第七話 扇動

どんなに賢者が正論を説こうが、耳を傾けるつもりもない蛮族には無意味なのだ。彼らは感情に生きている。そういう人たちは上から叱られたりすることが死ぬほど嫌いで理不尽にキレるのだ。


僕がいきなり現れたように感じた主犯は一瞬たじろぎ、直ぐに小馬鹿するように上から見下す。


「おいおい。有名人がお出ましだ! 本当は落ちこぼれだったのに嘘で成り上がった嘘つきが現れたぞ?」

「なんの話?」

「だって可笑しいだろ? あんなにすげーことしている奴がよ、こんな学校で普通に過ごしているなんて嘘だったと言ってるようなもんじゃねーか!」


そうだそうだと周りのお仲間も同意を示す。


どうやら僕の輝かしい過去が全部嘘だと言いたいのだろう。


そう考える人たちは居ると思っていた。


でもどうでもいいと考えていた。過去の話だからだ。それを偉そうに語ったり威張ったりするつもりなんかない。僕にとってさほど特別な出来事じゃないから。


なので実害として身に降りかかるとは思ってもみなかった。


「そんでそのペテン師に騙された学園アイドル様は股を開いたわけだ?」

「なっ……!」


いきなり指を突きつけられ言われのない中傷に神楽道さんは顔を赤く染める。


今の発言は酷すぎる。


ライトノベルをキモイと言うけど、お前らの方がよっぽどキモイぞ。


「お前たちは何を言っても信じないだろうけど、彼女はそんな人じゃないし、僕の過去に嘘はないよ」


彼らの視線から彼女を隠すように立つ。


今、僕はめちゃくちゃ怒っている。


今すぐにでもこのニヤついた面をボコボコに腫らしてやりたい。


でも、それは正しくない。


それをやれば僕の友人たちと神楽道さんに迷惑がかかる。


だから、拳をギュッと握り締めて堪える。


(なにもコイツらをやっつけるのに暴力だけがすべてじゃない)


「ほ〜ら、本当に全国三連覇出来るような才能があるなら殴って証明してみろよ〜。俺に勝てたら土下座でも何でもしてやるからよ〜」


意味不明な挑発だ。


どうせ僕が殴ったら、自分たちは被害者だと主張するんだろう。こういう手合いは昔から周りを味方にして好き放題やってきたのだ。


(人の数は真実すら容易くねじ曲げる力になる)


どんなに真実を言おうが、周りの連中が結託して嘘をつけばそれが真実になってしまう。


数の暴力は、武力にも知力にも言えることだ。


「すぅ……はぁ……」


冷静になる為に深呼吸する。


「ほ〜ら! やり返せない! やっぱり嘘だったんだよ! あんなデタラメな武勇伝はよぉ!」


遠回しに見ている野次馬の生徒たちに言い聞かせるように主犯は言う。


「みんな騙されすぎだろ……こんなモヤシが全国三連覇のエースなわけねぇ〜!」


場の空気はいじめの主犯が奪った。


周りの生徒たちもソイツの意見に耳を傾けつつある。


みんな実際に僕がハンドボールをする所を見てきたわけじゃない。


大半が噂とか喧伝で広まった話を鵜呑みにしただけだ。


「なんだ、そうなのか」「やっぱりな。可笑しいと思ったよ」「普通ありえないもんねー」「嘘もここまで盛ると凄いんだな」「無理があったわ」「じゃあ、神楽道はそんな嘘吐きと付き合ってるの?」「うっわ、マジ〜?」「グルかもよ」「有り得るー」


ざわつきが大きくなる。


なんなら、神楽道さんにまで飛び火している。


あんなにみんなの為に率先して働いていた神楽道さんですら、根の葉もない噂一つで軽蔑の眼差しを向けられるのか。


(世間のなんと愚かな者たちだ)


彼らは空気に支配されて生きている。


ここで僕は拓斗の言葉を思い出していた。


可能性がある・・・・・・。それで十分さ。それだけで人はいくらでもでっち上げる・・・・・・ことが出来る。身に覚えはないかい?』


全くその通りだよ拓斗。


現在進行形で見に覚えさせられてるよ。


僕は案外役に立つのだなと、今度から少しだけ真剣に聞いてやるかと考える。考えるだけだ。やっぱりもう少し短く話して欲しい。


場の空気を、味方に付けたことでいじめの主犯は得意げな表情を浮かべる。


その視線の先には神楽道さんだ。


さしずめ僕を袋叩きにしたあと、神楽道さんに迫るのだろう。


全く強欲なヤツめ。


そんなおめでたい頭をしているお前に見せてやろうか?


場の空気そのものを一瞬で奪い去ってしまう方法を。


僕は両手を打ち鳴らす。


パンパン!


