須だよ」


気がつけばそんなことを言っていた。彼女があまりにも儚く感じて消えそうに思えたから。


「ありがとう。今は青音さんの為に出来ることがないかが私の生きがいね」

「ナチュラルに彼女の前で他の女の子を口説くなよ〜」

「“仮“が抜けているわよ」

「この子細けぇ〜」


彼女たちは出会ってからそうやって言い合いをしているが不思議と雰囲気が悪くなる様子は無い。むしろ仲良くすら見える。


「それじゃあさ〜みんな暇ってことだよね?」

「端的に言えばそうなるかしら?」

「暇だね。正直、そう簡単に器を満たせる方法は見つからないだろうなら、のんびり探していくつもりだよ」

「一生見つからないかもよ?」


どするの? と神楽道さんは眉をひそめるけど僕はもう決まっていた。


「その場合はみんなとずっと一緒に居られるから、悪い結末にはならないんじゃないかな?」

「そうね。今この瞬間から私は見つからなくても良い気がしてきたわ」

「おい! この色ボケ! まあ、長い付き合いになるってなら……案外楽しいかも?」


三者三様に決して悪くない未来になると確信はしていた。


出会ってそう時間は経っていないけど、僕たちはきっと通じあえていると感じた。


そして暖かい空間が僕たちを包みこむ。


神楽道さんは少しモジモジして恥ずかしそうに言う。


「あのさ〜暇なら、あんまり関係無いことだけど……二人に手伝って欲しいことがあるんだー」

「できる範囲ならなんでもやるよ! 暇だからね」

「ええ。私もできる限り協力するわ。ちょうど青音さん好みのコスプレ衣装を一通り発注し終えたどころだから」

「そんなことしてたの!?」

「うっわ〜桃菜ちゃんにそんなことさせてだんだー」

「誤解だよ!?」


ドン引きを絵に書いたような反応をする神楽道さんに必死に弁明しようとしたら、美澄さんから追い討ちを仕掛けてきた。


「ここのさんの分も注文済みよ」

「いらねぇーよ!? 着ないよ!? ぜ、ぜったい着ないから!」


顔を真っ赤に染めて身体を僕から隠すように腕で胸を抱き締める神楽道さん。ちょっとエロいです。


「そ、そんなことより! 神楽道さんの手伝って欲しいことって?」


何となく検討はつくけど、本人から言わない限りは干渉する事じゃないから。


美澄さんも姿勢を正して、神楽道さんに向き直る。


「えっと……あたしね? 人に……触れられないんだ」

「……やはりそうなのね」

「気づいてたの!? クラスの子にはバレたことないのに」


彼女は驚くけど、僕には何となく美澄さんが気づいた理由が分かった。


「ここのさん。私はあなたと仲良くなりたいのよ? だから、あなたに嫌われないように注意深く観察していたわ」

「お、おう。ダイレクトに照れるな」

「僕は二回目のデートの時に何となくそうかなって思ってたよ」

「そ、そんな前に!? うぅ……意外と演技は得意だったんだけどなぁー」

「ここのさん、違うわよ。青音さんが特別、観察眼に優れているから気づけたのよ」

「それでもだよ〜クラスの子にはあたしが潔癖症気味だから〜って言い訳はしていたけどさー二人にはなんも言ってないし」


それでも不服そうにするので、僕はここはしっかり真実を伝えるべきだと思った。


勘違いやすれ違いをするぐらいなら、しっかり思っていることを告げるべきだと思う。


「僕はね神楽道さんのことが好きだよ。だから、君の細かいしぐさだって知っているし、知る努力はしているつもりだよ」

「あ、あぅ……」


真っ赤になる彼女に、今度は美澄さんから追い討ちが。


「私も短い付き合いだけど、あなたがとても素敵な人なのは伝わったわ。だから、私もあなたのことがとても好きだわ」

「……えぅっ」


もはやパンクしそうなぐらい目をぐるぐるさせる神楽道さんを僕と美澄さんは微笑ましそうに眺める。


「ぎ、ぎぶ」


顔をデスクに伏せて彼女はしばらく呻いていた。


そして、しばらく見守っていたらガバッと顔をあげて生命力溢れる一言を発した。


「あたしも二人のこと好きかもっ! だからあたしが二人と触れ合える手伝いをして欲しいっ!」


少しひねくれている神楽道さんの正直なお願いに、僕と美澄さんは顔を合わせて一つ頷く。


そして声を合わせて。


「「喜んで」」


神楽道さんは頬を綻ばせる。


「ありがとう」


素敵な笑顔を見せてくれた。


そして場所を四階のプライベート空間の部屋に移動し、みんなして少し距離を置いて座る。


「ここのさんの症状を聞いてもいいかしら?」

