Day22 賑わい

 ぴーよろ……ぴぃぴぃ……どんつくどんつく……ぴーひゃら……ぴぃぴぃ……つくつくどんつく。

 

 お囃子の音が聞こえる。

 ここは死者の国?

 いや、違う……。

 ここは旅人の夢の中だ。

 夢の中で旅人は十歳くらいの少年の姿だった。


  ぴぃぴぃぴーよろ……どんどんつくどん……つくつくどんつく……ぴーひゃら……ぴぃぴぃ……。


 祭り囃子に誘われるように、夢の景色は次第に輪郭を伴ってはっきりと立ち現れてくる。

 イカ焼き、たこ焼き、りんご飴、射的、わたあめ、焼きとうもろこし……。

 夏の夜風に揺れる暖簾。

 その間を行き交う人々のざわめき。

 夏祭りの風景。

「何してるんだ? 早く来いよ。花火が始まっちゃうぞ」

 浴衣姿の少女が振り向く。狐のお面を被っている。

 お面の二つの穴から覗く灰色の瞳が旅人をまっすぐ見ていた。

 パァーン!と弾けるような音が頭上から降り注ぐ。

「あっ始まった! さあ行こう」

 少女は旅人の手を取って走り出した。

 黒い闇に吸い込まれるように続く道を、二人は風のように進む。

 夏祭りの賑わいは徐々に後ろに遠のいていく。

 どうやら二人は鬱蒼とした林の中の坂道を駈けているようだった。

「こっちが特等席なんだ」

 舗装された道から外れて傍へ逸れる。膝下まで茂った草を蹴って二人は進んだ。光の届かぬ闇の世界が二人の子供を押し包んでいる。

 どこまで行くのかと旅人が不安になってきたちょうどその時、突然視界が開けた。

 パァーン……!

 頭上には大輪の光の花が咲いていた。ここは神社の裏手に聳える崖の上らしい。

「綺麗だろ?」

 少女は振り向いた。

 顔からはいつの間にかお面は外されていた。しかし、その風貌は花火が発する光の影になっていてよく分からない。

「……ま、君にとってはなんて事ないかもしれないな」

 少女は顔を少し傾けたようだった。声の調子ははにかんでいるようにも自嘲しているようにも聞こえる。

「なにせ君は世界中を旅する旅人なんだから。もっと綺麗なものもたくさん見ているんだろう」

――そんなことないよ。今夜の花火は私が今まで目にした物の中で一番綺麗だ。

 旅人はそう答えたかったがなぜか声は出なかった。

「あっ、連発だ!」

 頭上に幾つも折り重なって咲き乱れる花の幻影に、少女ははしゃいで声を上げる。

 そして、上を見上げながらもう一歩を踏み出した。

 目の前に張り出した木の枝を掴もうとしたのだろう。しかし、伸ばした手は空を切った。

 少女の体が落下する。


 パァーーーン……!


 軽快な破裂音が響き渡る。

 旅人の体は凍りついたように動くことが出来なかった。

 少女が崖から転落する瞬間、浴衣の裾が翻り、はためきながら花火に照らされていたのが、冷たい残像となって視界の中に残っていた。

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