第六話 読み間違い

美澄さんと拓斗のお泊まりから少しした休日に、神楽道さんとデートという名のアリバイ工作にも赴いた。あれほど事務的にオシャレなお店を回ったことはない。とにかくスマホを構えられたら笑顔。ピース。これだけ繰り返す一日でした。


知り合いに出くわす可能性を排除する為か、わざわざマイナーな街に行くぐらい徹底していた。


しかも、スケジュール管理は緻密で、電車の空いたタイミングや、人通りの少ない道などを先導するなど、本当に知り合いに会いたくない様子。


そんなデートも終え、一安心の翌週の学校。


(これまで僕がどれほど友人たちや神楽道さんに守って貰えてたかわかったよ)


幸君や秋君が色んな人から僕を遠ざけてくれていた。


曰く、僕はあまり話し掛けられたくないから、話し掛けたりしないでくれと。


神楽道さんには、僕に近づこうとする女子を宥めたりしてもらっていた。


そして友人の彼らにも祝福される形で、僕と神楽道さんの関係が認知されるようになった。


周りからはお似合いのカップル。


そう思われているらしい。


もしもこれがラノベなら、間違いなく主人公と一緒に巻き込まれるリア充カップルになりそうだ。そして、異世界で主人公がどんどん強くなっていってハーレムとか築いて悠々自適なスローライフを送るのに、カップルは転落の人生を送る羽目になるだろう。ざまぁってやつですね。僕は今ざまぁされる側の立場にあるのだ。


「青音。一緒にお昼を取らなくでもいいのか?」


そう気遣うように尋ねるのは、幸君だ。


「いつもベッタリは、控えるべきかなって」


前もって考えてた言い訳を言う。


「そうか。そう言うものなのか」


眼鏡な秋君はなるほどと納得するように頷く。


三人でお昼ご飯を召し上がるのが日常になっていた。ここに時折二人に好意を寄せる遥さんや千秋さんが加わったりする。


(一応気を遣わせているのかな?)


本当は一緒にお昼を取りたいだろう、女子たちは僕たちの邪魔にならないように配慮しているように感じた。


「ほら、遥さんだって幸君といつも一緒じゃないでしょ?」

「は!? あ、アイツは別に……幼なじみなだけだし」


おいおい。意識してんのバレバレじゃないか。


「ふむ。そういえば千秋もあまり一緒にお昼を取りたがらないな」

「彼女は奥ゆかしいんだろうね」


秋君は中学の頃から千秋さんと一緒に居ることが多いそうだ。吹奏楽部で勉強を疎かにしていた彼女に、親身になって勉強を教えた結果、同じ高校に通えたのだと、千秋さんから遠回しに惚気られたっけ。


「だから、僕もこの時間はこの三人でお昼を取りたいなって」


これは割と本音だった。


そして、これは神楽道さんからの提案だ。


学校にいる間の、清く正しいお付き合いをしているように装うと。スキンシップもなしだ。元々するつもりがないから構わない。


というよりは、一度も触れ合ったことは無い。


一緒に居るのは、下校時ぐらい。


これなら、しばらく歩いたあとに解散出来るし、一人で居る所を目撃されてもトイレ待ちやバイトと言い訳できる。


(本当にビジネスパートナーって感じ)


一緒に下校するとき周りに人が居ないと、彼女はダウナーな感じを出す。


曰く、いつもの人当たりのいい状態はかなり疲れるとのこと。まわりの話に合わせ、沈黙しそうになったら自分から話題を提供。そして、付き合いのある友人たちの僅かな変化にも敏感に反応し、好印象な態度を取る。それを毎日繰り返す。


ダウナーになった彼女から、永遠とブツブツ言われる僕のメンタルがアウトブレイク。


兎に角女の子は大変! ということだけは理解しました。


実際、いつもの清楚系美少女なまんま接されると、緊張するからダウナーな彼女の方が気が楽だったりする。


僕の言葉に、幸君も秋君も少ししんみりするように沈黙しつつ、ご飯を食べる。心地よい沈黙であることは間違いなかった。


(意外と順応するもんだ)


僕はこの新しい生活にも早々に慣れ始めていた。


早朝にスパッツ後輩とかけっこで競い合い、学校では友人たちとお昼を楽しみ、下校時は恋人 (仮)の神楽道さんと帰る。


バイトがある日は光崎先輩と一緒に働き、ない日はアジトに赴いて、美澄さんと一緒にゲームをやったりくだらない話で盛り上がる。


そして時折やってくる拓斗の長話に付き合わされたり、アスタさんのお掃除を手伝ったりと本当に充実した毎日だった。


でも、満ち足りたこの生活において、僕の空っぽの器が徐々に存在感を増す。


(物足りないのかもしれない)


起伏がない日常に。


滾るような情熱を感じ取れない日々に。


でも、それを簡単に満たす方法を知っていれば苦労はしない。


(一番近かったのが師匠と戦っていた時だった)


死力を尽くしてなお、届かない頂き。


あれに近づきたい。強くなりたいと決意した。


僕は喧嘩がしたいだけなのか?


