第一章 瞬間移動の生徒

第2話 文芸部

 私立有栖川学園は、進学校として有名である。それは学生の地頭が良いこともあるのだろうけれど、学校そのものの繋がりも大きいのだと思う。

 そして、この学校に入学した生徒は、全員が何処かの部活動に強制的に入部せねばならない。普通の学校とは違う様々な部活動があるから、悩むのだろう。悩みに悩み抜いて、自分が入りたい部活動を決めていくのだろうけれど、ぼくはそんなのしたくない。

 面倒臭いから、と言ってしまえばそれまでだけれど、別にぼくは部活動で爪痕を残したいがために、ここに入った訳ではないし。

 万年落ちこぼれと呼ばれているぼくを、ぼく自身を変えようと——変えるべく、少しだけ頑張ったのは間違いないけれどね。

 さて……、そんなことを考えたところで、現実は変わらない。

 問題は、ぼくがどの部活動に入らないといけないか、だ。

 さっきの部活動説明会では、様々な部活動が説明されていた。運動部では、陸上部、野球部、卓球部、テニス部、バドミントン部、バスケットボール部、サッカー部……ここまでは普通だけれど、ラグビー部にゴルフ部まであるのは驚いた。流石は、有栖川学園といったところか。有栖川学園はお金持ちの子供も数多く入っているし、お金に糸目を付けない人間が趣味でやるような運動も、学生のうちに嗜んでおくべきというものがあるのだろうか。

 文化部という選択肢もあるか。吹奏楽部にプログラミング部、茶道部に将棋部などもある。確か年々増えていて、今は三十以上の部活動があるとか言っていたかな……。正直、そこまであるとどの部活動に入って良いか分からなくなってしまうだろうし、だから仮入部期間が設けられているのかななどとも感じた。

 閑話休題——問題は、解決していない。

 ぼくが、どの部活動に入るか、だ。

 図書室の前の廊下を歩きながら、一枚の紙を見ていた。

 入部届と書かれているその書類は、文字通り部活動に入るために必要な書類だ。自分の名前と入る部活動名、部活動の代表者——この場合は部長以外に誰が当てはまるのだろうか——の署名欄まで設けられている。まあまあ、本格的な書類だと思う。流石にこれで部長に何かしらの責任を負わせるつもりは、絶対に有り得ないだろうけれど、正直そんな可能性すら感じさせる程立派な書類のフォーマットであった。

 どの部活動も、あまり期待出来ない。

 別に部活動の未来を憂いている訳ではないし、そこまで高尚な考えを持ち合わせてなどいない。

 どの部活動が一番やりやすいか。

 それに尽きるのだから。

 図書室から離れて、また部活動をぐるぐる回るしかないなどと思って歩き始めた——そのときだった。

 図書室の隣にある、扉だ。

 図書室準備室と書かれた看板の下に、紙がぶら下がっている。

 そこに書かれていたのは、文芸部という文字だ。


「文芸部……か」


 文芸部、とは簡単に言っているけれど、実際何をする部活動なのだろうか? 具体的な考えが見えてこないというか、ビジョンがないというか。イメージとしては、小説を書いているとかそんなところだけれど、もしくは図書委員と兼務でもしているとか……。生徒の自主性を大事にしている学校だし、そういったことを押しつけ——もといお願いしているのは、有り得なくはない。

 文芸部の人間にはほんとうに申し訳ないけれど、あんまりイメージが浮かばないんだよな。けれども、大変なイメージはあんまり感じない。小説を書きたいかと言われると、答えはノーと言わざるを得ないのだけれど、裏を返せば小説を書いていくだけで良いのであれば、他の部活動に比べればルーズなところはある。

 だったら、ここにするのもありか?

 まあ、先ずは部活動の雰囲気を見ることにするか——あまりにも部室の中から声が聞こえないのは、もしかしたら集中している人間ばかりなのかもしれない。それはそれで、会話が続く自信がないし、いいや。

 そう思い、ぼくは扉を開ける。

 部室には、窓がない。長机が二つ並べて置かれていて、パイプ椅子が幾つか置いてある。本棚には本がぎっしりと詰められているけれど、流石に一瞥しただけでそれがどんなものかは分からなかった。

 しかし、それよりも先に目に入ったのは——部室の隅で、本を読んでいる少女だった。

 いや、制服は着ている。だから少なくとも有栖川学園の生徒であることは間違いない。

 栗色の長髪に、白磁のようなきめ細やかな肌、目はどこか青みがかる感じだ。

 精密な人形と言われても、少しの時間なら騙せそうなぐらい——整っていた。


「……あの、」


 声を掛けないと話が進まない。そう思ったぼくは声を掛けた。

 少しだけ驚いたような様子を見せて、少女は本に栞を挟んで、畳んだ。


「……どうしましたか?」


 いや、落ち着いている様子を装っていても、さっき驚いていたのは隠しきれないんだけれどな……。そんなことを言っても、何も変わらないのだろうけれどね。

 とにかく、ぼくは話をすることとした。


「文芸部はここですよね。ぼくは、文芸部を見に来たのですが」

「文芸部……。ああ、文芸部ね。確かにここにあるけれど。いつ潰れてもおかしくない、文芸部ね。わたし以外の部員は、皆幽霊部員だからさ」


 つまり、少女が部長ということか? 流石に幽霊部員には部長は務まらないだろうし。


「文芸部に体験入部でもしたいのかしら」

「体験入部……。まあ、間違っちゃいないですけれど」


 もしかして部員を増やしたくないのだろうか? 自分の居場所を奪われたくないとか。それはそれでどうなんだよ……。お嬢様学校みたいな側面があるとはいえ、常識がないにも程があるだろ。

 常識というのを、有栖川学園で言うのも何処か違うのかもしれないけれど。


「文芸部は、もう存在が危ぶまれているの。だから、わたしの好きにやらせてもらっている……。何故なら、わたしが入学したタイミングで文芸部は部員が一名だけだったから」

「じゃあ、細々と繋いでいる……と」


 一子相伝みたいなものだよな、きっと。


「違うと思うけれど」


 モノローグにツッコミを入れないでいただけますか?

 少し驚くから辞めてほしい。


「わたしは文芸部で文芸部らしいことをしていなくてね。いつも、わたしがやりたいことをやっているの。その中でも……わたしが探しているのは、何だと思う?」

「何だと思う、って……」


 ここで改めて本棚の中を見ていく。

 UMAやUFO、超能力に関する書籍がずらりと並んでいるかと思いきや、他の本棚には魔法や錬金術について書かれた書籍も並んでいる。


「……うーん、ファンタジー小説でも書きたいとか?」

「いや、だから言ったでしょう。わたしは文芸部の活動を一切していない、って。わたしは……超能力者を探しているのよ。魔法使いでも良いわね」

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