第4話 衛さんは地球人だから魔法の属性について知ってるわけないわね
――天原衛
目覚めたのは午前9時過ぎだった。
一応、畑をやっているので普段は5時起床がデフォなのだが、昨日は寝るのが遅かったので盛大に寝坊してしまった。
「まあ、いいか仕事しよう」
少し時間は遅いが日課にしている野菜の収穫と、畑周りの草抜き黙々とやっていく。
うちの畑で育てているの野菜は、メインはトウモロコシ。
近くに牧場があって牛の飼料として買ってくれるので、安定した現金収入になる。
あとカブとかジャガイモとか素人でも作りやすい野菜を何種類か育てているが、先月に苗を植えたばかりなので収穫できるのは少し先の話になるだろう。
昼飯時になってコクエンがノソノソと起き出してくる。
「おそよう~」
「おっ……遅くなって、ごめん。しかし、昨日の今日で畑仕事なんて衛さん元気ね」
「俺が異世界転移したわけじゃないからな。昼飯がてら昨日の話の続きするか」
今日の昼食は先ほど畑で収穫したトウモロコシ。
俺の好きな食べ方は、電子レンジで5分加熱したトウモロコシに直接かぶりつくやり方だ。
洗練された料理とは言い難いが、とれたての野菜を食うならこの食い方が一番美味い。
「美味しいッ! こんな甘いトウモロコシ、ニビルでは出回っていないわ」
「ホントは日の出前に起きて早朝に収穫するのが一番美味いんだが、今日は寝坊した」
「なら、明日は私も早起きして収穫を手伝うわ」
ニビルという知らない単語がまた出てきたので、それについて質問してみる。
「ニビルは私が住んでた世界のことよ。この世界だと地球と同じ意味になるのかな?」
地球と同じか、地球は広大な宇宙の中にある砂粒より小さな惑星に過ぎないので彼女が本当の異世界から転移して来たならニビルの対義語は宇宙の方が正しい。
しかし……。
「今の話聞いて気づいたけど、お前この宇宙にある別の星から来た可能性もあるんだな。異世界転移じゃなくてもっと単純に惑星間移動をしただけかもしれない」
地球から惑星ニビルが見えないので調べようがないし、異世界転移だろうと、惑星間移動だろうと実態は変わらないのでどちらが真実なのかは考えなくてもいいだろう。
「状況を整理すると、恵子はウルクという町の近くで人食いをして賞金首になったデンコってマモノを追いかけてる途中で北海道の山の中に迷い込んでしまったと」
「そういう事になるわね。ちなみにデンコは、私が戦っていた雷を出すトラのこと。想定よりレベルが10くらい高くてキツかったわ」
「レベルってなんだよ? ゲームじゃあるまいしニビルではステータスオープンとか出来るのか?」
あれから少し異世界転移や異世界転生小説について調べてみたが、異世界小説では主人公が自分のステータスやスキルをゲームのように確認することが簡単に出来るの一般的らしい。
「衛さんがニビルの人間じゃないならオモイイシのこと知らないのも当然か」
コクエンは懐から10センチくらいの細長い紫水晶を取り出した。
端の方に細い鎖を通してペンダント状に加工している。
「№39592。昨日私が戦ったデンコの情報を教えてちょうだい」
コクエンが命じると紫水晶が光を放ち、昨日戦ったデンコの姿を空中に投影した。
「マスターコクエンが昨日戦ったマモノの情報についてお答えします。生体属性マモノ。学名デンコ。属性 獣・雷。推定体長4メートル、推定体重250キロ。推定レベル54」
「レベル54なら、あの強さも納得ね」
「なんじゃそれ!?」
コクエンが取り出したハイテク機器の存在に、俺は目ん玉が飛び出しそうになる。
「これはオモイイシといって、情報を食べるマモノなの。周囲の情報を読み取って記録することと、持ち主の質問に答える以外の行動はとらない無害な奴よ」
