第5話 予想外は、想定内


 これは……ダメかな。

 避けないかも。


 エルバートの動きを見て、私はヒーリングの上位魔法、ダブルヒーリングを準備しようとしたが、思い直した。


 違う。

 エルバートは構えた状態で、精神を集中している。

 エルバートは強攻撃を察知した上で、スキルを発動しようとしていた。


 そうなれば私が注意すべきは……


 エルバートの後方、アタッカーの一人の弓使い。

 こっちは明らかに自分には攻撃が飛んでこないと思っていた。

 あれは避けられないだろうな。


「”ヒーリング”」


 私はヒーリングを詠唱する。


 その瞬間、ミノタウロスの強攻撃が発動した。

 斧が地面に叩きつけられると、ミノタウロスの前方にまっすぐ、地面から大きな棘がいくつも生えて、猛スピードで地形が崩されていく。


「”リアクト”!!!」


 エルバートはその大斧と棘を大剣でガードすると、その衝撃を遠心力へと変え、ミノタウロスを斬りつけた。

 エルバートのHPの減少はほぼなく、敵の攻撃を利用して、敵にダメージを与えるカウンター技を発動したようだった。


「いいぞ、エルバート!スイッチだ!」


「頼んだ!」


 スキルを発動した後の隙を、すかさずアランがカバーして、前衛を交代した。


 強い!

 この人たち、強い。


 ちょっと疑ったことを後悔しながら、私は少し感動していた。

 よくよく考えたら、勇者でもないというのに、彼らはヒーラーもいないまま、こんな魔物たちと回復薬だけで渡り合ってきたのだ。

 不利な状況で生き抜くために、その技術は洗練されていた。


 しかし、私が予測した通り、エルバートのはるか後方で、弓使いは大きく変わった地形と、棘のダメージを受けた。


「ぐぅっ!」


 弓使いのHPは七割ほど減少してあと三割。

 でも大丈夫。

 私が先読みで詠唱しておいたヒーリングが、すかさずHPを最大まで戻す。

 回復魔法は、詠唱してから杖に力が集まり、対象に飛んで実際に効果が出るまで、若干のタイムラグがある。

 そのタイムラグがだいたいどの程度か分かっていれば、事前に詠唱して怪我した瞬間に治すということが可能なのだ。



 エルバートに詠唱しようと思っていたダブルヒーリングは、弓使いには必要ない。

 なぜなら、元々前衛に比べてHPが低い弓使いには、ダブルヒーリングのHP回復量は多すぎて、余剰分が無駄になってしまう。

 単純回復のヒーリングで、最大まで戻せる。

 それを計算して、私は事前にヒーリングを唱えていた。


「はっ?」


 ヒーラーがいないで戦う事に慣れていた弓使いは、怪我を負ったと思ったのに、一瞬で身体が元に戻っていることに驚いて、動きが止まった。

 しまった、と私は思った。

 回復が早すぎて、かえって逆効果だったかもしれない。


「弓使い!下がれ!次が来るぞ!」


 しかし、エルバートはちゃんと全体を見ていた。

 前衛を外れたエルバートが弓使いに指示を出すと、弓使いは、はっとしたようにそこを飛びのいた。


 ミノタウロスはもう一度、先ほどと同じ強攻撃をアランに仕掛けたが、アランはそれを避けた。

 弓使いも今度は、それをしっかり避ける。


 一回ミスしても、学習して次は避けられている。

 弓使いにも不安はなさそうだし、全体を見て、アランのパーティのメンバーに指示を出せるエルバートもさすがだった。

 私以外のアランやエルバートも、全体を、連携相手を見て、先読みして動いている。

 こんな戦い方、ブレイズ達と組んでいるときは考えられなかった。


 ブレイズ達は、自分の能力の高さで個々がやりたい放題やるような戦い方で、全体を見ているのなんて私くらいだった。



 私はミノタウロスの斬撃で少し減少したアランのHPを見て、ヒーリングを唱えて回復した。

 その間にも、魔法使いの火弾がミノタウロスをよろめかせ、短剣使いと格闘家が、連携してその腹へと強烈な一撃を見舞った。


「よし……勝てそう!」


 私はいつもと違う、大人数が連携をしっかりと取って戦うのを見て、高揚していた。

 冒険者って、凄い!

 この人たちは、勇者じゃなくても、凄い人たちなんだ!



