03 空想家が与えられました



 脳内お花畑内の滞在時間は最大で一時間まで。

 その間に心の準備はしておいた。遺書なんかも簡単に書いておいた。


「よし、じゃあ……行くか」


 ゆっくりと目を閉じ、フードを被って呼吸を整える。そして、水に潜る前のように息を止めた。

 出て近くに犬っころがいた場合、呼気で感じ取られることもある。最大限注意しておこう。


 ──脳内お花畑ゲート解除。


 広がったのは山岳地帯さながらの最終階層の広場。

 ザッと身構えたけど『犬っころ』はいなかった。


(あれ……)


 目を動かす。されど、どこにも見当たらない。

 あれだけデカい『犬っころ』がいない……獰猛な唸り声も聞こえてこない。


(誰かが倒した……とか──)


 ──ボタッ。


「……?」


 肩に質量のある液体が落ちてきて、それを手で触れてみた。

 すぐにニオイが鼻に届いて来て、思わず顔を顰める。だが、すぐにそれどころではないと気付いた。


「……え」


 ドロリとした粘液。それが、ぼたぼたと止めどなく落ちてくるのだ。

 それがどこから溢れているモノなのかに気付くとボクはすぐに前に飛んだ。

 刹那、真後ろに雷が落ちたような音が響き渡る。


「──〜ッ!!?」


 何が起こった──という疑問はすぐに晴れることになった。

 体勢が整わないまま見えた光景は、それを教えてくれたのだ。

 抉れた地面が石礫のように周囲に浮かぶ中心で『犬っころ』が可愛くない御手をしている姿。その口からはボトボトと滴り落ちる粘着質な液体。

 

「ずっと、待ってたのかよ……ッ!!」


 脳内お花畑ゲートに入り込んだのを察知し、出てくるまで崖上で待機って……ボスがやるような事じゃねぇだろうが!

 攻撃を避けたボクをしっかりとその双眸が捉えていた。

 マズイ……マズイマズイ! 早く逃げないと。すぐに体勢を起こさないと次の攻撃が──ッ!


『GAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

「イッ!?」


 瞬間、ボクの体は下から持ち上げられるような突風に巻かれ、遠くの岩壁まで吹き飛んでいった。

 受け身なぞ取れる訳もなくぶつかった体は緩やかな斜面に服が捲り上げられながら落下していく。


「ただ、吠えただけでこれか……!」


 先の攻撃は──攻撃と呼べるのかも分からないが──犬っころの咆哮だった。トラックよりも大きい犬に目の前で殺意マシマシで吠えられたら、気がついたら体が飛んでいたのだ。

 声と共に吐き出す時の呼気が暴風となって体にぶつかってきた。理屈は分かるが……意味が分からん。

  

(でもこれで、ヘイトは外れたハズ……)


 最終階層のエリアは複雑な山岳地帯のような場所。ゴツゴツとした岩が生え散らかってるエリアから鬱蒼と茂る森林エリアまである。今は岩から森へと飛ばされた。


(視界にも入ってない。から、大丈夫だろ)


 そんな思考を嘲笑うかのように、木々を吹き飛ばしながら『犬っころ』は追いかけてきた。

 

「なっ!?」

 

『GRRRRRRRAAAAAAAA!!』


「ボクは陰キャだぞ!?」


 バギバギッとボクよりも太い木が綿棒みたいに押し倒されていく。


 最終階層ここに来るまでのモンスターとの強制戦闘エンカウントも『陰キャ』で戦闘を避けてきた。

 だから、今回も大丈夫だと思ってた! なのになんで……! 『犬っころこいつ』には効かねぇんだよ……!


 ──つんっ。

 鼻に届いた異臭を辿り、そちらに目を落とす。


「……これ、ヨダレ……」


 って、まさかコイツ。


「マーキングしやがったのか……ッ!!」


『GRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!』

 

 まずい。突進が来る。噛みつき。後ろは壁。

 次の動作は何がいい。こういう時何をしたら。

 ジャンプ、下を潜る。


 ──ぐあ──


「ぬぁ──ッ!?」


 大口開けて飛び込んできた『犬っころ』を皮一枚で避けたら、その風圧でまた飛ばされた。

 

「ぐぅっ……!!」


 飛んで、落ちて、転がって。

 打ちどころが悪かったのか、体が動いてくれない。

 

「……っ」


 どろっと生暖かい温度の液体が視界を真っ赤に染める。口の中には鉄の味が広がっていった。

 これ、もう、ダメか……?


(しっかりしてよ、水無瀬っ!)


「無理だ、死んだ、絶対……」


(出口はすぐ側なの! アイツが来る前に起き上がって)


「そんな、こと、いわれても……」


 なんとか動く首を動かして見上げた。飛ばされた場所は入ってきた入り口の近くだった。

 ははは……もうちょっと奥に飛んでくれたらよかったのにさ。


「げほっ……ッ」


 体中が痛い。

 意味わかんない。なんだこれ。

 直接攻撃が当たった訳じゃないのに……強すぎるだろコイツ。まぁ、そうか。ダンジョンの最下層にいるボスだもんな。


(水無瀬! もうっ頑張りなさいよ! はやく! 起き上がって!)


「無理だよぉ……動けないんだもん。探索者シーカーでもないのに、アイツと戦える訳がない……そもそも武器ないし」


 武器も何も持たずにダンジョン暮らし。できると思ったんだけどなぁ〜……。

 今まではラッキーだったってこと? そんなひどいことないよぉ。

 

(そんなに無理っていうなら使えばいいじゃん! その本! 現状打破ができるようなスキルが出てくるかもしれないんだし)

 

「でも、お金が」


(死ぬよりはいいでしょ!!)


 ──ダッダッ、と四足の足音が聞こえる。

 

「くそっ……もう、追いかけてきたのか!」


 ズルズルと体を動かしながら腰から下げてるポーチに手を触れた。ここには【ランダムスキル本】が入れてある。


(やるしかないのか……? 使うしかないのか……!?)


 現状、陰キャはマーキングにより使用不可。

 脳内お花畑ゲート再使用時間リキャストタイムがまだ。

 ぼっちは発動してるが、この程度だ。

 手持ちでは何かこの状況を解決できそうなのは確かにスキル本だけ。


「〜ッ! ああああ! くそっ! 使ってやるよ……!!」


 痺れている手を動かして、ポーチに手をかける。あの犬っころに食い殺される前に、本を開け。開けっ……!

 手が震える。ポーチのボタン一つ外すのに時間がかかる。


(水無瀬っ、はやくっ……!)


 ──迫る。脅威が、奥から。

 

 パチッ。ようやく重たいボタンを外せた。

 見ろ。スキル本を。

 開け。頼む。指よ動け。夢の中じゃないんだぞここは。


 ──振動が地面に伸びる下肢から伝わってくる。

 

「せめて、良いスキルで……」


 ボクは本を開いてまばゆい光に目を瞑った。

 同時に、眼の前にウィンドウが表示された。


 ──【空想家 が 与えられました】──



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