花緑青に泳ぐ金魚

椿木るり

花緑青事件

 真っ暗闇に白い金魚草が靡いている。風は無いのに光を纏った幾千もの金魚草がゆらゆらと。金魚掬いの水槽の中の、血の色が抜けてしまうまで掬ってもらえなかった金魚たちのようだ。

 その尾ひれの中に琴葉ことはは立っている。浴衣に描かれた白い金魚草は本物に紛れ、花緑青の鮮やかさだけがモノクロの中に浮かび上がっていた。


花緑青はなろくしょう事件から二十年。麗しき殺人犯のいま

 一九××年八月十三日。夏祭りの夜に双子の姉が妹にヒ素を飲ませ殺害した後、自身も服毒。妹は死亡。姉は一命を取り留めた。

 この事件は当時姉が着ていた花緑青色の浴衣から花緑青事件と呼ばれている。偶然なのか知っていたのか、花緑青とは元来ヒ素に由来する強い毒性を持った顔料だ。

 事件から二十年。生き残った姉の今を取材した。】


 白い部屋と白い廊下。その二つを隔てる扉が開く。開けたのは一人の青年。入社三年目の新進気鋭の記者だ。スーツに革靴。二十代前半なのにどこか草臥れていて、腕に抱えた白い金魚草の花束が浮いて見える。

 部屋の中の白いベッドの上には鈴葉すずはが寝転がっている。


「こんばんわ。本当に来てくれるなんて」


 狭い部屋に声が反響する。青年が一歩部屋に足を踏み入れた。自分から棺桶の中に入っていくような足取りだった。


「どうしたんですか、そんなに怯えて。前にもお会いしたのに。どうぞお掛けください。お花はそこの花瓶に差していただけると助かります」

「本当にこの花で良かったんですか」

「もちろん。このお花が好きですから」


 事件の取材は先日終わっている。そのときに、「これで取材は終わりです。ありがとうございました」と青年が頭を下げながら言い、頭を上げたときにじっと鈴葉の目を見て「また来てもいいですか」と問うた。


「白い金魚草を持ってきてくれるのなら」


 青年は言われた通り持ってきた金魚草を花瓶に差した。


【私は短刀直入に「なぜ死にたかったのか」と問うた。姉は体が弱く、いつまでも強くならない体と出席日数が足りずに留年してしまいそうな高校生活に絶望したのかと思ったからだ。いきなり不躾だったかもしれない。けれど彼女は怒る様子もなく、淡々と「死にたかったわけではありません」と鈴の音のような声で語り始めた。】


 琴葉は隣でぺちゃくちゃ喋る姉の鈴葉を無視して家庭用ゲーム機のコントローラーを操っていた。鈴葉は細い首に汗を浮かばせながら熱心に琴葉に向かって話しかける。長い絹糸のような黒髪が一束、ぺたりと首筋に張り付いていた。


「ねぇこと。ことってば。琴葉? 聞いてる?」

「……聞いてるけど。何」

「今夜のお祭り楽しみだねって、やっぱり聞いてなかったんだ」


 ころころ鈴のように笑う鈴葉のひとさし指の第一関節と第二関節の間が妹の頬を滑る。琴葉は顔を背けてゲームの電源を落とした。


「ことは浴衣着ないの?」

「浴衣とか祭りとか興味無いし。あんたが付いてきて欲しいっていうから付いて行くだけ」


 琴葉は立ち上がって鈴葉から離れる。鈴葉も正座を崩して立ち上がった。


「ありがとう。じゃあお母さんに着付けしてきてもらうね」


 開けっ放しのふすまの奥に鈴葉が消えていく。茶の間から母親と姉の笑い声が聞こえて、ふすまを閉めると空気の蒸し暑さが増した。

 琴葉は一週間前に夏祭りの同伴を承諾していた。八月の始めに床に臥せっていた姉が「元気になったら琴葉とお祭りに行きたい」と言う。三十度を超える気温でも布団にくるまっている鈴葉はもはや風物詩ではあったが、琴葉にも思う所があったらしく「分かった」と答えた。

