第3話 北海道のド田舎で農家をやっていますと

――天原 衛

 

 自己紹介が遅れたが、俺の名は天原衛。

 年齢は三〇歳。

 体系は多分中肉中背で、身長も172センチで日本人の平均レベル。

 イケメンと呼べるほど顔が良いわけでもなく、歌が上手いわけでも、楽器が弾けるわけでもない。

 世間的には、日本中にごまんといる何の取柄もない三十路男に分類される。

 もし、他人に天原衛は何者かと問われたら俺はこう答えるだろう。


『北海道のド田舎で農家をやっていますと』


 ここは北海道。

 正確に北海道足寄郡足寄町がこの地の名前だ。

 場所的には、北海道の中心地である札幌から山を隔てて100キロ以上離れた超ド田舎。

 土地を買うというと不動産屋で札束を積み上げるようなイメージがあるが、足寄町みたいなド田舎の地価は二束三文。

 俺は爺ちゃんから家と周囲の畑を相続したが、ここは世間一般の人が欲しがるような資産価値のない田舎の里山だ。

 近所に住む老人たちは『早く結婚せんとあかんで』と説教をかましてくるが、こんな山奥に嫁さんが来るはずもなく、俺は将来孤独死間違いなしの寂しい1人暮らしを続けている。

 こんな山奥に一つだけいいことがあるとすれば、野生動物の狩りが自由に出来ることだ。

 獲物はシカやアライグマといった畑を荒らしに来る害獣。

 畑を荒らしにきた害獣は、猟友会に依頼して駆除してもらうのが普通なのだが最近は猟師の数が少なくて手が全く足りないので、農家の人間が狩猟免許をとって自分で駆除するのも珍しい話ではない。

 本来の目的は害獣駆除だが、シカなどを捕まえて、捕獲した動物の肉を食うという行為を俺はけっこう楽しんでいる。

 そういう意味で狩猟は、実益を兼ねた俺の唯一の趣味といえるかもしれない。

 ちなみに俺の狩猟スタイルは罠猟。

 野生動物が通りそうなところに罠を仕掛け、罠にかかって動けなくなった獲物を仕留めるやり方だ。

 狩猟というと、散弾銃による鳥撃ちの方がメジャーだが、銃は購入にも維持にも金がかかるし、銃を持っているというだけで以後ずっと警察の監視下に置かれることになる。

 そういう煩雑さを嫌った俺は、罠と手槍で獲物をしとめるスタイルを選択した。

 俺がコクエンとサーベルタイガーの戦いを目撃することになったのは、山中に仕掛けた罠にかかった動物がいないか見回りをしている最中の出来事だった。



 結局俺は、コクエンを家に連れ帰り食事をとらせることにした。


「しかし、よく食うなお前。まあ、助かるけど」

「魔力がすっからかんだから、とにかく食べてエネルギーを補給しないと命にかかわるのよ」


 コクエンが、照り焼きにしたシカのスペアリブに貪るように噛り付いている。

 口の周りを油でベタベタにしながら肉に噛り付くのは女の子の食べ方としてはちょっと下品な気もするが、15年前の恵子はこんな食べ方しなかったのでちょっと新鮮な感じもする。

