第10話

 木々の枝を飛び移ってサキを追いかける。


 茂みの傍で彼女が地上に着地したので、俺も隣に飛び降りた。


 地面には階下へ続く穴があいている。


 階段を降りて四層へ向かう。


 強い潮の香りが鼻についた。


「ここはいつ来ても気持ちがいいわねー」


 四層は半分が海になっている。


 三日月状に湾曲した砂浜を歩いていけば階段に到着する一見楽そうな階層なのだが、砂浜にはジャイアント・キャンサーやニードル・タートルといった防御力に優れた魔物が生息しており進むのに時間がかかる。


 かといって海を泳げば海洋生物型の魔物の格好の餌食。


 清々しい景色とは裏腹になかなか凶悪な階層だ。


「それじゃ、さっそく漁をはじめるわよ!」

「釣り竿とかないけど、どうやるんだ?」

「こうやるのよ」


 サキは海の上に飛んでいった。


 海上で両手を胸の前に構えて魔力を溜めていく。


 すごい魔力だ。人間だった頃の俺なんか比べ物にならない。オフィシャルクラスか、それ以上の魔法専門職と同等レベルだ。


「エコー・バースト!」


 サキが両手を真下の海に向けると、彼女の手から衝撃波が放たれた。


 津波が起きそうな程の衝撃波の数秒後、海の上にぷかぷかと魚型の魔物が浮き上がってきた。


「漁って超音波漁かよ!」


 日本じゃ禁止されてるんだぞ、それ。


「あははは! 大量大量! さー、真人くん! 集めて集めてー!」


 子供みたいに笑うサキ。


 まったく、とんでもないことするな。


※  ※  ※


 魚の魔物を革袋に詰め込んで少し休憩。


 波打ち際で二人並んで座り、景色を眺める。


 ダンジョンでこんなに穏やかな時間を過ごせるとは夢にも思わなかった。


「ありがとう真人くん。あなたのおかげでたくさん魚が獲れたわ」


 パンパンに膨れ上がった革袋を叩いてサキは言った。


「俺は集めただけだよ」

「いつもは半分くらい波に攫われちゃうもの。助かったのは本当よ」


 サキが嬉しそうに笑うと、彼女の口元から大きな八重歯が顔を覗かせた。


 八重歯というよりも牙なのかもしれないが、いまはもうどちらでもよかった。


「なぁサキ。いろいろとありがとな」

「いいのよ」

「その、なんで君はそんなに親切にしてくれるんだ?」


 俺が問いかけると、彼女は人差し指を口に添えて「んー」と唸った。


「親近感……かな」

「え? それってどういう----」


 疑問を口にしかけたところで、どこからか悲鳴が聞こえた。


 とっさに剣の柄に手をかけて立ち上がる。


 声がした方向に顔をむけると、浜辺に巨大なイカの魔物、クラーケンが上陸していた。


 クラーケンの正面には三人組の探索者がいる。


 あのままじゃまずい、という気持ちと、この姿で人目に触れていいのか、という思いがぶつかりあって体が固まった。


 硬直する俺の脇を黒い影が凄まじい速さで通り抜ける。


「サキ----!」


 俺も急いで彼女を追いかける。


 彼女は探索者とクラーケンの間に割って入り、魔法壁を展開した。


「早く逃げなさい!」

「ひぃぃぃい! な、なんなんだこれはああああ!」

「クラーケンの次はサキュバスか!? いったいなにがおきてるんだ!」

「こ、腰が抜けて、立てない……」


 探索者たちはすっかり混乱しているようだ。


「ああ、もうしかたないわね! ミスティック・アロー!」


 サキが両手をかざすと、桃色の魔法陣が空間に出現。魔法陣の中央から無数の魔力矢が発射されクラーケンを貫いた。


 クラーケンは触手を振り回して暴れまわる。


「うわっと!」


 俺の目の前を極太の触手が通り過ぎる。こんなの食らったらひとたまりもない。