それなら、そこいらのチンピラにワザとぶつかればいい。直ぐに殴り合いに発展する。


でもそれは。


(なんか|違う(・・)と思うんだよね)


結果的に暴力を振るうことになるけど、その過程が大事なように感じる。


なんだろうか。


それを探すために僕はエトワールに入ったのだ。


(焦る必要はない。美澄さんと一緒に探し続けると約束したのだから)


およそ普通ではない青春をしていると思う。


わざわざ自分で危険な世界に飛び込もうとしているのだから。



☆☆☆



放課後になった。


「今日も一緒に帰ろ?」

「うん」


周りから冷やかされながら、神楽道さんと教室を後にする。


「付き合うのってこんなに疲れるとは思わなかったよ……」


まだ学校の廊下なのに若干ダウナーに入りつつある神楽道さんに苦笑する。


連日、友人の多い彼女は質問攻めに合うそうだ。それを当たり障りのない範囲で受け答えする。しんどそう。


「みんな自分の恋愛に集中すればいいのにね」


僕はそうボヤいた。


人の恋愛は結論的に言えば、他人事で済む娯楽なのかもしれない。どんな結末を迎えようが他人事として楽しめるのだ。


「だね〜」


離れた距離を保ちつつ歩く僕らも、少しは仲良くなれたように感じる。心做しか距離が縮まっている気がする。


こうやって、僕にしか見せない彼女のダウナーな様子に、少しだけ優越感を感じたりもする。


そうしてもうじき下駄箱に着くというタイミングで、同じ学年と思われる男子生徒が絡まれているのを見つける。


恐らく同じクラスの連中に肩を組まれ、ニヤニヤとからかわれている様子。


遠目から見れば仲良く見えなくもない。


でも連中は絡まれている彼の持ち物だと思われる文庫本を捲って、ゲラゲラと笑う。


「高校生にもなってラノベかよっ!」「きっも〜」「この表紙の女の子、神楽道に似てね?」「この二次元の神楽道になら相手してもらえるからな!」「本人はもう人の物になって今頃よがってるぜ〜?」「片想いの相手に彼氏が出来て残念でちゅだね〜」


聞くに絶えない暴言の数々だ。


あまつさえ、神楽道さんのこともバカにしている。


「うっわー引くわー」


当の本人は冷めきった眼差しで彼らを見やる。


「あれ、一応中学の同級生だからねー助けないと……よし。こらっー!! 何しているの!? 坂本君なら離れなさいっ!」


一瞬で直ぐにいつもの神楽道さんに切り替わり、いじめの現場に飛び込む。


いきなり現れた美少女。しかも先程まで失礼気まわりない発言をした対象の登場にいじめていた連中は固まる。


近くまで駆け寄り、腕を腰に当てて怒ってますという表情を浮かべた神楽道さんは誰がどう見ても正義感の強い女の子だろう。


「こんな一人を寄ってたかっていじめて……恥ずかしくないの!?」


一瞬だけ坂本君を見た時に悲しそうな表情を浮かべて、直ぐに怒る表情に戻るという芸の細さを見せてくれる。


(本心から言ってるといいなぉ)


ダウナーな彼女を知っている僕にはもう、純粋な気持ちで彼女の好意を受け取れなくなってしまった。


僕は音を立てずに彼らに近づいた。


近づいた僕に気付かない彼らは、神楽道さんに怒られたことで顔を真っ赤にして怒鳴る。


「はぁ? 別にいじめてねぇーし。こいつがこんなキモイもん学校に持ってきているのが問題なんだけど?」


そう言っていじめっ子の主犯と思われる男子生徒が仲間からラノベを摘むように受け取る。


体格はかなり良く、筋肉もそこそこ付いているようだ。恐らく体育会系の部活に所属しているのだろう。


そんな彼はラノベをベラベラ捲り鼻で笑う。


「高校生にもなって、二次元の女の子にチヤホヤされたいとかキモすぎ」


なん……だと? コイツは言ってはならないことを言った。


僕はふつふつと腹の奥が熱くなるのを感じた。


「そんなの人の趣味じゃない! 君たちがどやかく言うことじゃないよっ!」


その間に、神楽道さんは百点満点の正論をぶつける。


正論をぶつけられた彼らはイラッとした様子でラノベの表紙を神楽道さんに向ける。


「さすがは天下の学園アイドル様だな。自分にそっくりな女の子がエッチな格好をされてもいいわけだ?」


表紙には神楽道さんと似た、黒髪美少女のイラストが描かれてた。


難癖にもほどがあるぞ! 星の数あるラノベの表紙なんざ、全て似たようなもんなんだから、リアルに似た女の子の一人や二人余裕で居るわ!


ましてやラノベの大半は学園モノだ。


日本が舞台になるなら、メインヒロインが黒髪になるのは必然。むしろそこで金髪の女の子が表紙を飾る方がレアなのだ。


「そんなの言いがかりじゃない! 日本の学校が舞台の小説なら黒髪の女の子が出ない方が不自然だよ!」


またしても神楽道さんの正論が突き刺さる。


さすがに言い返せないのか、少し黙ってしまう。


だが、直ぐにキレたように神楽道さんに詰め寄る。


少し前の彼女なら既に問題を解決出来ただろう。


彼らとて神楽道さんに嫌われたくないから、素直に謝って解散になっていたのだ。


でも彼女は僕と付き合うことで、得るものもあったが、失ったものもあるのだ。


「だからなんだ? 俺達が不愉快だからお説教してるわけ? お前は引っ込んでろよクソビッチ」

「……っ」


男というのは可能性がある女子には甘いけど、そうではなくなったら、愛情の分裏返ったりするのかもしれない。


彼女にこれ程の怒声を浴びせた人は今まで居なかった。


その事実に唖然としてしまう。


いじめの主犯は一歩神楽道さんに近寄る。


詰め寄られた以上・・に後ずさり距離を保とうとする神楽道さんに、傷ついた表情を受けベたイジメの主犯は憤怒の形相で再度詰め寄ろうとする。


「僕の彼女に乱暴な真似はやめてよ」


神楽道さんは頑張ったけど、無理だったと悟り僕は間に割って入る。

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