「無害というか、便利な道具扱いじゃねえか。マモノっていろんな奴がいるんだな」
「魔力を制御するための魔力器官があって、魔法を使える生き物っていうのがマモノの定義なの。オモイイシにも、この中に魔力を制御するための小さな魔力器官があるわよ」
オモイイシをより近くで見て見ると、細長い紫水晶の中心に赤黒い小さな球体があるのがわかる。
「ちなみに衛さんの情報も解析することも出来る。№39592、目の前に居る男の人のことを教えてちょうだいパーソネルネームは天原衛」
『天原衛の情報についてお答えします。生体属性:炭素生命体。学名:クサリク。属性:獣。推定体長1.7メートル、推定体重70キロ。推定レベル5』
コクエンがオモイイシを俺に向けると、石から俺を解析するように光が発せられ、俺に関する情報が読み上げられる。
「クサリクってなんだ? あと、レベル5ってやっぱり低いのか?」
「クサリクはニビルで使われてる人間種の呼び名のことよ。地球と呼び方が違うから混乱するかもしれないけど、身体の作りは多分同じだと思うわ」
学名って言ってたからな、地球でのホモ・サピエンス=ニビルのクサリクと考えれば判りやすいかもしれない。
「レベルについては衛さんの体格を見て一般成人男性と同等の能力があるって判定されたの。オモイイシはあくまで読み取った情報からどのくらいの能力があるか推定するだけだから。今後、衛さんが剣を使って戦っているところ見せたり、罠を使って動物を捕まえているところを見たら、特殊な技能を持つ人間として評価レベルは上がると思う」
ステータスオープンでスキルが表示されるわけではなく、個人がどんなスキルを持ってるかをオモイイシが読み取って、能力の総合値をレベルという形で数値化するわけか。
どうやら、コクエンのいたニビルでは、筋力や素早さを細かく数値化する技術はないらしい。
「それだと、初見の相手と戦うときは役に立たないな」
「うん、役に立たない。でも、それは当たり前のことよ。新種のマモノ相手に戦うときは、相手がどんな能力を持ってるか探りながら戦わないと命がいくつあっても足りないし、デンコみたいに学名が登録されて、能力がある程度わかってるマモノでも隠し技を持ってることがあるからマモノとの戦いは何が起こるか判らないのよ」
「なんか『ダイバクハツ』とか言ってたな」
「獣魔法≪ダイバクハツ≫。残っている魔力の全てを使って爆発を起こし、敵をみちづれにして倒す自爆魔法」
半径10メートル以上の範囲を爆風で吹き飛ばす。
現代兵器と見比べても遜色のない破壊力をもつとんでもない魔法だった。
「情けない話だけど、デンコがダイバクハツを使えるなんて想定外もいいところよ。デンコは獣・雷属性のマモノだけど、電撃主体で戦う奴が多いの。ダイバクハツを使うなんて初めてのパターンだわ」
「さっきから獣とか雷とか言ってるけど、マモノって使える魔法の属性が決まってるものなのか? 俺もさっきオモイイシに獣属性とか言われたし」
俺の質問を聞いてコクエンはしまったと言わんばかりに、右手で顔を覆う。
「衛さんは地球人だから魔法の属性について知ってるわけないわね」
恵子は、ニビルのマモノが持つ魔法の属性について簡単に説明してくれる。
ニビルのマモノは肉体の性質に依存する生体属性と、操れる自然現象に依存する自然属性を持っていて、この組み合わせでマモノの姿や能力が決まることが多いらしい。
生体属性
①獣(哺乳類)
②虫(節足動物)
③竜(恐竜・鳥類)
④水(水棲生物全般)
⑤草(植物)
⑥石(ケイ素生命体)
⑦ゴースト(幽霊)
自然属性
①火
②氷
③風
④土
⑤毒
⑥金
⑦雷
「属性としてメジャーなのは、生体属性7種類、魔法属性7種類の14種類かな。衛さんや、デンコは身体の作りが哺乳類だから生体属性は同じ獣に分類されるってわけ」
