清流

「ご馳走さまでした……美味かった……」

「お粗末さまでありんした……」

「散歩してくるよ……」

「わっちと行きんしょう……?」

「うん……」


 あの頃のように椿のお姉ちゃんと並んで、何もない畦道を歩く。

 

 吹いてくる穏やかな涼風が艶のある黒髪を靡かせる。

 お姉ちゃんは乱れたそれを掻き上げて優しく微笑んだ。


「懐かしゅうござりんすねぇ……」

「うん……本当に……」

「いつまでここに居るんでありんすか……?」

「仕事が見つかったら帰るかな……」

「そうでありんすか……」


 椿のお姉ちゃんの表情が心なしか曇った気がする。

 お姉ちゃんは本当に俺のことを婿にする気なのだろうか。


「主さん……川でありんすよ……」

「あぁ……懐かしいなぁ……」

「降りてみんせんか……?」

「うん……行こう……」


 畦道の脇にある透き通った水面と川辺に生い茂る緑色の草木。

 ここもまた思い出のある場所だ。


「手、貸すよ……滑ったら危ないし……」

「あら……」


 俺が差し出した手を見つめながら、袖で口元を覆うお姉ちゃん。その口元からはクスクスと小さな笑い声が漏れている。

 

「ほら……」

「大人になりんしたねぇ……」

「まぁ……6年も経ってるから……」

「素敵でありんす……主さん……」

「か、揶揄わないでよ……」

「バレんしたかぁ……」


 お姉ちゃんは俺の手を握りながら優雅に階段を下る。それを極限まで引き立てる川辺の美しい情景。


「もう大丈夫でありんすよ……?」

「あ、ごめん……」

「ふふっ……このままでも構いんせんよ……」

「じゃあ……このままで……」


 柔らかくて温もりのある手を握り締めたまま、川辺に腰を掛ける。

 足元を流れる川の適度な冷たさがとても心地良い。


「人の手握るの……久しぶりだな……」

「わっちもでありんす……」


 お姉ちゃんは川の水面を足で突きながら、俺の肩へ体を預けてくる。それと同時に白くて細い指が俺の手に力強く絡み付く。


「主さん……」

「う、うん……?」

「少しだけ眠っても……ようござりんすか……?」

「うん……大丈夫だよ……」

「うふふ……感謝しんす……」


 日頃の疲れが溜まっているのだろう。10秒後にはすぐ隣から安らかな寝息が聞こえ始めていた。


 それに飲み込まれるように俺の意識は徐々に遠のいていく。


「さ……ん……主……さん……主さん……」

「あぇ……?」

「もう夕暮れ時でありんす……」

「あ、本当だ……」


 霞む視界に映る黄金色に輝く水面と優しく微笑むお姉ちゃんの顔。

 どうやらかなりの時間、眠り惚けてしまっていたらしい。


「主さんの寝顔……子供みたいでありんしたよ……」

「あはは……それはお恥ずかしい……」

「夕飯はお刺身にしんしょう……」

「ありがとう……楽しみだな……」


 夕暮れを背負う帰り道。

 それはあの頃のように儚く、あの頃よりも尊い存在となっていた。

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