僕が突如鳴らした大きな音に一瞬静寂が生まれる。


すかさず僕は言う。


「ねぇ……さっきからなんでオナニーしてるの?」

「……っはぁ!?」


僕の言葉に素っ頓狂な声を上げるいじめの主犯。


何かを言う前に僕が続ける。


「だってそうだろう? 君はさっきから周りの人が自分の言葉に賛同してくれることで気持ち良くなってるよね?」


僕は一歩詰め寄ると、彼は一歩後ずさる。


「君はオナニーする為に、僕を糾弾して賛同を得ようとしている」

「何ふざけたこと言ってんだぁ!?」

「ふざけたこと? でもそうだろう? 君の言うことは何一つ証明出来やしないじゃないか、僕が嘘吐きだということをさ」


僕の言葉に場の空気が変わる。


「思い出してみなよ。最初に糾弾したのは、僕がこの学校に通っていることだよ? それが可笑しいって言うけど……なにが? 具体的に言ってみそ?」

「そ、そんなもん決まってんだろ! 全国三連覇したようなやつが普通の学生している方が可笑しいだろ」


自信満々に言うけど、普通に穴だらけだよ。


「そんなもん証明にならないよね? だって、僕が家の事情とかでこの高校に進学したとか、怪我で続けられなくなったとか、いくらでも理由は思いつくよ?」


「確かに」「そもそも私、星雫君の試合見に行ったし」「先に言えよ!」「俺も動画で見たけど本人だよ」「俺も! 凄かったよな〜」「ハンドボールを辞めたとか、そんなもん個人の勝手だよな?」「そもそもウチハンドボール部無いし」「言えてる!」「無い部活に入れるわけないじゃん!」


大衆は気分一つで陣営を変える。


そこに更に追い込みをかける。


「そもそもハンドボールで三連覇したからって、なんで君に喧嘩で勝てば真実って証明出来るのかな〜? 教えてよ〜?」


小馬鹿するように僕が言うと、自分でもその矛盾点に気づいたのか黙ってしまう。


「言えてる」「意味不明じゃん」「アイツ頭悪くね?」「そもそもアイツ先輩の扱きがキツくて部活辞めたやつじゃん」「うっわだっさ〜」「その鬱憤を星雫君にぶつけてたの? さいって〜」「クズじゃん」「きっも!」「アイツさっき神楽ちゃんに酷いこと言ってたよ?」「はっ? 神楽道を悪く言ったの?」「ありえないんですけど」「ウチめっちゃ神楽っちに世話になってんだけど〜! めっちゃ許せな〜い!」「ウチもー!」「あたしも!」「俺も!」「僕も!」


今や味方が一人も居ないいじめの主犯。お仲間は既に逃げている。


そもそも彼らに勝ち目は無かったのだ。


で場を支配していたいじめの主犯と、真実・・しか言っていない僕とじゃ、勝敗は見えていた。


嘘がバレればすべてを失うけど、真実を言い続けて失うものなんか本来ないのだ。


確かに今の僕は普通の学生だけど、昔の僕が積み上げたものが無くなるわけじゃない。


「クッソ!」


そう言い残し、いじめの主犯は背を向けて逃げ出した。


その場に叩きつけられたラノベを拾い上げる。


(いいラノベだ……愛を感じるよ)


イラストを描いた人も、物語を紡ぎあげた作家さんも、この作品で人を笑顔にしたかったんだろうね。


折れ曲がった場所をできるだけ直してから、傍観者みたいに端っこに立っている、いじめられてた坂本君に差し出す。


「良いよねラノベ。僕も年間五十冊は嗜んでるよ」

「……っさい」


我ながらフレンドリーに話しかけられてるよね。


「ん? 気にしないでいいよ、ほら受け取って」


僕は少し震える彼の手にラノベを乗せる。


手渡されたラノベをギュッとクシャりと変形するほど握り締め、僕を睨みつける。


「あ、あの?」


そして何も言わずに立ち去って行った。


なんかやらかした!?


嫌われるようなことしたかな!?


あれか! 少し際どいワードを言ったから気持ち悪いと思われたのかも!


しょうがないじゃん! インパクトのある言葉じゃないとまた盛り返されると思ったんだもん!


本当は火を噴くぐらい恥ずかしかったんだから!!


もう二度と口に出さないと決意するよ!


「まあ……こんなもんだよね」


いつの間に僕の横に来ていた神楽道さんが、僕にしか聴こえないような声量で言う。


「こんなに身を張っても感謝すらされないこともあるよねー」


彼女は歩き去った坂本君に冷めた瞳を向けたまま言う。その声音には軽蔑に近いものを感じた。


そして僕の方に向き直るころには明るい彼女になっていた。


「助けてくれてありがとう! ……かっこよかったよ?」


少し照れくさそうに言う演技まで完璧だ。


そして、いつもより一歩近い距離で帰路に着く。


「……見直したかも。あんなに度胸があったなんて知らなかったなー」


ボソリと言ったつもりみたいだけど、耳のいい僕には聞こえてるよ。


どうやら、少しは見直してくれたみたい。


頑張った甲斐があったってもんだ。

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