第15話 〜騎士団長vs.裏社会最強〜



   ◇◇◇【SIDE:ライル】



 ーー王都 裏路地 自宅前広場




(……《神速》!!)



 地面を蹴り出すとともに“剣聖スキル”を発動させる。この超加速は視認すら出来ないはずだが、



 ブォンッ!!



 僕の剣は空を切る。



「なっ……!!」



 軽く足を斬りつけ動きを制限させるつもりの一振りだったが、目の前には彼が移動して、割れた地面があるだけ……。



「“周囲の魔を示せ”、《魔力探知(マナサーチ)》……!」



 ポワァア……



 詠唱を省略して簡易索敵魔法を展開。


 上空に躱された事を理解すると、僕は視認する前に剣聖スキルを発動させて追撃する。



「《飛斬十字(フライ・クロス》……」



 シュッシュッ!!



 その場で剣を高速で振り、十字の斬撃を飛ばしてから、やっと上空を確認するが……、



 スンッ!!



 彼は向かってくる斬撃を避けようともしない。



「“最強”なら死にはしないだろうけど、」



 ポツリと呟いた僕はそこで言葉を止める。



 フワッ……



 彼は間違いなくその身に斬撃を受けたはずだが、僕の《飛斬十字》は跡形もなく消えた。



「…………へっ?」



 僕が間抜けな声を上げると彼は“空気を蹴り”、上空から僕へと加速する。



 ドガーンッ!!



 目の前の地面が抉れ、バランスを崩す。



「し、《神速》!」


 

 後方に避難して砂塵の中を警戒するが、姿は確認できない。



 タラッ……


 コメカミに冷や汗が伝い、



 フワッ……



 微かな空気の揺れに、全身からブアッと汗を噴き出す。



「《神速》!!」


 

 またもスキルを発動させ、その場から避難すると、彼はつい先程まで僕がいた場所で「ふっ」と小さく笑った。



 ゾクゾク……



 全身の毛が逆立ち、更に汗が噴き出る。

 ただただ彼の紫色の隻眼に戦慄する。



 僕の天職は【剣聖】。


 “4つ”のスキルを発現させ、魔法もいくつか展開できる。最年少で王国騎士団の団長となり、魔物、人間問わず、難敵との死闘を繰り返して来た。



 それなのに、



 ゴクッ……



 小さく息を呑み、冷や汗を拭う。



 ーー……ち、力に関してだけは認めざる得ないですね。



 僕の可愛い妹である“クゥ”の護衛メイド、シャルルから明朝に聞いた言葉が頭をよぎる。


 幼い頃から稽古をつけ、「この力ならばクゥを任せられる」と護衛を命じていたシャルルが、手も足も出なかったというのは誇張ではない事を理解したのだ。



 カツ、カツ、カツッ……



 ゆっくりと歩いてくるのは、『裏社会最強の男』。


 “隻眼の悪魔”、ロエル・ジュード。


 彼についての報告は僕も聞いていた。


 “犯罪者に限り、容赦がない殺人鬼”


 所感では死刑となっても不思議ではない者たちを屠り歩いている“ダークヒーロー”のように思った。


 捕らえる事に様々な手続きを必要とする僕たち騎士団や憲兵団の代わりに鉄槌を下す“法の番人”……。


 きっと救われた民も多くいる。


 存在を知ってもなお、黙認して来たのは騎士団長である僕だ。


 ……いつかは対峙し、その人となりを知りたいと思っていた。



 ーーロエル様はわたくしになくてはならない存在です。



 僕の最高に可愛い妹が認め、求めた男だと知るまでは……。



 その男がどんな男なのかを見定めるために、挨拶がてら探りに来た。


 可愛い妹に相応しい存在なのか……。

 不埒者であれば、拘束し牢屋に入れる覚悟もあった。


 正直、8割方そうするつもりだった。


 嫉妬がなかったとは言わないが、贔屓目に見ても彼はクズだった。僕に誤解があったとしても、人間性を疑うド畜生だった。



 “クゥに嫌われても仕方ないけど、よかったな……”



 先程、甘い考えがよぎった自分を殴ってやりたい。


 