 いや、今の俺なら大丈夫なのか。


 わからない。


 俺は動けずにいる間にクラーケンの体に次々と矢が刺さっていく。


「サキ!」

「大丈夫! このまま押し切れる----きゃあ!?」


 彼女の背中に黒い塊が投げつけられ、爆発した。


「こ、この魔物め!」

「ちょっと待つんだ! あの魔物は俺たちを守っているように見えるぞ!」

「そんなわけあるか! どうせ縄張り争いかなにかだろう! このまま二匹とも殺してやる!」


 どうやら錯乱した一人が爆弾を投げつけたらしい。


 そのせいでサキの攻撃が途切れ、彼女の体に触手が巻きついた。

 

「あっ!」


 海中に戻っていくクラーケン。サキもそのまま引きずりこまれてしまう。


「サキぃー!」


 彼女の手を掴もうと手を伸ばすも、指先をかすめただけで掴めなかった。


 クラーケンもサキも、海に沈み、海岸に静けさが戻ってくる。


「ま、また出てきたぞ!」

「もうやめろ! 帰るぞ!」

「馬鹿な! 四層まできたんだぞ! まだいける!」

「もう、もうやだあああああ!」


 ずっとしゃがみ込んでいた女魔法使いが転移装置を破壊。転移粒子に包まれた。


「あ! なにを勝手なことを!」

「俺たちも戻るぞ!」


 冷静な男が自分の転移装置と血の気の多い男の転移装置を破壊。


 三人とも転移粒子に包まれる。


 帰った方がいい。まだ人であるうちに。


 俺は三人の探索者に背を向け、海に向かって剣を振り上げた。


「せめて一匹でも多く魔物を殺してやる!」

「やめておけ」


 俺は剣を振り上げたまま首を回して背後を睨みつけた。


 爆弾を持った男と目が合う。


「あ……うう……」


 男はがくがくと体を震わせ、その場に爆弾を落とした。


 いい判断だ。攻撃されたら反撃せざるを得ないところだった。


 深く息を吸い、止める。


「ダイナミック・ブレイド!」


 剣に魔力を込めて振り下ろす。


 特大の魔力の斬撃が放たれ、海を切り裂いた。


 海底の砂が露出し、その中央でクラーケンが真っ二つに切り裂かれている。


 ここまでの威力がでるとは。自分でも予想してなかった。


「な、なんなの、あの魔物……」

「魔王……」

「え?」

「あれは……魔王だ……」

「そ、そんなのいるわけ----」


 背後の気配が消えた。どうやら転移が完了したらしい。


「サキ!」


 俺は海の中へ入っていく。


 波間に浮かぶ赤い髪を見つけ、泳いでいく。


 サキを抱きかかえて陸に戻り、砂浜に横たわらせた。


「サキ! おいしっかりしろ! サキ!」

「ん……ごほっ! げほっ!」

「サキ!」


 よかった。水を飲んだようだけど生きてる。


 サキは苦し気に喘ぎながら俺を見上げた。


「助けて……くれたんだ……」

「そりゃ助けるだろ! だって俺たちは!」

「わたしたちは……なに……?」


 俺たちの関係ってなんだ。


 敵ではない。それは確かだ。


 なら単なる同族の他人か。いや、そんなに離れているようには思えない。


「友達……だろ」


 ちょうどいい言葉が見つからず絞り出すようにそういうと、サキはくすりと笑った。


「そうね。ね、真人くん」


 彼女は上体を起こし、俺の顔を近づけた。


 それから頬にちゅっと柔らかい完食が伝わってきた。


「な、なななな! なんだ!? なんで!?」

「ふふ、ただのお礼よ。助けてくれてありがとう」


 微かに頬を染めて照れくさそうに微笑むサキ。


 俺は彼女の笑顔から目が離せなかった。


 もしかしたらこの笑顔がサキュバスの魅了……なのかもしれない。

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