#20 「魔法少女をする理由」

「”魔法少女”──ヴィエルジュノワールは一度、終わっているのです。仲間を、殺めたのですから」


だから、トドメを刺してください、と。

膝を折り、ノワールは口にする。

対峙していた相手に、半ば懇願するように。


「……ボク、は」


仄暗いステージ上、表情一つ捉えられない暗闇の中でブランは溢した。


ピクリと、指先が震える。

足元には取り落としたステッキが。

目の前には、仲間を傷つけ、何度も自分の邪魔をした強敵が膝をついている。


どうするというのだろうか、”魔法少女・ヴィエルジュブラン”は──。



◇ ◇ ◇



「……仮に手を差し伸べられたとして、そう簡単にノワールは手を取るでしょうか?」

「……確かに。それに、ブランだってお人好しかもしれませんがバカじゃありません。僕だって、手を差し伸べるにせよ、もっと明確な理由付けが……」


机に置かれた二つのコーヒーカップは、とうの昔に湯気を立てるのを止めてしまっていた。

遥と衿華、もう何度目かもわからないミーティング。それが凄まじい長丁場になっていたからだった。


「おー、二人共煮詰まってるみたいだね。そう言えば今日言ってたもんね。次回、最終回!って。段取り、決まってなかったんだ?」

「……いえ。もう流れは決まっているのです。決まっているのです、が……あと一歩、解釈がまとまらなくて」


あまり気を取られてもいられないとばかりに、杏の質問にも早口で返答し、衿華はすぐさま目の前の資料に視線を戻す。

それだけ、彼女が必死であるということ。そして、遥にとってもこの時間は逃せなかった。

六月もあと三日で終わる。


それは同時に六月いっぱいまでの《魔法少女総選挙・予選》が、もう終わろうとしていることを意味していた。

決戦の日は二日後、それが寸劇の最終回。二人の戦いが終わりノワールが仲間になる──はず、だ。

断言できないのは今まさに、その細かい流れが決まっていないから。

だからこそ、激しい議論が机上では繰り広げられていた。


「……ふむ、あなた達に入っている票は現在、わたくし達の四分の三。ヴィエルジュノワール、あなたが二位である以上、このまま行けば確実に決勝ラウンドには進出できると思われますが?」

