第4話 そばにいるから

「エドちゃん、そのアクセちょーいいね。どこで買ったの?」


「これ? 渋谷~」


「えーこんなかわいいの売ってるお店あったかな~? 今度連れてってよ」


 お昼休み。怠惰と眠気に襲われながらの四時間目を終えると、オアシスのような時間がやってくる。


「エドちゃんってさー最近来たって割にはけっこうギャル極めてるよね」


「そー?」


「原宿の竹下通りとかもう行ったことあるっしょ?」


「あるあるw こっちの世界来て最初に行った!」


「今度いっしょにいこーよ。クレープおごっちゃる~」


「まじ? あざまる~」


 隣の席のエドナさんはギャル友達とギャルトークで盛り上がっているようだ。ぼくはお昼ご飯のあとは両腕を枕に沈黙することを決めている。寝ることはできない。なぜなら常に周りの視線が気になるからだ。どうかだれもぼくのことを見ませんように、気にしませんように……こういうポーズの現代アートだと思ってくれますように。


「善くん……あ」

 

 ぼくの肩が思わずびくりと跳ねた。

 人気者のエドナさんが話しかけたとなれば、教室中の注目が集まってしまう。

 緊張のなか、次の展開を暗闇のなかで待ち受けたが、


「どしたの? エドちゃん」


「あ、えと」


「うぉ!? みてみてエドちゃん。マユからLINE来てんだけど、購買のパンに新作出たって! いっしょに行かね?」


「マジ? 行く!」


 ふたつぶんの足音が遠ざかっていくのを聴きながら、ぼくは安堵のため息をついた。


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「善くん、今日ごめんね」


「え」


 放課後、いっしょに駅まで歩いているときのことだった。

 エドナさんは話の流れと関係なく謝った。


「私が声かけたとき、起きてたでしょ」


「あ」


 ぼくは声を失った。


「ぁ……ぅ……がぁ……」


「あ、ごめん、こういうこと言われるのもヤだよね! ほんとごめん!」


「ぅ……ぅご……ごめんなさい」


「え、なんで善くんが謝んの!?」


「無視しちゃって……それに、寝たふりして、周囲の輪に入らずに、申し訳なく……」


「善くん落ち着こ!? ふらふらしてるよ!? そっち道路!」


「このたびは私日馬善の謝罪会見にお集まりいただきましてまことにありがとうございます。今回の件に関しましてはすべて私の落ち度であり人間性の欠如から発した問題でございまして、全面的に私が責を負う者でございます。関係者の方々に置かれましては、まことに、生まれてきてごめんなさいという気持ちでおりますことをここに表明いたします」


「こういうときだけよく喋るじゃん!!?」


 いったん公園のブランコに座って、落ち着きをとりもどした。

 優しく背中をさすってくれるエドナさんに、より惚れてしまった。


「あのさ、善くん。私ね、最近ギャルになったって言ったでしょ?」


「あ、うん」


「それまではけっこう暗い子だったんだ」


「……え?」


 そんなの、初耳だ。というか、信じられない。

 エドナさんが、暗い性格だった……?


「ま、その頃のことはもういいんだ。私は今の私がいちばん好き」


 ブランコを漕ぎ始めたエドナさんの頬に夕陽があたる。それはきれいな光景だった。


「善くんは? 今の自分、好き?」


「……えっと」


「私は今の善くん、好きだよ。でも……」


 エドナさんは勢いをつけ、より高くブランコを漕いだ。


「変わろうとしている善くんも、好きだよ」


「エドナさん……でも、ぼくは」


「いいんだよ。お昼休みに寝てたっていい。だって、善くんはそれじゃダメだって思ってるんでしょ。ていうことはさ、前に進もうとしてるじゃん? それって、大事なことだよ。その気持ちがなきゃ、いつまでも変わることなんかできないっしょ!」


 ぽーん。

 と、ローファーが砂場のほうまで飛んでいく。


「うっわww めちゃくちゃ飛んだww」


「エドナさん、ぼく……」


「善くんもやろ」


「え?」


「私よりも遠くまで、飛ばそ?」


 エドナさんのまっすぐな瞳がぼくを覗き込んでくる。こんなきれいな人に期待の眼差しを向けられて、やらないわけにはいかない。


 ぼくは小学生ぶりに乗ったブランコを、はずみをつけて漕いだ。地面を蹴り、勢いをつけて、靴をつま先にひっかける。そして――


 えいっと。いちばん真上で、靴を放った。


「おー! 飛んだねー!」


「飛んだ……飛びましたね」


「ほら! 私より遠くまで飛んだ! すご!」


 高らかに笑いながら、エドナさんは片足で立って砂場までけんけんした。

 ぼくも後に続くけど、とちゅうでけつまずいて転んだ。

 うわ、ちょー恥ずかしい。


「善くん、ほら」


 エドナさんが手を差し伸べてくれる。ぼくはその手を取って立ち上がる。


「大丈夫っしょ、善くんなら。私がそばにいるからさ」


「エドナさん……」


「ほら、もっかいやろ」


 ぼくらは靴を逆さにして、砂をかきだした。

 二人で、暗くなるんで公園で遊んだ。きづけばぼくも、自然と笑っていた。

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