第四話 有名人

彼女が見せてきた画面には僕が住む夜栄市が発行するスポーツ新聞の記事だった。


【夜栄市が誇る大星シリウスの異名を持つ星雫青音選手率いる夜栄中学ハンドボール部が全国三連覇を果たしました!!】


スポーツ新聞の一面にどデカく僕が決勝でジャンプシュートした場面が貼り付けられていた。


去年の九月頃の記事のようだ。


僕が見たのを確認した後に、自分で読み上げる神楽道さん。


「どれどれ? 大星シリウスこと星雫青音選手は三年連続MVP選手に選ばれ、三年連続得点王に輝きました? わぁ〜お。凄いね」


白々しい演技で驚いてみせる神楽道さん。


ドロンとした目は僕を見透かしているように見える。


「それで、何が疑問なのかな? 大星シリウスさん?」


まさか、僕がこんな記事に乗っているとは露ほどにも思わなんだ。


(まさか、顧問の先生が載せていいか? って聞いてきたのはチームのことじゃなくて、僕個人の事だったなんて!)


優勝した年から毎年聞かれるから、みんなを記事に載せるか確認して回っていると思ってたんだ。


僕がMVP選手や得点王とかは、閉会式をボケーッとして過ごしていたから、気づかなかったよ! ちゃんと話を聞いておけば良かった!


「これで自分がどんだけやべぇーやつか……分かってもらえたかな?」


後半だけいつもの笑顔を見せてくる神楽道さんから意地悪な雰囲気を感じ取った。


「は、はい……僕って凄かったんだね」

「凄いってレベルじゃないけどね? もはや同世代で君を知らない人は居ないんじゃない?」


そんな馬鹿な! だって道を歩いていて話しかけられた事ないぞ!


「試合の時と今の、のほほんとした君は別人に見えるからね〜私だって名前を聞かなかったら結びつかなったし」


とのこと。


まあ、あの頃の僕はガチ勢だったからね。


本気でハンドボールやってました。


それで、情熱を失いました。


それで今の僕が生まれました。


「だから入学当初は凄かったよ? 私が窓口になって捌かなかったら、今頃君は告白祭りだよ」

「嬉しいような……困るような……」


そんなに女の子に好かれていたなんて。今になっても現実味がないよ。


例えるなら、昔何げなしにアップしたくだらない動画が、数年後バズっていることを知ってしまった気分だ。


僕の困惑を感じとったのか、神楽道さんは嬉しくないフォローをする。


「安心しなよ。みんな、君の名声が欲しくて告るだけで、君の内面に惹かれている女の子は居ないから。私、含めてね?」

「お、おふ……」


勘違いするんじゃねーぞ? と、念を押されてしまいました。


「私の彼氏って、あの星雫青音なんだ〜って言ってマウント取りたいだけだからねー」


カプチーノをあおり、ニヤニヤと暗い笑みを浮かべてくる神楽道さん。


これが神楽道さんの本性なのか?


(なんか、少し違う気がする)


彼女の本性はもっと奥に隠れているんじゃないか? と、何となく思った。


(気の所為だよね)


彼女のお陰で、変に女の子に期待しなくて良さそうだと安心した。


そして、思い出す。


(美澄さんが僕をシリウスにしたのは、このことを知っていたからか)


彼女はそれを知っていたから僕に近づいて来たのか?


そう思うとチクリと胸が傷んだ。


だけどこの短期間で、彼女と過ごした日々を思い出し、苦笑する。


(美澄さんがそんな回りくどいことする訳ないか……あの子なら正面から利用するなら言ってきそうだし)


おそらく、彼女のお茶目な部分が隠した方が面白そうだと考えたのだろう。


本気で隠したいなら、わざわざ僕をシリウスと呼んだりしない。


(美澄さんらしいなぁ)


