第24話 眠り姫

 惣菜をチンし終えると、和紗がご飯を指しだしてきた。ご飯と言っても、レンジで温めるタイプのご飯というのは説明していたけれど、それを暖めるのは最後にすべきと思っていたから、放っておいたんだっけ。


「そろそろカレーが出来上がるから、温めてくれる?」

「あれ? もうそんな時間か?」


 カレーって出来上がるのに随分時間が掛かったような気がするけれど……。


「圧力鍋を使ったから」

「何で合宿所に圧力鍋があるんだ……?」


 流石は有栖川学園と言えば良いのだろうか。


「さあ? もしかしたら、誰かが置いていったのかもしれないね。わたしは知らないけれど、使える物は何でも使っちゃえば良いのよ。だって、それが合宿所のルールだし。流石に一週間ほったらかした食材を使っている訳でもないし」


 それだと冷蔵庫の電源入っていないから百パーセント腐っているよな?

 流石に変な匂いとかするだろうし、絶対に使うことはないのだろうけれど……。


「とにかく! 何とかカレーは出来上がるから、さっさとご飯を温めておいてね! わたしはこれから盛り付けをしないとだし。後は準備もしないとね」


 さてアリスは何をしているのやら……とぼくはリビングの方を見ていたが、アリス、寝てやがる。横になってすうすうと寝息を立てている……。あのやろう、こっちが色々と忙しくしているのに、良く寝られるな。それもまた、お嬢様だからなのだろうけれど。


「アリス。ご飯が出来たようだけれど」


 ぼくは、声を掛ける。

 一応、ここで起こしておかないと寝覚めが悪い……。それに合宿所を使っているのは、遊びで使っているのではない。アリスにやって来た陸上部の生徒——彼女の見た鬼火の正体を詳らかにしなければならない使命があるからだ。

 鬼火の正体を明らかにするのに、何時まで時間を掛けているのやら。

 流石にそろそろ読者諸君も飽きてきたのではあるまいか。


「……むう。起きた」


 目を瞑っているし横になっているし、何ならゴロゴロしているのだけれど……何処が『起きた』と言えるのだろうか? 馬鹿にするのも大概にしてほしいものだ。

 それとも、お嬢様とはこういう傲慢な生き物なのだから、仕方ない——そう割り切るべきだろうか? それはそれで、腹立たしいのだけれど。

 しかし、まあ、こうも何度も腹を立てていては、有栖川学園では暮らせていけない。

 そういう意味では、良いトレーニングになっているのかもしれないけれど。


「起きた、とか言葉だけで言わないでくれ。起きようとしている、その意思だけは認めてやるから……」


 何を言っているんだろうな、自分は。

 さっぱり分からないけれど、この言動と行動だけでは、人を起こそうとしているのだ——ということを結びつける人は居ないかもしれない。いや、居ないは言い過ぎか? もしかしたら、百人中十人ぐらいは居るかもしれないな、十分に少数派だけれど。

 しかし、起きない。

 マジで、起きない……。

 実は既に起きていて、どうやって起こそうとしているのか試しているのではないか——なんて変な妄想をしてしまうぐらいに、全く起きない。

 起きる気配がないのだ……。どうすれば良いのだろうか? 泣き寝入りでもすれば良いか? いや、それだと、それはそれで困るな。何せぼく達は鬼火の謎を明らかにしたいのだから。アリスは超能力者が居るのだと言って、それを譲らないけれど。

 そもそも、超能力者などほんとうに居ると思っているのだろうか?

 何故そこまでに固執するのかも分からない。マジックショーのマジックでも見て、それが本物だと錯覚したか? あれこそ種も仕掛けもしっかり存在するというのに……。


「おっ、アリス未だ起きていないじゃん。駄目だよー、ちゃんと起こさないと」

「これ、ぼくが悪いのか……」


 謎だ。

 そいでいて、理不尽だ。

 誰も悪くないだろ——強いて言うなら、起こしに来たのに全く起きやしないアリスが悪いだろうよ。


「さあ、早くご飯を食べよう。……よもや、何をしに来ているのかを、忘れた訳ではないよね?」

「忘れる訳がないだろ。……もしかしたら、アリスは忘れているかもしれないけれど」

「忘れていないよ」


 うわっ、びっくりした。

 起きたのなら起きたと意思表示してくれよ。


「そうしようと思ったのだけれど、話に夢中になっているようだったから。話の腰は折りたくないでしょう?」


 まあ、言いたいことは分かるけれど。

 でも、驚かすのだけは辞めてくれ。


「じゃあ、そのためにもご飯を食べて体力をつけないとね!」


 そうだな——しかし、ここには一人足りないような気がするが、流石に皆は覚えているよな?

 いや——皆ぽかんとした表情を浮かべているけれど、流石にぼくだけは忘れていないからな。

 ぼくはそう言って、未だに走り込みをしているであろう依頼人の真凜を探しに外に出るのだった。

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