 ダラダラダラ……



 肌着が汗で気持ち悪い。

 冷たい汗が止まらない。


 まるで目を合わせると石化してしまう魔物に睨まれたように身体が動かない。



 カツッ……



 彼は剣の間合いギリギリのところで歩みを止めると小首を傾げた。



「なぁ、お前さぁ……、マジで何者?」


「……? さ、流石だな。ギリギリ間合いの外だ……」


「ん? なにが? いや、じゃなくて何者だ? お前、かなり動けるな?」


「現在進行形で何も出来てないが?」


「いやいや、ありえないって。俺と一対一で分単位で立ってる“人間”なんて」


「……ず、随分と傲慢だな」


「お前、もしかして【勇者】だなんて言わねえよな?」


「……違うさ」


「んー? まだ力を隠してるだろ? 俺にビビってないしなぁ?」



 目の前でニヤリと口角を吊り上げて、楽しそうに笑う隻眼の男。


 冗談はやめて欲しいものだ。


 背筋が凍っている。

 膝は微かに震えている。


 確かにまだ見せてないスキルはあるが、コントロールが上手くできない。


 “アレ”は相手を屠ると決めた時にしか使わない。



「……僕は、」



 ブォンっ!!



 僕の言葉を遮るように彼は拳を振るい、僕の顔の横を“風圧”が走る。



 ガラガラガラッ!!



 後方からは崩れていく建物の音。

 身動き一つ取れない僕はピクピクと顔を引き攣らせると……、



「やめだ。やめ……。俺はやっぱり……」



 彼はじわっと涙を浮かべた。



「な、なんだ? 何をした?」


「……ク、クレアに捨てられた……!! クソッ!! クソッ!! ラファエルのせいだ! 俺は悪くない!!」

 

「……はっ?」


「“取り立てに来てる”って事は“そう”だろ!? ふざけやがって!! 昨日の今日で来るなんて、全財産、巻き上げられる覚悟はあるんだろうなぁあ!!」


「……!?」


「……べ、別にいいもん! ラファエルを育てるもん!! う、うぅ!! いや! ダメじゃん!! あんな幼女を人質に取られたら何も出来ねぇじゃん!!」


「さ、さっきからなにを言って、」


「な、なんだよ、その気にさせてポイしやがって! こんな事なら出会いに来るんじゃねぇよ!! ぁぁあああ!!」



 ついには地面に項垂れて号泣し始めたロエル・ジュードに、僕は開いた口が塞がらない。


 

 クゥがこの男を捨てた? 


 誰にも執着をせず、僕をゴミムシを見るような視線で「兄様、気持ち悪いです」と言ってのけるクゥが?



 ーーロエル様……。



 まるで恋する乙女のように呟いていては、こっそりと覗いていた僕に「兄様、死んでください」と、ツンツンしていたクゥが……?



 わ、我に帰ったんだな!!


 クゥが幸せなら……と血涙しながら、辺境都市に旅立つ事も、この男の事も認めなければいけないのかと思っていたが……。


 そ、そうか……。やはり、『力』だけと気がついたんだな。


 いいんだ。いいんだぞ、クゥ……。


 僕に一生、守られたいって事だな!?




 ドサッドサッ……



 何かが倒れる音にハッと我に帰ると、ズズッと鼻水を啜りながら隻眼を真っ赤にしているロエル・ジュードと目が合う。



「ボサッとすんな、バカ。死ぬぞ?」


「……?」


「自分の身は自分で守れ。何しに来たか知らんが、お前のようなイケメン、俺は知らんからなッ!!」


 そこで初めて僕は周囲を囲まれている事に気づいた。後方には倒れている男が2人いた。



 気配は一切、感知出来ない。

 視認して初めて僕は気がついたんだ。



「なんだ、コイツら……」


「闇金ギルドの連中だ。“グード”、“メイラ”、“ジェグリモ”、“ミーズウェル”、“ガジェッド”……。あそこで瓦礫に埋もれてるのが“ナスカ”……。倒れてる2人は知らんな。……まぁ、俺並のクズばっかだよ」


「……」


「わかったらさっさと帰れ、“イケメン君”……」



 ロエル・ジュードはポツリと呟いて、僕の横を通り過ぎて広場の中央に立った。




「なぁ! 金、貸してくれよ!! いつかはちゃんと返すからさ!」



 彼はまた涙を浮かべながら叫んだが、



「……に、兄様が、なぜここにいるのです! し、信じられません! ほ、本当に何を考えているのです!!」



 最愛の妹の声に振り返れば、鼻水垂らしているロエル・ジュードと目が合った。


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