第6話 システム
侍らせる、とかちょっと古風な……そうでもないか? 言い方をしていた森さんだが、それでもここに長く居座っているからにはきちんとしたアドバイスをくれるのは有難いところだ。しかし……内申点? そんなものに響いてしまうのか、この探偵ごっこは。
「内申点に響くのなら、辞めておきたいけれども……。そうも言っていられないんだろうな、これは」
「分かっているじゃないか。そうだよ、その通りさ。これはもう乗りかかった船――とまではいかないけれど、そんな感じだ。それとも、怖くなったかい? それならそれで、別に引き留めはしないよ……。何故なら未だ、新入部員なのだから」
だから未だ入部してねえって。
勝手に人を部活動の頭数に入れないで欲しいものだ。
ここで断っておかないと、延々付き合わされる羽目になるからな。最初が肝心だと思うよ、こういうのは。
「いやいや……、もうここで一緒に居る時点で断り切れていないと思うけれどねえ? もしかして、きみ、ここに入って短いだろう?」
言った森さんの言葉に、ぼくは頷くことしか出来ない。
何故なら、それは紛れもない事実だからだ。そこで嘘を並べたところで、何の意味もないからね。
「だったら忠告しておくよ……。この学校をどう思っているのか知らないけれど、普通の学校とは全く違うんだ。その意味が分かるかい? この学校は、普通の学校じゃない——きっと、それはきみもいつか分かる日が来ると思うけれど」
「まあ、今でもその片鱗は味わっていますけれどね……。で、ここに来た理由は何だったか、忘れたとは言わせないよ」
そう。
誰もが忘れているであろう、ここに来た理由——それは、瞬間移動をしたという生徒を探すことだ。
しかし写真がないというのに、どうやって探し出すというのか?
学園の生徒は数え切れない程居て、それだけの情報で特定することは敵わないのに、だ。
「……ははあ、見えてきたよ。どうしてここにやって来たのか、その理由がね。やれやれ、わたしを何だと思っているのか……」
「——でも、これを確認するためには、あなたの『システム』しかないんですよ」
「システム、ねえ。そりゃあ間違いではないさ。誰にだって身につけることの出来ないことだから、システムなんて仰々しく言われても致し方ない。けれども、それを無闇矢鱈に使う人間が出てくると困る訳だよ。きみ、システムのことをどれだけ理解している?」
「噂はかねがね」
有栖川学園に集まる天才は、何も生徒に限った話ではない。学園を経営している教員やその他の人間にも、天才は居るのだ。
中には天才の一言で片付けるには少々問題があるぐらいの存在も居て——森さんもその一人って訳だ。
「……まあ、システムは努力の賜物みたいなものはある。わたしだってあったんだよ? ——人の顔と名前が一致しなかった時代が」
そう。
システムとは、この有栖川学園に通っている生徒や教員、全ての顔と名前とその他情報を、森さんの脳内に保存しているということだ。
システムというよりは、データベースと言った方が良いのかもしれない。
けれども、有栖川学園の生徒達は、これをシステムと呼んだ。
噂を流していく上で、そういった名称の方が良いと判断したのだろうか——いや、しかし噂ではなく、システムは実在する。
顔写真を見せれば、その人間が誰であり何を学び何を好み何を嫌い何を楽しみ何を苦しみ何を得て何を喪ったのかを——その全てを瞬時に引き出せる。
学園にもデータベースは存在する。
けれども、それよりも先に森さんに聞いた方が早い——そう判断する人間は、生徒だけではなく教員サイドにも居るというぐらいだ。
「今回は……顔写真ではなく、イメージを伝えることなのですけれど、それで行けますか?」
「人を検索エンジンか何かだと思っているのかな?」
森さんは間髪入れずに言い放つと、深く溜息を吐いた。
「……全くどいつもこいつも。顔写真がなくてもシステムの検索は自在に可能だ。けれども、問題はある。知りたい人物に辿り着ける保証がないことだ……。顔写真であるならば、その姿形は確定的だ。その写真を加工アプリとか使って画像編集していない限りはね。けれども、情報を口頭で伝えるだけ——となると、難易度は遙かに跳ね上がる。何故なら、記憶というのは嘘つきだからだ。記憶は、時間とともに忘れ去っていく——だけなら良いのだけれど、自分でも気付かないうちに情報を補完してしまうんだよ。例えば髪型を忘れてしまったとしても、直前に出会った人物のイメージが強すぎて、その人間の髪型をとっさに答えてしまう、とか」
成る程、言い得て妙だ。
言っていることは別に間違いでも何でもなく——寧ろ筋が通っている。データベースのそれが百パーセント正しい物であったとしても、検索する人間のそれが必ずしもそうである保証はない。最初から間違っている情報をインプットしていれば、そりゃあ結末も間違った方向に進むのは、何ら不思議な話ではない。
「でも……、だからそれをしたくないって言うのか? 百パーセント正確な情報を伝えられる保証がないから、って理由で」
「まあ、そうなるかな。こちらも変に波風を立てたくないからねえ。こっちが誤った情報を伝えてしまったことで一触即発の事態になってしまうことも、別におかしくはないし不思議ではない。しかし、だからこそ慎重に進めていかなくてはならないのだよ。学生課に勤務している以上、生徒には寄り添っていきたいのは事実だけれどね」
「だったら、寄り添ってもらえませんか?」
「いやあ、それとこれとは話が違う。一人の生徒だけに肩を持つのは筋が通っていないからね。全員の言い分を聞いて安全な方角へ導いてあげる。それもまた、大事だということだよ。……ね、これで納得してもらえないかな? 頼むよ」
頼むよ、と言われても困る。
実際、森さんから情報を引き出さないと、ここからは手がかりなしで積んでしまう……。それだけは避けなければならなかった。
かといって、森さんに無理強いをさせる訳にもいかないし……、うーん、どうすれば良いのやら……。
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