第18話

 

 新築で最初の夜を過ごした次の日。


 天気は霧。湿度は高め。ちょっと生臭い。気分はまぁそこそこ晴れやか。


 そんな新しい一日が始まろうとしてた矢先に、サキが暗い顔をして家から出てきたので驚いた。


「どうした?」

「え? えっと、なにが?」

「なにがって……なんか、泣いたあとみたいな顔してるから……」


 俺がそういうと、彼女は悲しそうに笑った。


「別に何でもないわ。気にしないで。さ、今日はなにをしようかなー」

 

 そういって誤魔化そうとするサキの手を、俺は握りしめた。


「なんか悩んでるなら言ってくれよ」

「別に、君にいう必要なんて……」

「あるだろ。俺ばっかり世話になってるし、俺ばっかり励まされてきたし」

「それはわたしが好きでやったことだから気にしなくていいよ」

「じゃあこれはどうだ。サキが辛そうだと、なんていうか……俺も辛い」 

「え……」


 サキは目を丸くして俺を見つめた。


 な、なんでそんなに驚いているんだろう。


「わたしが辛いと……真人くんも辛いの……?」

「そりゃ、まぁな」

「なんで?」

「なんでって……俺たちは友達だろ? だからだよ」


 本当は、友達以上の、感謝とか尊敬とか、いろんな感情を彼女に抱いていたけれど、この気持ちを正確にあらわす言葉が見つからなくて、それ以上は続けられなかった。


「……そっか……友達か……」

「ああ。しかもゆいいつの友達だ。俺にはサキがいなきゃ駄目だし、サキも……俺がいなくなったら、少しは悲しんでくれると嬉しい……」

「ん……悲しいよ。君がいなくなるなんて考えられない」


 サキは、こんどは無理した笑顔ではなく、いつもの楽しそうな笑顔を向けてくれた。


「ね、ちょっときて! 見せたいものがあるの!」


 彼女は俺の手を引いて走り出した。


「あ、おい!」


 つんのめって転びそうになったけど、俺はなんとか踏ん張って彼女を追いかけたのだった。




 サキに連れてこられたのは六層の北の外れ。


 そこは回復の泉とは別の泉が湧いている場所だった。


 泉の周囲には光虫が無数に飛んでおり、おどろおどろしい雰囲気の六層に不似合いな幻想的な景色を作っている。


「綺麗だな」

「でしょ。この景色を君に見せたかったの」

「どうして急に?」


 俺が尋ねると彼女は唇に人差し指を当てて「んー」と唸った。


「なんでだろ。なんだか君と一緒に見たくなったの」

「友達だから?」

「うーんとね……ちょっと違う気がする。もっと、なんていうか……嬉しいこととか、悲しいこととか、いろんなことを共有したいっていうか……それでね、わたしが素敵だなって思ったものをいっしょに見たくなったの」

「そっか……」

「あ、そうか。わたし」


 サキの言葉が途切れて彼女をみると、赤い瞳と視線が重なった。


「君のことが、好きなのかも」

「え」

「ううん、たぶん好き」

「好きって……ええええええ!? な、なんで!?」


 嘘だろ。もしかして俺はいま告白されたのか。


「理由なんてよくわからないよ……人を好きになったことないもん」

「お、俺だってない……と思う……」

「真人くんはわたしのこと嫌いなの?」

「いや嫌いなわけないだろ!」

「じゃあ好き?」

「好き……といえば好き……だけど……」

「じゃあ付き合っちゃおっか、わたしたち」


 サキは熱っぽい視線で俺を見上げながら首に腕を回してきた。


 おいおいおい、ちょっとまて。彼女ってこんなにあっさりできるものなのか。


 こういうのってもっと、もっとなんだろう。


 いい景色。二人きり。静かでムードがあって、よく考えたらできすぎなくらい整ったシチュエーションだ。


 ああ、そうか、わかったぞ。


「あー、わかった。さてはまた俺をからかおうと―――――」


 唇が柔らかいなにかで塞がれた。


 一秒にも満たない間だったけど、俺の言葉と思考を奪うには十分すぎる時間だった。


 ちゅっ、と湿った音が鳴ってサキが離れると、彼女は照れくさそうに視線を逸らした。


「ちゅーって、けっこう恥ずかしいね……でも、気持ちいね……」

「お、おう……」

「嫌だった?」

「お、おー……」

「え、嫌だったの!?」

「ええ!? いやいやいや! 嫌じゃないよ! ものすっごく嬉しいよ!?」


 俺が叫ぶと、しん、とあたりが静まり返った。


 どちらからともなく噴き出して、ひとしきり笑った。


「よかった……」


 サキは目に溜めた涙を拭いながらそういった。


「うん」

「ね、もう一回……しよ?」

「お、おう……」


 こんどは俺がサキの頭に手を回した。


「ね、真人君も好きっていって?」

「す……好きだよ」

「もう、名前もいってくれなきゃ嫌だよ!」

「好きだよ、サキ」


 なんとか声にはなったが喉がからからだ。

 

 心臓も痛いくらい鳴っている。


 頭がぼーっとしてて、まさかこれって夢なんじゃないだろうか。


「ん。わたしも」


 目を閉じるサキの顔をみたら夢でも現実でもどちらでもいい気がしてきた。


 再び唇を近づけたその時――――サキの体が震えた。


「サキ?」

「ま……ひと……く……」


 ずるり、と目の前で崩れ落ちるサキ。


 慌てて抱きかかえると、彼女の背中には一本の矢が刺さっていた。


「この矢は!?」

「真人……さん……?」


 声が聞こえて顔をあげると、サキの背後に硝煙を吐き出すボウガンを携えたウィザが立っていた。


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