第三話 偽り

喫茶店ステラに着くまでお互い静かなものだった。


場所を知る僕が先導して、あいち〜して、ヴァンガードである。ごめん、混乱してた。


後ろに着いてくる神楽道さんの存在感に冷や汗をかき続けていた。


「へ〜結構良さそうだね」


今どきJKの神楽道さんのお気に召したご様子。


僕とて二回ぐらいしか来てないけど、複数回という意味ではいきつけに分類されるよね?


安心しろ。ここでバイトしているアスタさんからオススメとか聞いてるから、もう血迷った注文はせぬ。


僕はドアを開き中に入る。もちろん、背後の彼女が入ってくるまでドアを離さない。うむ、さり気ない気遣いは美澄さんと一緒に行動することが多いことによる賜物だね。だって、こういう気遣いすると、必ず感謝してくれるんだもん。


「ふふっ。ありがと……慣れてるね?」

「えっ……いや」


神楽道さんは感謝されるとなんかむず痒いのでおやめなさい。


ウェイトレスのお兄さんがやって来て、席まで案内してくれる。


初めて入るお店なのに、僕と違ってチョロチョロしない神楽道さん。


(くくくっ。さすがは歴戦のJKだな……見ろ、面構えが違う)


彼女が僕が脳内で馬鹿なこと考えていることすら知らないのだ。ちょっと愉悦感。


二人がけのテーブル席に向かい合うように座る。


そのまま着いてきたウェイトレスのお兄さんに注文を流れるようにする神楽道さんに、アタフタしつつ注文する僕。対照的すぎるぜ。


ってか、君初めてだよね。


ぱっと一瞥しただけで注文してたけど。


慣れると、そんなかっこいいことも出来るようになるのか。


(早く大人になって、行きつけのバーとかで常連ぶりたい!)


こう、そういう場末のバーでの一期一会から始まる友情とかに憧れたりするお年頃です。


ダンディな中年さんの頬についた傷を見ていたら、彼の壮絶な過去を語ってくれたりね。


『おじさんね。君ぐらいの頃はヤンチャしてたんだよ?』


なにそれ、かっけえ。渋い! バーボンを片手に頬の傷とかなぞったりしてね!


そうして妄想に耽っていたら、注文の飲み物がやってきた。


僕はブラックすら容易く飲み干せる舌を持つけど、敢えてカフェオレを注文したよ。敢えてね。


神楽道さんはカプチーノ? とか言うやつ? を存在価値を疑う小さなスプーンで中を掻き回す。そこまで細いなら、いっそのことただの棒でもいいじゃんと思う今日この頃。


オシャレな人はなんでも専門の道具を使いたがる気がする。代用は貧乏人のすることだ。みたいなスタンス。僕は割とそこら辺の木の棒で剣豪プレイとかしてたから、よく分からない価値観だ。いや、ものほんの刀は欲しいよ? でも、危ないし。安全第一だからね。


そしてお互い一口、口をつけてから身動ぎをする。


姿勢を正した神楽道さんが僕をまっすぐ見つめる。


「巻き込んでごめんなさい」


頭を下げ、謝罪を述べられる。


「どうして、あんな“偽“の告白をしてきたの?」


そこに尽きる。


それだけが僕の疑問なのだ。


僕の疑問に顔を上げて、少し疲れたように肩を落とす神楽道さん。


「ウチの学校にね、今告白ブームが到来しているの」

「なんだその地獄」


つい本音を零してしまった。


もしソシャゲでそんなイベントを行ったら、サーバー攻撃で公式サイトがサーバーダウンし、掲示板がアレに荒れるだろうし、SNSでお気持ち表明パレードが開催されるこの世の地獄が見れるだろう。


「ほら、入学してから二ヶ月が過ぎたでしょ? みんな余裕が出てきてね」


なるほど。


確かに新生活の初めては忙しいから恋愛にかまけ無かったけど、今は順応して余裕が出来たから、恋愛にうつつを抜けせると。


(僕もバイトを始めたり、友人を作ったりと忙しなくしてたもんね)


その後、ひと息つけると思ったら、美澄さんと出逢ったのだ。


だから、割とクラスの雰囲気とか気にしてなかった。


脳内で、ひたすら師匠を倒すシュミレーションをしまくって、家に帰ってからは筋トレに走り込みで体力を取り戻すことに躍起になってたし。


まさか、そんなブームが到来してるとは露ほども思わなんだ。


だが、そこで一つ疑問がある。


告白しないといけない空気になったのは分かった。


でも何故、清楚系美少女である神楽道さんは僕に告白をしてきたのだろうか?


「なんで僕なの?」

「えっ……本気で、言ってる?」


なにその意外そうな返し。


まるで、僕に告白すること自体は予定調和で、なんら疑問を挟む余地すらないような、


困ったような顔を浮かべる神楽道さんに僕は何だか申し訳なくなる。


「本気なんだね? はぁ……私の苦労はなんだったの?」


姿勢を崩して、悪態をつく神楽道さん。


いつもの万人受けする笑顔はなりを潜め、どこか冷めきった様子の顔を覗かせる。


彼女らしからぬ様子に僕は困惑する。


「もうさ〜君は有名人だって自覚持ちなよー」


だらけたまま僕に鋭い視線を向ける神楽道さんは、ダウナー系の女子のように感じられた。


なんか空気が変わった。


それは肌に痛いほど伝わった。


僕は彼女の機嫌を損ねたのだ。


「てっきり自覚あってあんな態度とってると思ってたのに……まさかの無自覚とはね〜」


カプチーノの中を掻き回し、疲れきったOLのようにテーブルに方杖をつく。


「ごめん。僕が有名人というのは?」


僕は恐る恐る尋ねる。


はて? 有名人とはなんじゃらほい。


高校に入ってからは帰宅部で、何かの委員会にすら参加していないんだけども。


「君さぁ〜中学何部だったっけ?」

「ハンドボール部だよ」


いきなりなにさ。


「そんで? 何をした?」

「うぅ〜ん……全国優勝したぐらいしか思いつかないなぁ」


その程度だ。なんら特別なことなんかないわな。


僕の返答に不満を抱いたのか、更に呆れるように言う。


「それも凄いけどさ〜三連覇してるじゃん、全国」

「あぁ……そんなことか・・・・・・


なんだ、あの程度のことで有名人になったのか。


でも足りない気がする。


三連覇は別に僕個人の功績じゃない。


あれはみんなで勝ち取ったものだ。


だから、この場合のそんのことか、というのは僕なんか大したことしてないのに、何故有名人なんだ? という疑問だ。


流石に全国優勝を大したことないとは思ってないよ。馬鹿じゃないんだから。


「あ〜はいはい。そう言う反応ねー了解しましたっと」


手早くスマホを取り出し操作する神楽道さん。


「ほれ」


そして見せてきた画面に僕は全身が固まった。

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