 木がささくれだっている窓枠の外の太陽はもう沈みかけていた。緩慢な雲。カラスの鳴き声。時計の秒針の音。もうすぐ祭囃子が鳴り始めるだろう。

 琴葉は学習机の一番下の引き出しの、一番奥の方から鏡を取り出した。閉じてあった鏡を開いて、すぐに閉じて鏡は見ないで手櫛で髪を直す。

 鈴葉と琴葉は双子なのに似ていない。鈴葉は母親によく似ている、奥二重が涼し気な和風美人だ。ひと月前に十七歳の誕生日を迎えて以来、一層艶やかさを増したような気さえする。対して琴葉はもらわれっ子で、歳が同じだから双子にしたのだ。そういう小説みたいな家庭なんじゃないかと近所から噂されるほど似ていない。けれど正真正銘、鈴葉と琴葉は一卵性双生児だ。

 よくよく見れば顔の作りは同じである。まず鈴葉の瞼と口角を垂れ下げる。次に鼻の穴を大きくして(これは鼻をほじるのが幼少期の癖だったからだ)、それからニキビをふんだんに散りばめれば琴葉になる。

 顔だけ見ればその程度だが、琴葉の体はポテトチップスの食べ過ぎで標準体重を大幅に超えている。背筋はゲームのやり過ぎで猫より猫背。美容室にも滅多に行かない。だからと言ってしっかり手入れをしているわけでもなく、毛先が絡まってどうしようもなくなったらそこだけ鋏で切っている。

 そういう色々な要素があって、一卵性双生児なのに二人は似ていない。

 鈴葉と琴葉。似ている所は名前とお互い不登校なこと。それだけだ。

 病弱でも何でもないのに学校に通っていない琴葉は、両親からは弱冠十七歳にして穀潰し扱いをされている。


「おまたせ」


 ふすまが開いて、窓から吹きこむ温度の高い風が部屋を駆け抜けた。


【事件の概要を語る姉は取材に慣れているようだった。語る口調に感情は込められていない。彼女の口からは事件当時の記事に書かれているようなことしか出て来ない。私は記者として、一個人としてもっと深く事件を知りたいと思った。】 


 鈴葉は青とも緑ともつかない色に白い花が描かれた浴衣を着て現れた。帯も白で合わせて、黄色の花飾りをまとめ髪にちょこんと乗せている。


「そんな浴衣、うちにあったっけ」

「この間の回復祝いにお母さんが買ってくれたんだ。これ花緑青っていう色なんだって。この花は金魚草」


 鈴葉はいちいち青緑の所や花の所を指しながら説明をした。


「あっそ。さっさと行こ。喉乾いたし。炭酸飲みたい」


 琴葉が半袖パーカーのポケットに手を突っ込んで鈴葉を押し退けるように部屋を出る。きしきしと二人分の足音が古い家に響いた。


「お母さん。行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。遅くならないでね」


 琴葉はそのやり取りに加わる様子も無く、マジックテープで止めるタイプのサンダルに足を引っ掛ける。

 からんころん。丸い足音が琴葉の後ろから横へ。背筋をしゃんと伸ばした鈴葉と猫背の琴葉。身長まで違って見える。

 夕暮れの街に祭囃子が流れ始めた。


「始まったね。お祭り」  


 神社に向かう道は浴衣を着た人ばかりだ。大人も子供も、祭囃子に心躍らせて弾んだ足音を鳴らしている。


「あんたさ、何で私のこと誘ったの。祭りに行きたいなら母親と行けばいいじゃん」


 鈴葉の涼やかな瞳がくるりと丸い形になる。


「私たち双子なんだから一緒にいるのに理由なんていらないんじゃない?」


 琴葉は会話を続けずに歩く速度を上げて参道へ。小走りの下駄の音は雑踏に紛れてしまう。

 参道は前も横も人、人、人。所狭いしと並ぶ屋台の隙間にも人。最後に外出したのがいつであるのか分からないような引きこもりの琴葉は、眩暈がしたのか人込みの中で膝に手を付いた。


