第14話 珍客




   ◇◇◇◇◇



 ーー王都 闇金ギルド隠れ家(自宅)



 コンコンッ……



 ノックの音が部屋に飛び込んで来た。

 改造して間仕切りのない家の中、俺は当然ベッドの上だ。


 まだ意識は覚醒しておらず、ふわふわで温かい寝心地の良いベッドにまた眠りに誘われる。



 コンコンッ……



「なんだよ、うるせぇな……」


「んんっ……。ラファ、まだ眠いです」


「そうだ。まだ眠いんだよ」


 俺は微かな違和感を感じながら、ふわふわで温かいモノをグイッと引き寄せ、ふわふわに頬ずりしたが……、



「ぁっ、マスター。はぁっ羽ぇっ……んっ、へ、変な声出る……です……ぅっ!」



 “変な声”に覚醒を促される。



 ガバッ!!



 ベッドから飛び起きた俺は、真っ赤になった無表情の天使に、完全に現実に引き戻される。



 コンコンッ……



 鳴り止まないノック。

 ガチャリッと回るドアノブ。


「え、あ、マジか……!」


「マスター。なんだか、とっても気持ちいいです……。もっと触って欲しいです」



 バサッと羽を広げる幼女。

 裸体は幼女そのもの。流石に倫理的に間違いを犯す気は……、いや、ちょっと待てぃ!!


 ク、クレアだ!!

 来てくれたんだ!


 まだ夢は潰えていない!!

 けど、これ見られたら……終わりだ!!



 ガバッ!!



 俺はベッドのシーツをラファエルに被せ、顔を青くさせながら入り口を視認する。



「……返事もなく勝手に失礼する」


 頭を下げたのは、超絶美形のクソイケメンという、俺が最も嫌いな人種だった。


 クレアだと思っていた俺のテンションは想像に容易いだろう……。



「……いや、鍵が開いていたので……。急に押しかけて申し訳ない……」


「……」


「“ロエル・ジュード”で間違いないだろうか?」


「はっ! 随分と身なりがいいようだが、常識を知らないのか?」


「……?」


「いやいや、まずはお前が名乗れよ! 了承もなく扉を開くなんてイカれてんの?」


「……そうだな。僕は、」


「有名人だろうが、イケメンだろうが、俺はお前なんか知らんぞ? あぁー怖いこわい。さぞチヤホヤされてんだろうなぁ~?」


「……いや、僕は、」


「残念ながら、俺は男に興味はねぇんだよ!! ましてや貴様のようにツラのいい男なんて、滅んでしまえばいい!! それだけでお前は俺の敵だ!!」



 俺は至近距離で嫌悪感を露わにする。


 「クレアかもしれない」という期待を裏切るだけならまだしも、俺の安眠を妨げるなんて万死に値する。


 かなり高価な武具を装備しているし、果てしなく似合っているのが気に食わない。


 いや、そもそも、コイツは全世界の非モテ男子の敵だ。


 至近距離で睨みつける俺に、イケメンは「ははッ……」と困ったように笑いやがる。


 これだけで俺の敗北感たるや……。

 闇金ギルドになす術もなく連れ去られた幼少期を彷彿とさせる。



 ただまあ……。

 見たところ明らかに“善人”だ。


 八つ当たりついでに、俺から遠ざけるのは必須。


 どこで誰が見ているかわからない。

 “俺の友達かもしれない”とか、勘違いされて危害を加えられても責任は取れない。


 存分に嫌われるために、存分に八つ当たりさせて貰うとしよう。



 ニヤリと笑った俺を他所に、イケメンは自分の胸に手を置いた。



「僕は“ライル・フォン・、」



 ガバッ……!!



 イケメン君の言葉を遮るように、1人の“天使”が「ぷはぁあッ!」とベッドから顔を出した。


 肩口だけを露わにして肝心の所は隠したラファエルだ。


 無表情で首を傾げているが、明らかに“事後”のような顔の赤さは、色々な誤解を招くに充分の素材だ。



「「「……」」」



 イケメンはラファエルを見つめて固まり、俺は一瞬だけ焦ったが(コイツには関係ない)とガン睨みを継続。


 ラファエルは瞬時に顔の熱を冷ますと、ゴミを見るような目でイケメンを無表情で見つめた。



 パチッ……



 ピクピクと頬を引き攣らせるイケメンと目が合う。


「……なに? なんか用?」


 俺は平然と言ってのけた。


 コイツにどう思われようが、俺は一切興味がない。“幼女を凌辱した鬼畜”だと思われたところで、一ミリもダメージがないどころか、そうすることがベストだ。


 何をしに来たか。


 なんて知らん!! イケメンなんて滅んでしまえばいい。いや、正確には男なんて俺以外、滅んでしまえばいい。


 そうすりゃ、俺だって嫁の1人や2人……、



 そこで思考を手放す。



 ゾワァア……!!



