第3話 いっしょにいるのが好き

 ギャルエルフのエドナさんと仲良くなりはじめて半月が経った。

 エドナさんとの帰り道の会話は日課になり、もはやぼくはコミュ症状を克服したといえる。


「でねーリエちょんがやばいくらいご飯作るのうまいの。日本のごはんってどれもおいしーけど、リエちょんの作るごはんってもうぜんぜんレベチでさー。リエちょんの料理と比べたら、私のなんて、実験? 小学校の理科の実験かよって感じ!」


「あ、はい」


「そんでおうちのなかいっつもピッカピカなの! 私が遊んで帰ってきたらお布団洗って干してあるし、玄関いっつもきれいにしてあるし、なんていうの? 理想の嫁? ああいうの男の子は好きなんだろーなー」


「あ、はい」


「いや好きなんかいwww ていうかさっきから私ばっか喋っててごめんね?」


「あ、いえ」


 …ぜんぜんダメだった。

 仲良くしてくれているエドナさんだろうと、コミュ症はコミュ症。手持ちのカードは「はい」「いえ」「そうですね」くらいなもので、そこに「あ」という謎のラッピングが施されるだけだった。ネガティブラッピングだった。


「……あのさ、善くん」


「はい、なんでしょう」


「私と話してて、楽しい? 私、喋りすぎ?」


 エドナさんが顔を覗き込んでくる。柔らかい金髪がふわりと垂れさがった。その目線が、戸惑うように揺れている。


「あ、あの、その……ぼくこそ、そう思う。楽しいのかなって、ぼくと話してて」

「善くん?」


「あ、ぼ、ぼく、昔っから人見知りで、話すのうまく、なくて」


 話すとき「あ」っていうし……。


「エドナさんと話すのは、とっても、楽しい、けど……こんなにかわいい人とお話しできるっていう時点で、あの、その、ぼくにはもったいないくらいっていうか」


「かわいい?」


「あ! あの、うわわ、ごめんなさい!」


 話し終わるときにいっつも「ごめんなさい」っていうし……。

 ぼく、きっといつまでたってもこんな感じなんだろうな。好きな子の前でも、上手に話せなくって、気持ちも伝えられなくって……いつかエドナさんも、こんなぼくを見限ってしまうんだろうな。


「善くん!」


 エドナさんはぼくの肩をつかんだ。

 まっすぐな青い瞳がぼくを見つめている。


「もっと自信もって良くね?!」


「え、エドナさん?」


「善くんは、相手のことを気遣って優しい言葉がかけられる素敵な人なんだから! それでいいっしょ!」


「そ、そうかな」


「お話するの苦手でしょ?」


「ま、まあ」


 苦手じゃない。

 ド苦手だ。


「でも、そのぶん私の話すっごく聞いてくれるじゃん? それでいいじゃん!」


「ま、まあ、それはそうかも」


「それに、話したいことがあったらそのうち自然に話すって。今の善くんは話したいって気持ちより、人が話しているのを聴きたい人なんじゃない? 友達とかとはふつうに話すでしょ?」


「……そ、そうかも!」


 エドナさんは不思議な人だ。こんなに自信に満ち溢れているのに、話す相手のことも大切にできている。

 そうか。だからぼくは、エドナさんのことが……。


「ぼくは、エドナさんといっしょにいるのが好きだったんだ」


「ふぇ?!」


 あ、と思ったときには遅かった。

 エドナさんは口をふにゃんとゆがませて、顔を真っ赤にしていた。笑い損ねているし、照れ損ねている。そんな感じの表情だった。


「ぜ、善くんて、さ。ときどき、すっごく、恥ずかしいこというよね?」


「え、なにか変なこと言いましたか?」


「うわ、うわー! 無自覚だ! ほんとにいるんだこういう人! うわー……私以外のひと――特に女の子に、そういうこと言っちゃダメだよ? 絶対ダメだよ?」


「えっと、ぼく、エドナさん以外とお話しないから大丈夫だと思いますけど」


「そっか! そうだね! じゃあいっか!」


 あははーと笑いながら、エドナさんはぼくに背を向けた。

 やっぱり不思議なエドナさんだった。顔は見えなかったけど、髪から飛び出した細長い耳が先っぽまで桃色だった。

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