「はい」


 にゅっと鈴葉が琴葉の肩越しにラムネの瓶を差し出す。灯ったばかりの提灯の赤と夕陽が、ラムネのブルーに反射して紫色に見える。


「炭酸飲みたいって言ってたから」


【姉は、「本当は一度目にラムネを渡した際にヒ素を入れるつもりだったんです。どうして開いてるのって聞かれたらお店の人が開けてくれたと答えるつもりでした」と言った。なぜやめたのか、と問えば「人目が多いことともう少し祭りを楽しむのも悪くないかと思ったんです」とこれも感情が含まれていない声で答えた。

 ヒ素の入手経路に関しても聞いてみたが、これは事件後の警察の聴取と同じ、固く口を閉ざしたままだった。】


 琴葉は受け取ったラムネをサラリーマン残業終わりのビールを煽るがごとく、喉を鳴らして流し込んでいく。一方が買って、もう一方に渡す。そういうやり取りは鈴葉と琴葉だけでなく、至る所で行われていた。

 はい、あげる

 ありがとう

 そういうやり取りが祭囃子同然に流れている。


「……あんたが来たいって言ったんだからあんたが前歩きなよ」

「やだ。隣歩こ」


 鈴葉が飛跳ねるように琴葉に一歩近づき、琴葉の腕に自身の腕を絡めた。琴葉の眉間に皴が寄る。花緑青の袖がひらひらと風に靡く。細い手首は骨が浮いて浴衣に描かれた白い金魚草と同じくらい白い。


「林檎飴食べたーい!」

「はいはい」


 自分が歩き出さないといつまでも鈴葉が腕に絡み付いたままだと察したのか、琴葉が先に足を踏み出した。するりと絡まった腕が解けて二人は飴屋へ。

 林檎飴を二つ。どこから食べようか。そんな風に飴をくるくる回して逡巡する二人の仕草はさすが双子と言いたくなるほどそっくりだ。  

 鈴の音のような笑い声が鈴葉の薄い唇から漏れた。


「私たちいま同じことしてた」


 鈴葉が林檎飴を片手に笑みを深める。それからがぶりと飴に噛り付いた。


「かたーい!」

「なにやってんのもう……」

「あ! こと! あれやりたい! 金魚!」


 鈴葉が随分先の『金魚掬い』の看板を指した。


「はいはい。おひめさまのいうとーり」


 提灯がいくつもの太陽のように輝いている。太鼓の音が地響きのように夏の夜に鳴り響く。途中のゴミ箱で飲み干したラムネ瓶を捨てた。

 看板の下の水槽の中で泳ぐ真っ赤な金魚。二、三匹は黒い金魚も混ざっていた。


「ぽい二つください」


 頭にタオルを巻いた筋肉質な中年男が「あいよ」と答えてぽいを二つ鈴葉に渡す。


「私はいい。どっちもやっていいよ」

「なんで? 一緒にやろうよ」


 半袖の裾をぐいぐい引っ張る鈴葉。琴葉はまた眉間に皴を寄せた。


「分かった。分かった。だからそれやめて」


 鈴葉の手が離れて、反対の手で琴葉にぽいを渡す。琴葉は深い深いため息をついてからそれを受け取った。

 その二人の様子を隣で掬っていた小学生くらいの少年がじっと見ていた。


「おねえちゃんたち同じみたい」

「そうでしょ? お姉ちゃんたちね、双子なの」

「ふたご! 知ってる! 同じクラスの子も双子だよ」


 鈴葉と少年のやり取りを尻目に琴葉は金魚を見つめていた。すっと音も無く水にぽいを付けて金魚を端に追いやる。


【「金魚がお好きなんですか」とういう私の問いかけに対しての解答は興味深いものだった。

姉「ええ。だって金魚ってどこにも自由が無くて可哀想じゃないですか」

記「可哀想?」

姉「金魚掬い、金魚草。金魚って川魚なのかしら。私、それすらいまいち知りませんでした。それくらい金魚には自由がないでしょう? だから私、琴葉が金魚掬いをした時に自分の中で賭けをしてたんです」