 イケメンからの“殺気”が火柱のように、玄関先に立ち込めていたからだ。



「“貴様”……。“コレ”はどういう事だ?」



 イケメンの綺麗な瞳は一瞬にして血走り、その鋭い視線は俺に向けられている。


「ハハッ。なになに? やんの?」


「貴様の趣味は知らんが、背中に羽を取り付け、感情を表現できなくなるまで無理矢理、犯したのか?」


「……はぁっ?」


「可哀想に……!! あんなに小さな子供が、絶望感を漂わせるなんて……」



 イケメンはギリッと歯軋りをして顔を歪める。


 どうやらラファエルがイケメンに向ける視線がゴミを見る目なのを、変に勘ぐったようだが……、


「ククッ……なになに? “自分に対してこんな視線を向ける女なんていない”なんて、イケメンをこじらせてんのか?」


「……なに?」


「“自分が邪険にされるわけがない”なんて、勘違いしてんだろ? ハハハッ!!」


「……そ、そんなわけ、」


「あの“天使”の考えてる事を正しく訳してやろうか?」


「……」


「“さっさと帰れ、この勘違い野郎! これからロエル様に調教して貰うのに、急に来て何考えてんの? 死ねばいいのに”」


「貴様!」


「ハハハハッ! 多分、こんな感じだ。わかったら消えろ! 勘違い野郎……」


 イケメンはプルプルと震えながら息を吐いて項垂れた。俺は「ふっ」と鼻で笑い、「ばいば~い」と扉を閉めようとしたが、



 ガッ……



 イケメン君は扉が閉まるのを拒否する。



「キャー!! こわぁいっ! 誰か助けてー!! この人、無理矢理、部屋に入ってこようとするぅ!!」


 俺はおどけたようにイケメンを煽ると、イケメンは更にギリギリッと歯軋りをした。


「……か、“可愛い妹”が世話になると思い、挨拶をと思っていたが、貴様のような変態に任せられるかッ……!」


「はぁっ? 何言ってんのぉ~? お前の妹なんて、」


「クソッ!! 人を見る目だけは確かだと思っていたが、どうやら“俺”の買いかぶりだったか! “辺境の統治”など、できるはずがないようだな……。やはり、“クゥ”は俺の側に居るべきだ!!」


「……? おぉーい。さっきから何言ってんだ、お前。用がないならさっさと帰れ。まだ寝るんだ、」



 ガッ!!



 イケメンは俺の胸ぐらを掴み言葉を遮る。


 ……はい! 完璧。

 闇金ギルドのみなさーん!

 コイツは俺の友達じゃないですよー!


 あっ、借金無くなったんだっけ?

 いや、クレアは……。借金も復活してるか……なんか凹んできた。


「はぁ~……。もういいぞ? まじで、帰ってくれ」


「……貴様のようなイかれた変態……牢屋に入れてやる!!」


「ふっ、煽りすぎた? 冤罪だ、冤罪。ロクに調べもせずに無茶苦茶だな、お前」


「貴様の罪など、いくらでもあるだろ! 『隻眼の悪魔』!」


「……なーるほど。ちゃんと俺を知ってんだ?」


「クゥには悪いが、捕らえさせて貰う」


「……? “くぅ”……?」


「大人しくお縄につけ!!」


 襲いかかって来たイケメンは即座に《身体強化》を行ったようだが、俺の《イソジン》は常時発動している。


 俺はスッと跳躍してそれを躱し、イケメンの背中を蹴って外に出た。


 闇金ギルドの連中を撃退するのに自宅前は俺が“改造”して広場になっている。



 サァー……



 裏路地の中、不自然に広場となった場所で俺はイケメンと対峙する。



「き、貴様……」


「俺を捕まえる? やれるもんなら、どうぞ、どうぞ……」


「……あまり舐めるなよ」


「ふっ、死んでも文句言うなよ?」


「面白い……! 本気で行かせて貰う」



 チャキッ……



 イケメンは剣を抜いた。


 先程までの“雑さ”は消え失せ、その立ち姿は“なかなか”。イケメンだからなのか、かなり様になっている。


 まぁ向かってくるなら仕方がない。


 完璧に俺の八つ当たりが原因だが、勝手に勘違いして暴走したコイツにも問題はあるから多少痛めつけてもいいだろう……。



 でもまぁ……、1番の理由は、


 “付き纏われたらめんどう”


 コレに限る。


 イケメンなんて滅べばいいが、俺に関わるのはやめた方がいい。きっとロクな事にならん。


 “善人”を遠ざける術なんて無数にある。


 『自分には手に負えない』と絶望させてやるのが1番だからな……。



「……行くぞ! ロエル・ジュード!!」


「ふっ、さっさと来いよ、“イケメン君”」



 ガッ!!



 イケメンは地面を蹴り出した。

 想像以上のスピードに俺は少し目を見開いたが、それすらも鼻で笑った。



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