 そんな時だった。


「うわぁぁぁ!!!」


 悲鳴が響いた。


「何?!」


 私は驚く。

 全ての仲間の位置と、ミノタウロスの位置に注意を払っているつもりだった。

 けれど、ミノタウロスの後方にいたはずの魔法使いが、軽々と空中へ弾き飛ばされている。


「どういうこと……?」


 見ると、森と平野の境目の部分で、先ほどと同じように、木々が二つに分かれるのが見えた。

 なんと、それはミノタウロスだった。


 二体目だ。


 二体目のミノタウロスが、森から現れ、油断していた魔法使いを後ろから殴り飛ばしたのだった。


「まずいな……!」


 エルバートもそれに気づき、すぐに二体目と魔法使いのほうへと駆けた。


 状況を把握しなくては。


 撤退すべきか、否か?

 ……否。

 MPには余裕がある。

 場が荒れても、誰も死なせないように回復できる、と思う。


 それに、エルバートの動き……多分、引き受けるつもりだ。

 今、エルバートと目が合った。

 私は頷く。

 大丈夫だよ、やれる。


 優先順位は?

 たったいま吹き飛ばされた、魔法使い。

 次にアランを見て、その次がエルバート。


「”ダブルヒーリング!”」


 私はぎりぎりまでHPの減った魔法使いに、ダブルヒーリングを唱えた。

 結構な減り具合。ヒーリングだと足りない。

 魔法使いはまだ追撃を食らう危険性も高いから、最大まで戻したほうがいい。


 さっきの一発で即死ではなくて、本当に良かった。

 いかなるヒーラーであろうとも、0まで生命力を使い果たした人間を、生き返らせることはできない。

 逆に、1でもそのHPが残っている人を死なせてしまったら、回復できなかった自分にも責任が生じる。

 ヒーラーというのは、そんなシビアな職業だ。

 だから誰もやりたがらないし、数も減っていくのだろう。


 ダブルヒーリングの効果は、単純にヒーリングの二倍。

 しかし、MPの消費も二倍。

 問題ない、私のMPはまだ余裕。


 エルバートは、アランがそうしているように、もう一方のミノタウロスを前衛として受け持った。

 そして、アランとエルバートは息を合わせて、ミノタウロス同士が背中を合わせるような向きに、位置を調整した。

 そうすれば、お互いが受け持ったミノタウロスの直線強攻撃が、もう一方の前衛に当たることはなくなる。


 そう、そうだよエルバート。

 そうしてくれれば、こんな異常事態でも、私がいれば、対応できる!


 アランとエルバート、言ってしまえば、その二人の前衛のHPを切らさなければ、この場はそこまで荒れない。

 私はアランとエルバートに、交互に回復を唱えた。

 直線状の強攻撃は、みんな危なげなく避ける。


「魔法使い、こっちはいい!あっちをやれ!」


 エルバートは、自分と戦っているミノタウロスに攻撃をしていた、アランのパーティの魔法使いに、最初からいた方のミノタウロスを攻撃するように指示した。

 そっちのほうがしばらく戦っていることもあり、断然弱っていた。

 私もその方が助かる。

 まずは片方を削り切って倒してくれれば、二人の前衛を見る必要もなくなる。


 魔法使いはエルバートの指示に従い、火弾を高火力で最初の一体のミノタウロスへと打ち込んだ。

 丁度それば決め手となり、ミノタウロスは巨体を地面に打ち付け、倒れた。


 ズシイィン


 ミノタウロスが倒れた音が響く。


「うぉぉぉぉ!!!」


「やったぞぉぉ!!」


 アタッカーたちの歓声が響いた。


 しかし、すぐにみんなはエルバートが相手をしている方に向かい、攻撃を始めた。

 切り替えが早い。

 私も、ミノタウロスの相手を終えたアランを回復し終えると、今度はエルバートを回復した。

 エルバートの方へ向かう私に、アランが声をかける。


「リリーさん、最高だよ!このままなら、二体倒せる……!」


「みなさんが強いからです!」


 私は謙遜でも何でもなくそう言った。


「いや、それでも、二体目が現れたら、君がいなければ撤退していた。撤退するのにも、時間が必要だからね。撤退の判断はかなり早めに下すように心がけているんだ」


「凄いと思います!でも、私もそうです」


 私も同じ考えだ。

 今までも、MPにまだ余裕があっても、ジリ貧になる未来が見えたら、ブレイズ達にはすぐに撤退を申し出てきた。

 ブレイズ達は、もうすぐ倒せそうなのにどうしてだ、と不満を言ってくるのが常だったが、アランが同じ考えだったので、私は嬉しくなった。


 なんだ、私だけじゃないんだ。

 私が変なわけじゃ、なかったんだ。


 私は勇者パーティにしかいたことがないせいで、その世界しか知らなかった。

 でもそれ以外の冒険者たちも、こんなに頭を働かせながら、必死で戦っていたんだ。

 私はそんな当然のことをいまさら知ったけど、それがたまらなく嬉しくて、わくわくした。

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