記「賭け? それはどんな?」

姉「琴葉が金魚を掬ったら死ぬ」】


「まさか本当に取れるなんてね」


 拝堂の前の階段に座り込んだ鈴葉は尻元にハンカチを引いて浴衣が汚れないようにしている。覗き込む先には袋に入った一匹の金魚。それを持った琴葉の手が鈴葉の方に向く。


「あんたが持って帰ってよ」

「どうして? ことが取ったのに」

「私が持って帰ったらトイレに流されて終わりでしょ」


 鈴葉が耳元に落ちてきた後ろ髪をゆっくりとした仕草で直す。


「分かった。でもまだことが持ってて。私また喉乾いちゃったから何か買ってくるね」


 そう言って鈴葉は祭りの喧騒の中に戻っていった。ハンカチはそこに置いたまま。風で飛んでしまわないようにそこに金魚の袋を置く。夜空に人々の声が響く。高めの笑い声。酔っ払いの叫びのような笑い声。迷子の子供の泣き声。


「おまたせ」

「早かったね」

「すぐそこで売ってたから。またラムネにしちゃった」


 鈴葉が差し出したラムネ瓶を琴葉が受け取る。


「ありがと」


 鈴葉の目が瞬間丸くなり、口角がきゅっと上がる。


「どういたしまして」


【金魚が可哀想だと語る彼女の顔や声色に、私は始めて人間らしさを感じることが出来た。人間らしさ、と言うよりは少女らしさと言った方が正しいのかもしれない。そんな危うさだった。】


「でも本当に取れるとは思ってなかったんですよ。金魚掬いなんてそんなに簡単にできるものじゃないでしょう?」


 横たわったままの鈴葉が可笑しそうに言う。ベッド端の丸椅子の上に座った青年が「命を金魚掬いで決めるなんて」

「ほんとう。十代って恐ろしいですね」


 開けた窓から風が吹きこんで、金魚草が揺れる。夏の夜風が鈴葉の髪を巻き上げて顔に重なってしまう。それを青年が直してやった。


「そういえば、せっかく来てくれたから取材では言っていないことをお話しします。もしまだ書き終わっていないのなら記事にしてもかまいませんよ」


 椅子に座り直した青年の喉がゴクリと動く。鈴葉が次の言葉を発するまで、時が止まったかのような静寂が訪れた。


【姉は二度目に渡したラムネにヒ素を混入させた。拝堂の前で寄り添うように倒れていた二人が発見された時、どちらも心肺停止していたが、姉の心臓だけが救急車の中で再び動き始めた。彼女は心臓が止まっていた間、不思議な夢を見たと語る。】


