不思議14 スタンプとわがまま

 ゴールデンウィーク初日、特にやることもない俺は起き上がるのがめんどくさくて昼過ぎまで布団に潜っていた。


 隣で寝てるはずの姉さんはゴールデンウィークなんて無い仕事をしているらしく、仕事に出かけた。


 ゴールデンウィークぐらいは俺が家事をするつもりだったけど、姉さんが当番制をやめてくれなかった。


 だから今日は姉さんに「行ってらっしゃい」だけ言ってずっと布団にこもっていた。


 だけどそろそろ動いて掃除ぐらいはしようかと思ったところでスマホの通知音が鳴った。


「姉さんのやる気無くなったのかな」


 姉さんはたまに仕事中にやる気が無くなると、俺に連絡を入れてくる。


 電話出来る時は電話で、出来ない時はメッセージで姉さんが満足いくまで話す。


 だからこれもその連絡なのだと思った。


 だけど。


「……一旦保留」


 思えば俺のスマホには連絡先が姉さんのしか入っていなかった。


 だから姉さんしか連絡は出来ないはずなのに、そこには違う名前が書いてあった。


「どう見ても『北条 思愛莉』って書いてあるよな」


 そういえばゴールデンウィークの始まりの辺りでスマホを買いに行くと言っていたのを思い出した。


「やばい、既読無視は犯罪だ」


 姉さんからだと思い即既読を付けたけど、名前が違くて何も返さずに放置してしまった。


 シャーリーからきたのは『かってもらいました』と変換慣れしていない可愛らしい文章。


 微笑ましくてずっと見ていたい。


「いや、返信返せよ」


 自分につっこみを入れてからシャーリーに返信を返す。


「とりあえず『おめでとう』はおかしいか? 『良かったな』も変なのか?」


 姉さんとしかやり取りをしたことがないから返事というものをどうすればいいのか分からない。


「いつもなんて返してたっけ」


 姉さんからの連絡は基本『慰めて』って感じだから慰めればいいけど、シャーリーにはどう返したらいいか分からない。


『おめでとう』や『良かったな』は顔を合わせて言う分にはいいのだけど、字面だけ見たら冷たいんじゃないか。


 そう思い出したら何も送れなくなった。


「とにかく何か送らないとだよな」


 シャーリーが既読システムを知っているかは分からないけど、せっかくシャーリーからメッセージを送ってくれたのに何の反応も無いのは駄目だ。


「こういう時は」


 姉さんへの返事もたまに困る時がある。


 そういう時に送るのは決まっている。


「スタンプって便利だよな」


 こういう時に送るのは手を叩いて褒めているような、おめでとうを伝えているようなふわっとしたスタンプだ。


 これなら相手側がいい意味に捉えてくれてちょうどいい。


 これで一安心だ。


 少し不安に思ったのは、俺がスタンプを送った瞬間に既読が付いたこと。


「まさか画面開いて返信待ってた訳じゃないよな」


 それだと悪いことをした。


「返信きた」


 俺もずっと画面を開いていたから即既読を付けてしまったけど、それ以上に困ったことになった。


「スタンプで返ってきた」


 シャーリーから喜んでいると思われるスタンプが返ってきた。


「これはやめ時が分からないやつだ」


 スタンプで会話をすると、どこで終わりにすればいいのか分からなくなり、一生よく分からない会話が続く。


「よし、話題を変えよう」


 こういう時は始めた方が責任を取って話題提供をするのがいい。


「やっぱの話がいいよな」


 シャーリーと約束したお勉強。


 そのことをちゃんと話しておく必要があるから話題転換に使わせてもらう。


 シャーリーに『勉強っていつにするんだ?』と送ってみた。


「さぁどうくる」


 シャーリーからきた返信は……


「スタンプで返すな」


 シャーリーからは何かを考えているようなスタンプが返ってきた。


 言いたいことは分かるし、最初の頃はスタンプを使いたくなるのも分かる。


「だけど話そうよ……」


 別にシャーリーと言葉を交わせなくて寂しい訳では無い……とも言えないけど、それより普通に話して欲しい。


 分かりはしても合ってる確証はないのだから。


「さて、どう返信するか」


 スタンプで返信されると返信に困る。


 悩んでるような感じだから『決まったら連絡して』とかが無難なんだろうけど、それだと会話が終わる。


 別に終わってもいいのだろうけど、せっかくシャーリーと家でも話せるのならもう少し話していたい。


「俺って独占欲って言うか、依存性強いな」


 好きだからというのもあるのだろうけど、シャーリーとずっと話していたい。


 出来るのなら今すぐ会いたい。


 そんなことを考えていたらシャーリーからメッセージが飛んできた。


『おでんわいいですか』と。


 それに即既読、即『もちろん』と返事を返した。


 少ししたらシャーリーから電話がかかってきた。


「もしもし」


『助手さんの声が聞こえます!』


 そこに喜ぶのかと、シャーリーらしさを感じて嬉しくなる。


「文字打つのまだ慣れない?」


『はい。お返事を待たせたらいけないと思ったので、助手さんのスタンプを真似してました』


 誤字脱字が無いだけでもすごいと思うけど、確かに漢字変換はしてないし、『?』も使ってないのを見ると、まだ慣れてないのが分かる。


「俺は時間がかかってもシャーリーと言葉で話したいけど」


 最近わがままばかり言ってるような気がする。


 シャーリーを困らせたくはないけど、自分の気持ちも伝えたい。


『まだほんとに遅いですよ? 何回も打ち直しているので』


「一番はシャーリーとこうして話したいけど、毎回は出来ないだろうし、それなら俺は時間が掛かってもシャーリーと言葉で話したいんだ」


 またわがままを言ってしまった。


「ごめん。シャーリーに迷惑はかけたくないから忘れて」


『迷惑なんかじゃないです。助手さんがそう言ってくれるの嬉しいです』


 シャーリーの声音がよくなった気がする。


『私も出来るなら助手さんと言葉でお話したいです。だけど時間が掛かって待たせるのは駄目だからってスタンプを送りましたけど、助手さんが待ってくれるのなら私も頑張ります』