付き合いは短いけど、そう確信出来ることぐらいは信頼している。


胸の奥がじんわりと温かくなる。


「なんか……嬉しそうだね?」


どうやら、頬が緩んでいたようだ。


僕はもう心を乱されることなく、神楽道の目をしっかり見て言う。


「そうだね。ありがとう。勘違いして大惨事になるところだったよ」


僕の様子が不思議だったのか、目をぱちくりする。


「まあ……これから仮の恋人として過ごしていくわけだし、肝が据わってるほうがいいか」


彼女は自分を納得させるように頷く。


そして僕は新たに気になったことを聞く。


「さっき窓口になっていたと言ってたけど、なんで?」


彼女の言うことが本当なら、彼女のおかげで僕はこの二ヶ月間を穏やかに過ごすことが出来たことになる。


彼女にメリットはないように思える。


僕の問いにうーんと一瞬考えて直ぐに教えてくれる。


「端的に言えば、私は女子のヒエラルキーのトップになりたかったの。それでその過程でみんなの相談を受けた結果、庇ったかたちになりました」

「なるほど」

「そして、今回の告白ブームにより、私が告白することがもっとも角が立たないと結論づけて、君に告白しました」

「そうなるんだ」


よく分からないけど、女の子の世界が怖いのは分かりました。


そして気付く。


「じゃあ、君が犠牲者じゃん!?」


僕の平穏な日常を陰ながら守ってくれて、あまつさえみんなの為に、僕に告白することにしたわけでしょう?


そりゃあ、そこまでやってやった奴が、自分が有名人なことに気付かずにのほほんとしてたら、イラッとしますわ。


(全部僕が悪いじゃん!?)


やべぇ。女神がおりますわ。


目の前に女神様がおりますわ〜。


「なんで拝むし……それに、私にもメリットがあったんだよ」

「僕の名前でマウント取れること? どーぞどーぞお好きにお使いくださいませ!」


彼女にはその権利があります。


こんなハリボテのネームでいいなら、お好きに!


少し言いづらそうに神楽道さんは言う。


「私も……まあ、告白されそうな空気を醸し出す男子が何人も現れたからね」


思い出してゲッソリとする彼女の様子から、その気はなかったのだろうことは伺えた。


つまり優しくしてあげたら、勘違いした男子諸君に告られそうになり、僕に告白することで回避したわけだ。賢いぜ。才女だ。腹黒だ。


(男子諸君の気持ちを考えると……胸が痛いです)


好きになった女の子が、他のやつの彼女になるとか、寝取られじゃないか。


しかも理由が、自分が告白しようとしたことに気づかれて、好きでもない男子を隠れ蓑として恋人に選んだわけだからね。


(このことは墓場まで持っていこう)


僕は彼らがこれ以上傷つかないように黙っていることしかできませんでした。


「だから、お互い協力し合えると思うんだよね〜君はこれまで通りの、のほほんとした毎日を。私は君という彼氏がいることで他の男子に告白されなくなる。ウィンウィンな関係なわけだ」

「それはありがたい申し出だね」


美澄さんとエトワールとして活動していく以上は、恋愛にかまけている暇はないだろうし。


「でも、ある程度のアリバイは必要だと思うから……今度の休日デートしよ?」


まだしても、最後の一言の時だけ、清楚系美少女に恥じない笑顔だった。


お互いに連絡先を交換する。


「……」

「ど、どうしたの?」

「君の連絡先を女子に売ったら幾らになるかな?」

「やめてくれるかな!?」

「冗談だよ」


本当かよ。ドロンとした目が輝きを取り戻してたぞ。


会計は割り勘! とは行かないようです。


「結果的に巻き込んだ訳だし、私が出すよ。ジュースしか頼んでないし」


とのことなので、奢らせてもらうことになりました。


恐らくここでごねたら、あのジト目で睨まれる。


「御会計はコチラになります」


人のいいお兄さんが会計を担当し、神楽道さんがお財布からお金を取り出そうとする。


「……あー電子決済で」

「かしこまりました」


財布を鞄に戻し、スマホを素早く操作し、バーコードを読み込ませ決済を済ませる。


(なんか今違和感を感じた……なんだろ?)


違和感は感じたけど、なんなのかは分からなかった。


喫茶店を出て、すぐに神楽道さんと別れた。


かなり話し込んだから、もう知り合いには出くわさないだろうとのこと。


本当にビジネスパートナーみたいな関係なのだと、改めて実感する。


僕は少し遅れるかたちになるけど、アジトに向かうことにした。


今日中に、美澄さんに話を通しておきたかったから。


こうして、僕に彼女 (仮)が出来た。

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