 真っ白な金魚草が揺れる中に琴葉は寝転がっていた。琴葉の視線の先は真っ暗闇。体を起こしてあたりを見回す。


「琴葉」

「あ、鈴葉。ここどこだろ」

「どこだろう。でも綺麗ね」


 鈴葉は金魚草を一本手折る。千切られた花弁を闇に浮かべれば、ふわりと闇の中に消えていく。一枚一枚、千切っては闇に浮かべ、千切っては闇に浮かべる。


「私、琴葉の事嫌いなんだ」


 最後の一枚の花弁が消えた。

「急だね」

「だって学校行けるのに行かないし、ポテチだって私は体に悪いから食べちゃダメなのにことは食べ放題じゃない」

「なにそれ。じゃあ今度こっそり一枚あげるよ」


 鈴葉の手は金魚草から染み出た汁で汚れてしまっていた。


「ありがとう。……ねぇ、この浴衣、ことも着てみてよ」

「え、嫌だ。似合わない」

「同じ顔なんだから似合うよ、ほら」


 鈴葉は浴衣を脱ぎ始める。琴葉が嫌がるのを気にも留めずに、子供の世話をする母親のように琴葉の服も脱がしていった。


「私もあんたのこと嫌いだな」


 ぐるぐると帯を巻き付けられながら琴葉が言う。


「じゃあお揃いだね」

「そういう所、特に嫌い」


 半幅帯を器用に結びながら鈴葉が笑う。琴葉も同じ声で笑った。


「できた。似合うよ」


 鈴葉はぽんっと軽く結んだ帯を叩いて琴葉の背中に抱き着いた。


「今日、ほんと何なの」

「何でもないよ」


 鈴葉は琴葉の胴に回した自身の腕をぎゅっと掴んでいる。切りそろえられた爪が柔らかい肉に食い込んだ。


「そういえばあの金魚どこいっちゃったんだろう」

「私が取って来るよ。だからちょっとだけ待ってて」

「すず?」


 琴葉が振り返った時にはもう鈴葉の姿は無かった。


【白い金魚草の花畑にどのような意味があったのだろうか。きっと意味は無く、ただ浴衣の柄が登場しただけなのだろう。その後一命をとりとめた姉は妹の死を知ると共に殺人犯となった。「妹だけが死んだと知ったとき、何を思いましたか」

 私のこの質問に対しては「何も思いませんでした」と答えた。】


 ベッド横にある棚──ちょうどベッドと同じ高さの棚の上に置かれた時計はまもなく面会時間の終わりを告げる。


「次は何を持って来ましょうか」


 青年が金魚草と同じくらい色の無い顔に問いかける。


「ラムネがいいわ……」


 鈴葉の瞳は淀んで蛍光灯の光すら灯っていなかった。


「あなたはもう少し前を向いた方がいい」

「私、前も後ろも見えませんの。もう上も横も見飽きました」


 青年が立ち上がる。


「今度は違う花を持ってきます。横を見るのが楽しくなるような。僕は花に詳しくありませんから、花屋で一番鮮やかなものを買ってきます」


【花緑青事件の最も不明な部分は動機である。事件直後は支離滅裂な回答しかしなかった彼女は責任能力と全身不随の後遺症の問題で不起訴となっている。そのせいもあって全ての真相が明かされているわけではないのだ。現在の彼女はすでに両親を亡くし、施設で暮らしている。その部屋に私物と思われる物は花の無い花瓶しかなかった。】


「書き直しだ」


 薄暗い社内。壁掛時計はとっくに定時を超えた時間を示している。


「感情的すぎる。もっと冷静に書け」


 中年男の手元にあった紙束が青年記者の胸に押し付けられた。それを受け取った青年は小さな声で「そうですよね」と言った。


「お前は良い記者になるよ。ここで潰れていい芽じゃない。だから落ち着け。な?」


 青年の肩に置かれたごつい手がぽんっと一度跳ねて離れる。薄暗い空間に取り残された青年は自分のデスクに座った。

 遠くで祭囃子が流れている。


【花緑青事件は殺人事件である。姉は紛れもなく人を殺した。それも双子の妹を。しかし私は、姉はただ寂しかっただけなのではないかと思う。ただ寂しくて、大人ですら耐えがたいような寂しさを抱えてしまった十七歳の少女が引き起こした悲劇。それが花緑青事件の真相なのではないだろうか。】【没】

 

「窓を開けていただけませんか」


 床ずれ防止の寝返りを打たせに来た職員が窓を開けて部屋から出て行く。

 夏風に乗って祭囃子が聞こえる。遠くで、白い部屋で、白いベッドの上で、動かない体の上で、二十年前で、夏祭りの喧騒の中で、水槽の中で、金魚の群れの中で、揺れる金魚草の中で、花緑青の浴衣の足元で、暗闇に立つ少女の中で──。


「すず、遅いなぁ……」

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花緑青に泳ぐ金魚 椿木るり @ruriusa

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