「なら、デンコが獣属性魔法のダイバクハツを使うことは理論的には可能なんだな」
「理論的にはね。でも、超レアケースなのは間違いないわ」
「隠し技として特訓してただけなんじゃないか?」
「レベルの高いマモノだから、その可能性はゼロじゃないけど。ただ、デンコの知能って基本的にトラと同じくらいなのよ、だから人間みたいに目的を持って特別な魔法を覚えるなんて考えにくいんだけど」
「なにか特別な経験があったのかもしれないな。野生動物はお前が思ってるより賢いぞ、奴らは自分が体験した失敗をずっと覚えてるし、同じ失敗をしないように工夫をする知恵もある」
農家が動物から作物を守るための定番は接触したら電流が流れる仕組みの電気柵なのだが、あいつら電気柵がどんな形をしてるか覚えていて柵が無いところからピンポイントで侵入してきたりする。
「ところで、お前さんをどうするかだが、しばらく家で暮らすってことでいいか? 飯くらいは食わせてやるぞ」
「私に断る選択肢はないわね。いきなり地球なんて世界にやってきて、なにをどうすればいいかさっぱりわからないし」
「決まりだな。それじゃ、これお前の軍手」
俺は掌に黄色のすべり止めが付いた真新しい軍手をコクエンに手渡した。
「えっと、これは……」
「今から畑の草抜き手伝え」
「ええええ!? 私、農作業なんてやったこと無いわよ」
「地球では、こういう格言がある。『働かざるもの食うべからず』」
コクエンは自分が食べたトウモロコシの芯をみてガックリと項垂れるのであった。
農作業と言っても難しいことをするわけじゃない。
やるのはトウモロコシ畑の周辺に生えてる余計な雑草を抜き取るだけだ。
草の周りを鎌で軽く掘って根こそぎ刈り取ってしまうのがコツだ。
地味な作業だが土の栄養を作物に十分に吸わせるための大事な仕事である。
「衛さん、衛さん、大変よッ!!」
コクエンは素っ頓狂な声をあげて駆け込んできたのは作業を始めて一時間くらいしたころだった。
「どうした? 鎌で指でも切ったか」
「こんなナマクラで怪我なんかしないわよッ!! それより畑が荒らされてるから、すぐ見に来て」
コクエンは俺の服の裾をつかんでグイグイ引っ張っていく。
彼女が案内してくれた場所は畑の外周、ちょうど山の斜面に接した場所だった。
「せっかく収穫できるまで育てたのに」
10本くらいのトウモロコシが見るも無残に食い荒らされている。
犯人はトウモロコシの茎を容赦なく踏み倒し、地面に落ちた実をバリバリと齧り取ったらしい。
「これも、これも齧られてるッ! 汚い食べ方してもったいないとか思わないのかしら」
「食料がたくさんあるから食べ放題だとしか思ってないよ。これは……シカだな」
茎を踏み倒したあとにところに残した足跡、わざわざ身を地面に落としてから食べる食べ方。
農業をやってる人間からすればイヤというほど見てきたシカの食害だ。
俺は食われたトウモロコシを拾い上げて食べ跡を観察してみる。
食われたトウモロコシの実がまだ乾燥しきっていない。
つまり、食われたのはつい最近、おそらく今日の午前中から午後にかけての時間帯だと推測できる。
「今日は寝坊して作業開始が遅かったから、その隙を狙われたのかもな」
周囲を観察してみるとシカの足跡を見つけることが出来た。
時間があまり経っていないので、斜面を登って山に帰った道のりを追うことも出来る。
「コクエン、山に入る。上手くすれば今日も肉が食えるかもしれないぞ」
シカはトウモロコシを食い漁ってご満悦かもしれないが、残念この山には俺の仕掛けた罠がいたるところに仕掛けてあるんだ。
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