第17話

※  ※  ※


 真人の家が完成した夜。ゴン太のいびきが窓の外から聞こえてくる中、サキはベッドの上で酷くうなされていた。


 サキは昔の夢を見ていた。


 サキが、まだだったころの夢だ----。





 波岡農業高校。それが咲の通う高校だった。


 仲のいい友達もおらず、教室の隅で影を潜めてすごすのが彼女の日課。


 その日も退屈な授業をやりすごし、放課後になった。


 今日はスーパーで肉の特売日。仕事で帰りが遅い両親に代わって、夕食を作らなければならない。彼女には四人の弟と妹がいるので、咲が親代わりとなって面倒を見ているのだ。


「おーい七竈。今日の放課後空いてるー?」


 耳障りな声が教室に響いた。


 咲が自分の名字を呼ぶ声の方向に顔を向けると、そこにはにたにたと嫌らしい笑みを浮かべる三人の女子生徒がいた。


「あ、こっちみた。キショ」

「空いてないわけないよねー? あんたぼっちだもんねー」


 なぜぼっちだと予定がないと思われるのか理解ができなかったが、咲はなるべく刺激しないようにするべきだと思い、頬がつりそうな思いで笑顔を作った。


「あ、えっと……ごめんなさい、今日は……」


 肉が安いんです、とは、恥ずかしくて口にできなかった。


 咲が口ごもっていると、机の上に座っていた金髪の生徒が舌打ちをした。


「地味で根倉でチビのお前に声かけてやってんだから、さっさとこっちこいよブス!」


 机の上に座っているサイドテールの女子が声を荒げると、咲はきゅっと喉を締められたかのような恐怖を感じて彼女に歩み寄った。


「あ、あの、なにかよう?」

「あーしらさー、今ちょっとお金なくてさー」

「わかるしょ? あんたと違ってコスメとかいろいろ金がかかるのよ」

「そ、そうなんだ……」


 たしかに咲は化粧っけがない。そのことを馬鹿にされるくらいなら別に構わないと思った。 


 それ以上・・・・さえ要求されなければ、別にどうだっていい。


「でさ、ちょっと金かしてくんない?」


 咲の思いは容易く打ち砕かれた。


 お金なんて咲ももっていない。まともなお小遣いがもらえるほど裕福なら両親の代わりに姉妹たちの面倒をみたりはしない。


――――断らなきゃ。


 咲が顔を上げたその時、髪を掴まれた。


「あーしさー、反抗的な奴って目を見ればわかるんだよね」

「で、でもわたし……本当にお金がなくて……」

「なら行けよ、ダンジョン」

「え……」


 サイドテールの女子の言葉に、脇を固める二人も噴き出した。


「ぶはっ! それ名案じゃーん!」

「いいじゃん行きなよ七竈ー。ほら、なんだっけあの剣士と狙撃手のコンビ。たしかあの人たちもあたしらと同い年くらいの歳でしょ? じゃー七竈も行ける行ける。お金稼げなかったらそのまま死んじゃいなー?」


 たしかにダンジョンに行って素材を持ち帰ればお金になる。


 けれどダンジョンはまっとうな装備を身に着けていなければまともに探索することさえできない。


 鎧はおろか剣すらもっていない咲には到底無理だ。


 そんなこと言うまでもないことだが、咲がどれだけ辛い目にあっても彼女たちはなにも感じない。まるで関係ないといった感じだ。


 その事実に彼女は強い疎外感と悲しみを覚えた。


「わ、わたしには……」

「行くよね?」


 髪を引っ張られ、咲は小さく頷いた。


 するとぱっと手を離された。


「じゃ、明日までに金もってこいよ。十万」

「じゅ、十万!?」

「まだ口答えすんの?」


 きっ、と睨まれ、咲はなにも言い返せず教室を出ていった。


 ダンジョン一層――――咲は平原を歩いていた。


 なぜか外の時間が反映されるダンジョン内は、屋内のはずなのに茜色に染まっている。


「と、とりあえずこれで……」


 足元に落ちていた棒を拾って周囲を見回した。


 一層くらいなら自分でもなんとかなるかもしれない。ある意味楽観的ともいえる現実逃避をしながら散策を続けていると、茂みの奥に水色の物体を発見した。


 スライムだ。


 スライムは道端の草を食べているのか、微動だにしない。


(いまならいけるかも)


 咲は木の棒を握りしめて殴りかかった。


 ところがスライムは振り下ろされた棒をすり抜け、彼女の顔面にとびかかってくる。


「ぼごごっ……!?」


 顔にスライムがまとわりついて、咲の口から大きな気泡が吐き出された。


 逆襲されたことによるパニックと息ができない恐怖で、彼女は木の棒を捨ててのたうち回った。


 スライムを引き剥がそうともがくが、柔らかい体は彼女の手を通過する。


(息が……!)


 いよいよ肺の中の酸素も限界を迎えようとしたその時、咲は魔法陣が描かれた木の幹に触れた。


 すると周囲が光りだし、スライムが彼女の顔から離れた。


「げほっ! ごほっ! ごほっ!」


 その場に膝をついてせき込む咲。けれど光はいまだに消えず、彼女を包み込んだのだった。


「ここは……?」


 気がつくと別の場所にいた。


 周囲はうす暗く、霧が立ち込めている。


 足元はぬかるんでおり明らかに一層ではない。


「か、帰らなきゃ……早く帰らなきゃ……」


 咲は怯えながらも歩き出す。


 すると、背後からちゃっちゃっちゃ、と音が聞こえてきた。


「がるるるる!」

「ワン! ワン!」

「きゃあああああ!」


 数匹のゾンビ犬が襲い掛かってきて、彼女の腕や足に噛みついてきた。


 なんとか振りほどいて走り出す咲。服はボロボロになったが構っている暇はない。


 いつしか足元は石畳になっていたが、そんなことを気にする暇もなかった。


「いや! いや! もういやぁ!」


 大粒の涙を流しながら走り続けて、いつしか体力も付きてその場にへたり込む咲。


 そんな彼女を、悪魔の石造たちが見下ろし、石造から噴出した赤いガスが彼女の体を包んだ。


「な、なに!? ごほっ……! こ、これは……毒……?」


 薄れゆく意識の中。咲の脳裏に、姉妹たちの顔が浮かんだ。


「今日は……お肉の特売日だから……帰らな……きゃ……」


 そういって、彼女は硬い石畳の上に倒れたのだった。



※  ※  ※



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