 狩猟をやってる人間のひそかな悩みとして肉が余るというものがある。

 シカやイノシシのような大物狩りに成功すると50キロから100キロくらいの大量の肉が手に入る。

 1人で食べきれないときは、知り合いの猟師におすそ分けしたりするのだが、それでも全部完食するのはなかなか大変だ。

 俺も冷蔵庫に眠っているシカ肉のスペアリブ5キロをどうやって食べようか悩んでいたが、目の前の女の子が照り焼きにした肉を完食してくれそうなので渡りに船という感じだ。


「お前の言う魔力ってのは、食ったら回復するのか?」

「そうよ。魔法って言うのは身体に蓄えたエネルギーを魔力っていう別のエネルギーに変えて発動させるものだから、外からエネルギーを取り込めば回復するわ」


 コクエンの食べる勢いは衰えず、俺の用意したシカ肉のスペアリブ5キロとごはん3合を見事に完食してしまった。


「ごはん、ありがとうございました」


 食事を終えたコクエンは、三つ指をついて深々と頭を下げる。


「あっ、気にするな、困ったときはお互い様だ。それに、もしかしたらコクエンは本当に俺の妹の天原恵子の可能性があるんだろ?」

「さっきはその可能性があると言ったけど……少なくとも衛さんの顔を見ても、今の私は何も思い出せないわね」


 コクエンはズズズと顔を近づけて俺の顔を凝視するが、数秒見つめ続けたあと諦めたようにクビを振った。


「しかし、いくら私が妹に似てるとはいえ、衛さんは『マジン』を怖がらないのね」

「『マジン』なんだ、それ?」

「えっと、衛さんは私とデンコが戦ってるところを見たんだよね?」

「見た。状況証拠から考えると、コクエンが赤毛の狼に変身したんだと思うけど……変身できる人間がマジンなのか?」


 いまいち会話が噛み合わない。コクエンは、俺が彼女の正体を知っている前提で話をしてくるが彼女の頭の中にある常識は俺にとって全て未知の情報だ。


「私はともかく、デンコはけっこうメジャーなマモノなんだけど。だったら、一から説明した方がいいわね。まず一番大事なことなんだけど、私は人間じゃないわ」


 コクエンは俺の貸した作業着の上着を脱いで一糸まとわぬ姿となった。

 年頃の娘が平気で肌をさらすのはどうかと思ったが、その後に起こったのはちょっとトラウマに残りそうなグロ動画だった。

 コクエンの白い肌から噴き出すように毛が伸びはじめ毛皮を形成していく。

 モリモリと肉が盛り上がり両腕は前足に、両足は後ろ足に変わっていく。

 口が大きく張り裂け巨大な牙が伸びていく。

 俺の目の前で、恵子は俺が山で目撃した巨大なオオカミへと変身してしまった。


「わおおおおおおおおんッ!!」


 オオカミの姿に変身したコクエンは部屋の全体が震えるような大きな雄たけびをあげる。

 それから、ぷしゅーと空気が抜けるように人間の姿に戻っていく。


「私は一度死んだときにマモノと肉体を融合させて、幽霊の身体と火の魔法を使う能力を手に入れたの。私みたいにマモノと自分の身体を融合させてマモノの能力を使えるようになった人間は、一般的にマジンと呼ばれているの」

 

 また裸なのかな? と思っていた俺は三度驚かされることになった。

 人間の姿に戻った恵子は、白地に彼岸花の絵を画付したデザインの和服を身にまとっていた。

 時代劇でよく見る着物と、袴を組み合わせたハイカラさんスタイルという奴だ。


「ちなみに、衛さんは知らなかったと思うけど服を作る魔法っていうのも存在するの。普通の服だとマモノ形態に変身するたびに破れちゃって不経済だから、私は真っ先に覚えたわ」

「すごいな……その服触っても……」

「いいわよ」


 コクエンの作った着物に触れてみるとスベスベとした感触がして、布地にうっすらと光沢を帯びている。


「なんか絹織物みたいだな」

「絹織物は知ってるんだ。確かに私は絹織物イメージして服を作っているわ。麻布のゴワゴワした感触、あまり好きじゃないのよ」

「魔法で服作れるなんて便利だな。大量に作れば億万長者じゃねえか」

「それが出来ればいいんだけどね。この服はあくまでの私の身体の一部だから着ていないと消えちゃうのよ」

 

 実験だと言って、コクエンが着物の裾の先をハサミでちょん切る。

 すると、切り離された布切れはたちまち炎になって消えてしまった。


「なんなら、他の魔法も見せようか?」

「いや、いい、お前が『マジン』って呼ばれるスゴイやつだってことは理解した」


 大量に肉を食ったおかげで魔力を回復したコクエンは他の魔法も披露しようとするが、多分何かを燃やすとか炎を出すとかそういう感じの芸当だと思ったのでやめさせる。


「次の質問なんだが、お前はいったい何の目的でこの山に来たんだ」


 話を聞く限り、彼女の目的が俺に会いに来たということはないだろう。

 そうなると、この山に来た目的がとても気になる。


「なんのためって……衛さんも見たデンコを狩るために山に入ったのよ。デンコは、人を襲う凶暴なマモノだからウルクの街で賞金首になっていたの。私は、マモノハンターだから賞金首になってるマモノ狩って賞金を貰おうと思っただけなんだけど」


 賞金首、マモノハンター、ウルク……俺の知らない単語が次々と飛び出してくる。


「なんか、根本的な誤解というか勘違いがありそうだな。ここは、日本という国の、北海道足寄郡足寄町という地名だ。オントネー滝って滝が有名なんでオントネー集落なんて呼ばれたりもする」

「なにそれ!? 私、そんな名前の街聞いたこと無いんだけど」

 

 今起こっている状況が理解出来なくて、コクエンは目をグルグルさせている。


「異世界転移」


 記憶と知識をふり絞って、俺はそうつぶやいた。

 俺には本を読む習慣はないが、世間で異世界転移とか異世界転生をテーマにした小説が流行っていると聞いたことがある。

 そういう小説では、地球の主に日本人がファンタジーな世界に飛ばされて冒険をすることになるのだが、もしかしたら彼女は、ファンタジーな世界から地球に転移してしまったのかもしれない。

 俺は異世界転移についてかいつまんだ説明をする。


「つまり私は、デンコを追いかけてる最中に奴と一緒に見知らぬ土地に転移してしまったってこと?」

「状況証拠並べるとそう考えるしかないな」

「ちょっと、ちょっと、ちょっとッ!! いきなり見知らぬ土地に飛ばされるなんて私すごく困るんだけど!?」


 コクエンは自分の正体を説明していたときの飄々とした態度から一転、小説に出てくる異世界転生した女子高生みたいに動揺してオロオロし始める。

 そういえば、恵子の奴も想定外のアクシデントが起こるとすぐにパニックになるところがあったな。

 コクエン=天原恵子の可能性が高まったのを感じつつ、彼女を落ち着かせるために俺は告げる。


「とりあえず、今日はもう寝ようぜ。俺は疲れた」

「寝るって、そんなのんびりしてる場合じゃ……」

「場合なんだよ、夜中に目的もなく歩き回るなんてそれこそ体力の無駄使いだろ」


 作りは古いが家族4人が暮らすことを前提に建てられた一戸建だ。

当然部屋は余っている。

 俺は、昔子供部屋として使っていた部屋をコクエンに提供して、寝てもらうことにした。

 彼女が昔の記憶を取り戻すことに一抹の希望を託して。

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