「うん。……女の子は軽く触れるぐらいならちょっと震えるぐらいで済むかなぁ。抱きつかれたら小一時間ぐらい動悸が起きるぐらい」

「それでもかなりヘビーだね」

「分かったわ。なら、異性ならどうなるの?」

「うん。近づくだけで震えそうになる。指先が触れると多分、吐き気がする。思いっきり触られたら全身から力が抜けて動けなくなる」

「そっか……神楽道さんが以前言っていた女子グループのトップになりたいって男子を遠ざける為なんだね?」

「そうなるね。まあ、なら目立なければいいって話けど、中学のときは逆に男子からやたら話しかけられてすっごく苦労したんだよねー」


何となく理由は分かったよ。


そりゃあ中学のときも可愛かっただろう神楽道さんが物静かな女の子なら、仲良くなれるかもとチャレンジしたくなる男子も多かっただろう。


オタクってイケてる女子より、文学少女みたいな物静かな女の子が好きだもんね、


だから、彼女は高校では逆にイケてる女子になって、男性との接点を減らすように動いたんだ。


今なら分かる。ダイナーな彼女が中学の頃の神楽道さんで、明るい彼女は高校に入ってからの神楽道さんなんだ。


中学の頃は人との接触を避けていたら、一人で楽しめる趣味に走るよね。


その名残がカードゲーム友達との繋がりなのだろう。


「なら取り敢えず私から始めるという事でいいかしら?」

「よろしくお願いします」


取り敢えず美澄さんから慣れようということになったみたい。


まあ、いきなり異性はハードル高いわな。


「まずはそばに寄るわね」


バスケットボール一つ分ぐらいの距離を置いて隣に座る。


「ん〜平気。クラスの子よりは何とも無いかなぁ」

「分かったわ……なら、次は肩が触れ合う程度の距離で」


少しでも動けば触れ合う距離だ。


「あ〜意識しなければ平気」

「それは平気と言えるかしら?」

「ギリおけ」

「分かったわ。なら、今度は軽く触れ合いましょう」


美澄さんは神楽道さんの正面に移動し人差し指を差し出す。


それにクスリと笑いながら神楽道さんも人差し指を出す。


「有名なやつだ〜」


人差し指同士の先端をくっつける。宇宙人との友情を描いた傑作SF映画の名シーンだ。


「どうかしら」

「ちょい目眩」

「ここでやめときましょうか?」

「もうちょいお願い。このままじゃ今までと変わらない」

「了解。なら、手のひらを合わせましょうか」

「ん」


二人は手のひらをピタリと合わせる。


すると神楽さんの額から汗が流れ落ちる。


「うえっ。ごめん、吐きそうかも」

「ここまでね……お水を持ってくるわ」


美澄さんは立ち上がり冷蔵庫に向かった。中にはミネラルウォーターが常備されている。


「ふぅ〜」


美澄さんから渡されたミネラルウォーターを飲み、一息つく神楽道さん。


「これでもマシになった方なんだよね〜最初の頃は視線を向けられるだけで気分悪くなってたもん」

「正直、かなり辛そうに見えるわ。女子校の方が良かったんじゃないかしら?」


美澄さんの意見はごもっともだ。マシな同性ですらこれだ。異性が居る共学は彼女にとって地獄が傍にいるようなものだろう。


僕は同意するように頷くと、神楽道さんは澄んだ瞳を向けてきた。


「それで? いつまでおじいちゃんとおばあちゃんのお世話にならないといけないの?」


その一言に僕と美澄さんはハッとさせられた。


「好意に甘えるのが家族とか言わないでよ? あたしは実の両親に散々な目に合わされてこんな体質になった……おじいちゃんたちは本来ならもうのんびりと余生を過ごしてもいい年齢なんだよ。克服する余地があるならしない選択肢はあたしには存在しないよ」


そこで彼女の強い意志を感じた。


絶対に曲げれない強い意志だ。


「絶対に高校を卒業するまでには克服してみせるよ……だなら、お願いします。あなた達の時間を少しだけ分けてください」


綺麗なお辞儀で頼む彼女を誰が見捨てられようか。


「死ぬまで付き合うよ」

「重いわ! ってか死ぬな!」

「安心して。私はその気になれば学校に通わなくても大卒の資格を手に入れるわ」

「気持ちは嬉しいけど、やっぱり重すぎるわ! もう少し軽めな気持ちでやって欲しい!」


僕と美澄さんの決意を受け取ったのか、神楽道さんは一つ深呼吸する。


「ん、あんがと……一人で抱え込まないのって……すっげぇー楽だわ」


何度目か分からない素敵な笑顔を更新するような笑顔だった。

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