「いいえ。紗さん、私は一位で通過することにしか興味はありません。……負けず嫌い、ですから」


紗に対しては棘々しい言葉を返しつつ、それでも、衿華は僅かに口元を緩めた。


「それに、結果も大事ですが、それ以前に──全力を出し切りたいのです。限られた、この時間で」


その言葉に紗は閉口した。

以前の出来事で生じたわだかまりも多少はあったのだろうが、”魔法少女”に全力を尽くすこと。

その大切さは彼女にだってわかるのだろう。


「……まあ、健闘を祈っておきますわ。杏先輩、わたくしたちも最後の調整を致しましょう」

「了解だよ、紗ちゃん! それじゃ二人共、頑張って!」


軽く手を振ると、杏は紗についてロッカールームを出ていく。

キーンと外から聞こえてくるアンプの唸り。彼女らのステージ練習が始まったようだった。


「……ブラン、あれがツンデレというもの、でしょうか?」

「え、あ……紗さんのこと、ですか……?」

「ええ。今日は随分と態度が柔和だった印象を受けましたので」


言われてみれば確かにそうだ。釣られるようにして遥は頷いた。

多少突っかかってはきたけれど、それも立った一度だけ。

それどころか、最後にはこちらを励ますような響きも含ませていたように思える。


少し歪んでしまった関係性を修復して、真っ直ぐに向き合いたい。

紗はしっかりとその約束を守るつもりなのだろう。


「……けれど、私に向かって毒を吐いたこと忘れていません。正々堂々真っ向から、完膚なきまでに叩き潰してやりましょう──ヴィエルジュシアンを」

「……衿華さん、悪役すぎませんか? その台詞……」

「実際、今のノワールはまだ”敵サイド”、ですから」


台詞に違わず、少しばかり悪役然とした不敵な笑みを衿華は浮かべた。


「──彼女を”納得できる味方”にすること。それが私達のお仕事、でしょう?」



◇ ◇ ◇



「……煮詰まったぁ」


カラン、と遥が取り落としたシャーペンが机上を転がっていく。

気づけば、机上に広がる資料は最初の二倍以上になっていた。

分厚い紙束、二つ目のコーヒーカップ、二十二時を回る時計。文字通り煮詰まったまま、話はちっとも進んでいなかった。


「ブラン、煮詰まったのなら、まず整理しましょう。"魔法少女"が戦うには代償が必要、そして過去のノワールはそのことを知らず、無理をしすぎた仲間が死んでしまった」


淡々と衿華は口にする。普段よりも疲れているように見えた。

仕方ない。命だの矜持だの、確信に迫るための話ばかりだったのだから。


「……確かに重いかもしれません。それでも、ノワールはあなたも、仲間も傷つけています。その上で……どうするのですか?」


ヴィエルジュブランは存在していない。

キャラクターとしても、無論、人格としても。

あくまでも名前と見た目、口調だけ最低限に。結局は一バイトに付与された最低限の設定でしかないのだ。

結局、それはブランが前回の総選挙で勝ったとて変わらないものだった。


そんな存在に意味を持たせていかなければならない。


”魔法少女”になるのだって、楽なものではないはずだ。

足された代償、慟哭、戦いは苦痛を伴う。

だというのに、なぜ魔法少女を続けるのか、なぜ人に手を差し伸べようとするのか──。


「”好き”だから……?」


思わず口にしたそれは、あくまでも遥の理由で。ブランにどんな過去があるのか、なんてわかるわけもない。

それでも、遥自身はなぜ”魔法少女”を好きになったか。

辿っていけば、答えは一つしか無かった。


「……衿華さん、ノワールはブランが”魔法少女”になる前から活動していた──そういう設定、でしたよね?」

「ええ、そういう時系列だったはずですが」


それなら辻褄が合う。

遥自身が、ブランに映し出される。


『ねえ、手、取ってよ』


「……ブランは過去に救われていたんです、”魔法少女”に。だから”魔法少女”を続けて人を助けてる。そして、彼を救った”魔法少女”は──」


資料の中、僅かな文字列。それを指す。

僅かに苦笑して見せて、それでも、衿華は頷いてくれた。


「……それは、責任重大ですね」

「じゃあ、構いませんか?」

「……ええ。後は私ぐらい、でしょうか?」


ブランは手を差し伸べる。

それなら如何にしてノワールがその手を取るのか──。

まだ考えあぐねている。だからこそ衿華の表情は晴れないままなのだろう。


「……衿華さん、あなたが初めてここに来た時の心境、そのまま落とし込みませんか?」

「……え?」


衿華が目を丸くする。

ひどく呆けたようで、奇妙な沈黙が二人を包む。


「私の人生は……ノワールほど壮絶じゃありません。今ある設定に釣り合うほどのものなんて、私……」

「それでも……衿華さんは一度、僕の手を──取りました」


ノワールが誰かの手を取ること。

それは決して、不確定なこの先の出来事じゃない。

むしろ、前にあったこと──思い返せば、一ヶ月と少し前。このロッカールームで起きたことの再現。


「……なるほど。それなら……少し、だけ」


遠慮がちに、ぽつりと。それでも納得はしたのか衿華は口を開いた。


「……何か、きっかけを手繰りたかった。それだけだった──のだと思います。立場も成績も、直接満たしてくれるものじゃない。むしろ、遠慮がちに仲間が遠ざかっていく。それじゃ、満たされない……と、思ったのではないでしょうか」


あくまでも衿華が口にしているのはノワールの心境を代弁したもの。

だと思う、と。そういう体裁が取られていた。

それでも、歯切れが悪い言葉は設定を諳んじているものには思えなかった。


「満たされないまま、周りに誰もいないまま終わっていくのは嫌で。……だから、つまり、要するに、彼女は……」

「……寂しかった?」

「っ、あくまでも、ノワールが、ですけど……っ」


顔を赤らめて、それでも衿華は頷いた。

否定まではしなかった。


「……それでも、彼女は知るはずです。手を取ったら、その先に待っているのは楽しい日々だって」


ふっとその表情が綻ぶ。

中身が満たされたコーヒーカップを、彼女はきゅっと握った。


「少し子供っぽいけど、いざという時は頼りになる大人、はつらつ明るくて、一緒にいて楽しい先輩、まだ少し溝があって、それでも仲良くなりたい同期。それから──」


躊躇いがちに伏せられた瞳が幾度が瞬く。

ちろちろと揺れる睫毛、彷徨う視線。

それでも、意を決したように顔を上げると──それは遥を映した。



「いつも隣にいてくれる”魔法少女”。そんな仲間と戦えるのなら、わた──ノワールだって……楽しいはず、です」



恥じらうように、すぐに視線が外れる。

それでも、今口にしたことは肯定するとばかりに、衿華はずっと頷き続けていた。


教育係になってから一ヶ月半。

共闘体制ユニットを組んでから、もうじき一ヶ月。


そんな風には思えないほど、遥にとってノワールはもっと身近な存在だった気がする。

だからこそ衿華の言う通り。そんな錯覚を指せるぐらいにブランはその隣にいて。

最初の給仕から、総選挙まで共に戦っていたのだろう。


「……息苦しさに耐えかねてノワールはブランの手を取った。それは、自分の負った責任や、罪から逃げることになるかもしれないこと、ですけど……」

「……逃げたなんて、言わないでください」


息苦しさに耐えかねて──と。

衿華の身に何があったのか、遥は知らない。

それでも、彼女が逃げてきたとは思いたくないのだ。

遥自身、似たような罪悪感は抱いていたから。


それでも、疲れることは多くて、揉めることだってあったし、何度もヒヤヒヤさせられた。

そんな中でも、”好き”を迸らせて、”魔法少女”をやってきたのだから。


「ただ、場所が変わっただけで……全力で生きていることには、違いない」


こんなにあくせく打ち込んできたのには、何かしらの意味がある。

それは確かなことなのだと、そう信じていたかったから。


「……ブラン。そうやって、あなたが肯定するから。だから、私は魔法少女を続けていられるのです」


”魔法少女”たちはなぜ戦うのか、なぜ”魔法少女”し続けているのか。

それを、見つけたとでも言うように。

確かめるためだとでも言うように、遥の手を取ると、ぎゅっと衿華は握った。



「そういう理由わけ、なのだと思います」



◇ ◇ ◇



「──ヴィエルジュノワール、共に戦いませんか?」


た解釈は確かに理由を与えてくれた。

そして、理由さえはっきりすればあっという間で。最初は急ごしらえに、粗く作られていた台本へ、一つ一つの台詞が重なっていく。


暗いステージの中、照らされているのはただ一人。

口元に湛えられた薄い微笑み、静かになびく白髪。


”魔法少女・ヴィエルジュブラン”は、確かにに対して、手を差し伸べた。

あとに残されたのは、もう一人がするべき選択。



それを、”ヴィエルジュノワール”は──。

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