第17話 合宿所

 ぼく達は、一度森に向かうこととした。

 しかし禁足地と言われている以上——真っ正面から向き合うのは大いに間違っている。

 なので、少しばかり変化球を使うことにした。


「……ったく、だからってわたしを使うのはお門違いだろうよ……」


 そうぶつくさ言いながら、合宿所の鍵を渡したのは森さんだった。

 合宿所——部活動が宿泊をするために使うことの出来る施設で、基本的に部活動に入っていれば誰でも使用申請が出来る。

 森さんに聞いてみたところ、今日は誰も申請していなかったらしく、あっさりと許可を取ることが出来た——という訳だ。


「しかし、この学校に合宿所があるなんて……」

「不思議かね? まあ、そう思うのも致し方ないだろうね。わたしだって、何でこんなお嬢様学校に合宿所を作ったのか、当時の担当者に聞いてみたいぐらいだよ」


 森さんでさえ知らない情報があるのか。


「何でもは知らないからね。知っていることだけさ」


 別に言っていないけれど。

 完全無欠な委員長の台詞を口走れとは一言も言っていませんけれど?


「合宿所は自由に使ってもらって構わない。食器もあるだろうけれど、最後の人間が綺麗に洗っているはずだ。心配なら洗剤を使って洗うが良い。ストックがあるかは分からないが、学園の直ぐ傍にコンビニもあるから、問題ないだろう」

「……合宿って、そっか。料理も作らないとだよな……」

「因みに一人しか入れないけれど、浴槽もあるよ」


 何だって?

 何処まで至れり尽くせりなんだよ、その合宿所とやらは。


「何人まで入れるんだ、その合宿所……」

「さあ? 制限は聞いたことないけれど、実績では十五人入ったことあるらしいけれどね。流石に電気代が凄いことになったとか」

「今回は五人だし問題ないね」

「えっ? わたし達も泊まる前提?」


 言ったのは真凜だ。

 まあ、そうなるな。


「見ず知らずの人間といきなり共同生活、って……」

「言う程共同生活もしないがね? カプセルホテルに泊まったと思って考えれば良いのでは?」


 答えたのは和紗だ。

 何、カプセルホテルに宿泊した経験でもあるの?


「たとえ話だよ、たとえ話……。別に泊まったことはないけれど、ほら、そういうものだろう? カプセルホテルって。寝る場所だけは固有で用意されていて、あとは共同スペースだ。まあ、今回は百パーセント共同スペースなのだけれど」

「違うって分かっているじゃないか」

「違うとは言っていないだろう」


 まあ、言ってはいないか。

 それはその通りだ。


「そこで勝手に納得しているのは良いのだけれど、使うの? 使わないの?」

「ここで使わないという選択肢が出る訳がない!」


 言い切ったのはアリスだ。

 何かテンション上がっているけれど、何故?


「テンションは上がるのは分かるけれど……」

「いや、分かるのかよ」

「非現実を体験しようと思うと、テンションは上がるものじゃないかしら? ……あんまり、同意したくないけれど」


 え? これ、ぼくがアウェーなの?


「そうだよ」


 だから心を読むなとあれ程言っただろう。

 忘れたのか?


「何度言われても、読めちゃうものは読めちゃうからね。読めないように努力してみたら?」


 どうやって?

 ATフィールドでも張れっていうのか?


「いや、そこまでしろとは……」

「ATフィールドが通じるようで良かったよ……。もう映画も終わって久しいからな、ネタが古いと言われるかもしれなかったし」

「欠けた心を補完しないとね」


 それは不味いな。

 流石に一つの生命体にはなりたくない。

 やっぱり、皆違って皆良いだろ?


「……合宿所の当番を決めないと」


 アリス、ほんとうに楽しみにしていたんだな……。

 でも、重い物を運ぶのは勘弁してくれ。

 意外と、体力ないんだよ。


「おーい」

「?」

「盛り上がっているところ悪いけれど、鍵を受け取ってくれる? そうしないと、わたしも帰れないんだよね」

「帰るんですか?」


 愚問を聞いてしまった——と言ってから気付いたのだけれど、


「愚問だな。わたしは一応公務員だぞ。何時間働いても残業代はつかないんだよ。分かるか? 社会人の中でも労働基準法が適用されない存在、その中の一つが公務員だ。オマケに定額働かせ放題なんてふざけたネーミングまで登場する事態だ。だから、わたしは残業をしないと決めている。すればする程、損をする一方だしね」


 いや、分かるけれど。

 昨今の子供がなりたい職業ランキングでは、下位に甘んじているのは分かるけれどさ。


「さーて、そういう訳でわたしはこれで帰るよ」


 鍵をさっさと手渡して、ノートパソコンを閉じる。


「パソコンは持ち帰るのか?」

「んな訳なかろう。鍵を掛けるんだよ。ロッカーに仕舞っておけと言われていてね。面倒臭いだろう?」


 きょろきょろと辺りを見渡す。

 きっと他に誰も居ないことを確認していたのだろうけれど、ぼく達が鍵を受け取りに来た時点で誰も居ないのは確認している。

 定時で帰りたい人間だらけなんだな、とは思っていたけれど。


「……でも、この学校は私立だし、別に関係ないのでは?」

「一応ね。理由があった残業は認めてくれれば払ってくれるよ。労働基準法の適用範囲外ということは、適用しなくても良いし、適用しても良いのだから。そこは好意的に解釈してくれているかな」


 それじゃ! と言ってさっさと出て行った。


「……いや、ここは閉めないのか?」

「確か、最終退出者が出れば勝手に閉まるはず。人を検知しているとかどうとか」


 アリス、詳しいな。

 流石は四天王、ってことか?


「違う。森女史がさっき言っていたよ」

「いつ?」

「あなたがああだこうだ話している時」


 いや、いつだよ……。あんまり言いたくないけれど、結構な頻度でああだこうだ言っている気がするぞ。そのうちのどれかというのなら、特定は出来ないな。まあ、する必要もないのだけれど。

 ともあれ。

 今日のぼく達は、合宿所に泊まることとなったのであった。

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