第5話 拙い推理

 さて。

 調査に赴くと言ったは良いものの、これからどうすれば良いのだろうと考えてみたが、結局は元の木阿弥――という言葉が正しいのかは分からないけれど、事件の起きた現場に向かうこととした。

 渡り廊下は、未だ放課後になったばかりということもあり、生徒の移動もちらほら見える。まあ、それぐらいは良くある話だよな。けれども、殆ど――というか全員が部活動でここを通ることを目的としているらしく、例えば吹奏楽部が楽器を運搬したり、雨が降ってもいないのに陸上部が走り込みをしている。

 ……後者は流石に先生に怒られやしないだろうか?


「……ここが、現場?」


 現場という程のものでもないと思うが、まあ、探偵ごっこをするには悪くないとは思う。ほんとうに探偵ごっこをするつもりがあるのなら――という話だけれど。


「現場と言っても、そんなに事件性のある場所でもないのだし……。ただ、瞬間移動が起きたって言っただけですよ?」

「いや、間違いなくそう言ったからだろ……。瞬間移動なんて言葉、フィクションでしか聞いたことないからな。現実問題、それが起こっているんだとすればそれは――」

「間違いなく、超能力者の仕業だね!」


 いや。

 それは違うな。どう考えたって、それは間違っている……。仮にそうであったとして、どうして瞬間移動を見せつける必要がある? 偶然それを目撃出来たとでも言うのか?


「いや、だって……。どう考えても現代科学では解明出来ない事件じゃない。だったら、それはやっぱり超能力者かなって……」


 何が超能力者かなって、だ。そんなの億が一にも有り得ない。万が一の一万倍だ。それぐらい有り得ないってことを言いたいんだよ、分かるか?


「分かる分からないとかそういう問題じゃないし。超能力者じゃないとするなら、いったい何だって言うのさ。そこまで言うのなら、きちんと筋の通った推理が出来るんだよね?」


 挑発。

 一言で言えばそれが相応しいだろう、そんな言葉を言い放ち――アリスは満足げな表情を浮かべている。

 しかし……、そこまで言われてしまっては、やはりぼくもきちんと推理をしなければならないだろう。ずっと超能力者の仕業と言っているアリスを馬鹿にし続けているのだ。アリスからしてみれば、ここまで馬鹿にしているのだからきちんとした理由を持ち合わせているのだろう——などと逆説的に言い張るのは筋が通っている。

 そうは言われても、ぼくは推理の素人だ。頂点がシャーロック・ホームズやポワロなどの名だたる名探偵だとするならば、ぼくはただの凡人で、推理をしたところできっと犯人には辿り着けないし灰色の脳細胞なども持ち合わせていない。当然と言えば当然だけれどね。

 まあ、先ずは状況を整理するところから始めようか。

 発見者であるあずさは、どう見ても瞬間移動としか思えないような移動を目の当たりにした。

 けれども、それは有り得ない。

 人間は光の速さを超えて移動することは不可能だし、それが出来ない以上何かしらのラグが生じても何らおかしくはないからだ。

 つまり、三階から一階に移動するには——あまりにも早過ぎる。


「早過ぎる……移動」

「うん? どうやら勝負はついたようだな。間違いなく、これは超能力者の仕業! いやー、まさか未だこの学校に超能力者が潜んでいるとは思いもしなかった。何処かで出会えるといいのだけれど」

「……そうだな、確かに後半については賛成だ」

「へ?」


 仮説は立てた。

 後はほんとうにそれを実現出来るかどうか‚——先ずはそれを確かめないといけない。


「なあ、あずさ。きみは覚えているか? その瞬間移動したという生徒を。それが誰だったのかを」

「覚えているか覚えていないかで言えば……、まあ、覚えていますけれど。あんな超常現象が目の前で起きたら、それを誰が起こしたのかなんて絶対に忘れないですから」


 決まりだ。

 それじゃあ、会いに行こうじゃないか。その生徒に。


「え、何、どういうこと?」

「直接聞きたくても、聞けなかったんだろう? 自分の理解出来る範囲を上回る行為をした人物に会うと、自分もどうなってしまうのかが分からなくて」

「それは……確かにそうですけれど。でも、それが?」

「だったら、会いに行こうじゃないか。ぼくの仮説が正しければ……きっと簡単なロジックのはずだから」


 もし違った時のことが怖いけれど、そんなことを考えたって何の意味もない。

 先ずは、当人に聞くのが一番だ。そこで、ぼくの推理の答え合わせと洒落込もうじゃないか。



 ◇◇◇



 とは言うものの、やはり顔までは覚えていても名前は分からないらしく——当たり前ではあるけれど、この有栖川学園で考えても何百人と生徒が居るのだから、交流がない限りは名前と顔が一致出来る訳もない——致し方なく、ぼく達は学生課へと足を運ぶことにした。

 学生課はいわゆる何でも屋だ。生徒のことなら何でもござれ、といった感じの風体である。けれども、やはり生徒のプライバシーを鑑みるので、何でも教えてくれる訳ではない。どこぞの生徒会長みたいなものだな。あれはまた違うか。


「で? ……何が知りたいの」


 眠そうな顔をしているこの人物が、学生課の中でも一番長く務めている人物で、この学校の生き字引……とまではいかないけれど、それぐらいの存在である森玲奈だ。


「森さん。ぼく達は瞬間移動をしたという噂の生徒を探しているのですけれど、生徒を教えて頂けませんか?」

「いやいや、何を言っているのか分からないけれど……超能力者? ゲームのし過ぎなんじゃないの。ゲームは楽しいし今はゲームで仕事が出来るからデメリットも薄れつつあるけれどさ、そんな現実とフィクションの区別がつかないぐらい遊んじゃっているなら、それはそれで話が別物になるけれどね。一度、カウンセリングでも受ける?」


 まさかカウンセリングを受けろ——などと言われるとは思いもしなかった。

 けれど、まあ、間違いではないか。

 やはり世間一般的には、超能力者なんて存在が現実に居るなどと言っただけで、怪しまれてもおかしくはないのだから。


「それが、居るのですよ!」

「うわっ。アリス、お前か……。お前はいつになったらそういった物から卒業するんだ? しかも今度は男子生徒と女子生徒を侍らせて……。あまり巻き込むんじゃないぞ? 内申点に関わってくるからな」

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