「待つ。シャーリーからの言葉ならいくらでも待つ」


『言いましたからね。遅いって言わないでくださいよ』


「頑張って打ってるシャーリーを想像しながら待ってる」


 一文字打つのに四苦八苦しているシャーリーを想像してれば待ち時間なんて一瞬だ。


(てか、可愛いな)


 想像してみたらあまりの可愛さに、ほんとに時間を忘れられそうだ。


『そうです。お勉強の時に色々教えてくれませんか?』


「いいよ。それでいつにするの?」


『助手さんに早く会いたいので、出来れば明日にでも』


「分かった。ゴールデンウィークは三日以外暇だから日にち変えたくなったら言ってね」


 三日は姉さんと去年から行くところが出来たからお勉強をしには行けないけど、他は今日のように布団にこもっている予定だから暇だ。


『では、三日以外の日はお勉強じゃなくても、普通にお出かけしたりしませんか?』


「……行く」


 少し不埒な考えをしてしまったけど、シャーリーからしたらそれはただのお出かけ。


 断じてデートではない。


『やった。では、そのことは明日お話しましょう』


「そうだね」


(やばい)


 このままでは話が終わってしまう。


 話したいことがあるとかではないけど、シャーリーと話していたい。


『助手さん』


「何?」


『まだお話してたいんですけどいいですか?』


「……もちろん」


 ちょっと可愛すぎて間が出来たけど、シャーリーからの申し出に内心大喜びだ。


『助手さんにと言うのか分かりませんけど、聞きたいことがあったんですよね』


「何?」


『お姉さんのお名前ってなんて言うんですか?』


「あぁ……」


 姉さんは確かにシャーリーに名前を名乗っていない。


 というより姉さんは出来る限り人に自分の名前を教えたがらない。


 俺からしたら「なんで?」って理由だけど、姉さんからしたら大事なことらしい。


「姉さん自分の名前が嫌いって訳でもないけど、教えたがらないんだよ」


『そうなんですか。じゃあ聞かないです』


「シャーリーならいいと思うけど、姉さんが帰ってきたら聞いとくね」


 多分シャーリーに言っても怒りはしないだろうけど、一応姉さんに確認を取る。


 嫌われたくないから。


『ちなみになんで教えたくないんですか?』


「可愛いからだって」


 姉さんの名前は心呂こころ


 そこまで気にするのか? って感じだけど、姉さんからしたら可愛すぎる名前らしい。


『お姉さん可愛い方だから可愛いお名前でいいと思うんですけどね』


「俺もそう言ってるんだけど、嫌みたい」


 そこだけはどうしても譲れないみたいだ。


『聞ける日がくるのを楽しみにしてます』


「してて」


『そういえば……』


 そんな風にシャーリーと電話を続けた。


 シャーリーと話していると時間があっという間に過ぎて、時間を忘れてしまう。


 だからシャーリーが晩御飯で呼ばれるまで電話を続けていた。


 後の話は明日話すことにして電話を終わりにした。


「北条さん?」


「姉さん居たの?」


 電話を終わらせてスマホを隣に置いたら目の前に姉さんが居た。


「潤が私に気づかないって、北条さんのこと好きなんかぁ?」


 姉さんがニマニマしながら聞いてくる。


「うん。好き」


「そういう友達としてじゃなくてさぁ」


「好きだよ。女の子としてって言えばいいのかな?」


「……ま?」


 姉さんがとても驚いた顔をしている。


「たまに言う冗談じゃなく?」


「シャーリーのことで嘘はつかないよ。それに姉さんなら分かるでしょ?」


 適当なことしか言わない俺だけど、これは嘘でもなんでもない本心だ。


「潤!」


 姉さんがいきなり俺に抱きついてきた。


「どしたの?」


「嬉しいんだよ。お父さんとお母さんが死んでからお姉ちゃんにしか興味が無かった潤が人を、北条さんを好きになってくれて」


 その言い方だと語弊があるけど、俺は別に父さんのことを好きだった訳ではない。


 嫌いではないぐらいだ。


 ちなみに母さんは好きだった。


「姉さんのことは今でも好きだよ?」


「それとは違う好きなんでしょ? 私、本気で潤は私としか一緒に居られないって思ってたから」


「俺も」


「これはあれだね。今日はお赤飯だ」


「食べれない」


 赤飯はどうも好きになれない。


 なぜもち米と小豆を一緒にしたのか。


「あんこは好きなのにね。じゃあ鯛の煮付け尾頭付きにする?」


「姉さんわざと?」


 尾頭付きは生前を想像してしまうから気分を悪くしてしまう。


「じゃあ鯛しゃぶ食べに行こうか」


「気を使わなくていいって。何かお祝いしたいなら姉さんのいつもの手料理が一番いい」


「潤のそういうところ好き。今日は腕によりをかけて作る」


「仕事帰りの姉さんにはやらせないよ」


 基本的に朝ごはんは姉さん、晩御飯は俺が担当している。


 たまに姉さんが晩御飯も作ることがあるけど。


「やだ。作るの!」


「可愛いかよ」


「北条さんには言えなくなった?」


「うん」


「可愛いなぁ」


 姉さんが上機嫌で俺の頭を撫でてきた。


「待っててね、すぐ作るから」


 姉さんはそう言って俺から離れた。


 そして上機嫌で鼻歌を歌いながら料理を始めた。


 俺はその光景を嬉しく思いながら眺めていた。

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