第6話 木枯らし旋風

 再び言霊を唱えると同時、周囲の根のバリケードが緩むと地中に引っ込んでいった。

 次いで俺は、淡い光を放つ防御魔法陣を消去する。師弟は再び外気に晒された。

 密林は、静まり返っている。

 先程まで聞こえた夜鳥の声もない。

 

「――あ~、やっぱ流石は『告げ人』だねぇ」


 不意に響いた人声に、振り返った先。

 密生する木々の合間より、真紅の人影が姿を現した。


「まさか避けられるなんて、意外だったぜ」


 それも複数。


 地上に二人、更に椿の梢にいる一人を加えて、計三人だ。

 おそらく樹上の奴が弓使いだろう。


「果たして幸か不幸かな、お前らに逃げ場はないぜ」


 『木枯らし』達は一斉に真紅の装束を撥ね上げると、各々の武器を掲げて見せた。

 両手に握られた刀剣とダガー、または鎖鎌、それに真紅の長弓。



「ね、ねぇ......よく分からないけど、話し合いで解決できないの?」

 

 口を挟もうとした華流を、俺は片手で制した。


「華流、下がっていろ。奴らは堕ちた司守だ、話の通じる相手じゃない」

「その通りよォ」


 鎖鎌の男が、首を鳴らしながら答える。


「俺らだって、元は『告げ人』だったんだがなァ? 遠い昔に先祖が袂を分かちし『木枯らし』と『告げ人』はまるで兄弟」

「黙れ、背教者め」


 俺は『斬華』の鯉口を切ると、素早く周囲の状況に目を走らせる。彼我の距離は、およそ10メートル。


「師の仇は、今日ここで取らせてもらう」


 ――そう、あれはまだ幼かった時。

 奴らはちょうど今と同じこの公園で、開花の儀のためにやって来た俺の師を惨殺したのだった。

 無力だった俺はあの時、それをただ見ている事しか出来なかった。

 今でもよく覚えている。

 鮮血のような装束に散る、師の返り血を。

 養分を吸い取られ、次々に枯れゆく椿の木々たち。

 

 でも、今は違う。


 俺には今、守るべき少女がいる。今やこの手には弟子を守り、奴らを斃すだけの力がある。

 そして今宵ついに、奴らに刻まれた心の傷の精算の時が来たのだ。

 

「15年分の恨み、覚悟しろ」

「ケッ、御託は結構だ。さっさと来いよ、『花咲か兄さん告げ人』や」

「!」


 瞬間、四人の戦士は同時に動いた。


□ □ □ □


 雨あられと撃ち込まれる矢を紙一重で躱しつつ、俺は地上の二人に肉薄する。対する緋色装束も跳躍、金属武器の煌めきが林間に光った。

 弧を描く鎖鎌の一撃を愛刀で弾くと、さらに刀身を呼び戻して正面のダガーを受け流す。

 響き渡る剣戟、闇に翻る装束。

 繰り出された突きを寸前で躱しつつ、同時に逆手に握った日本刀で背に迫った矢を払った。頬を掠める風圧に、一層怒りが掻き立てられる。


 三対一など何のその、一人ずつ仕留めるまでだ。


 強く地を蹴りつけると、俺は一気に椿の梢まで跳躍した。真正面から放たれた矢に対し、左手をかざすと桜紋様の魔法陣を展開。真紅の矢は魔法陣に触れるや否や全て浄化され、跡形もなく空中で消滅した。


「ハッ!」


 愛刀を一閃、敵の弓の弦ごとその身体を叩き切る。大きくのけ反った緋色の身体を、黒ブーツの踵落としで梢から蹴り落とした。

 

 ドチャッと音を立てて、腐葉土に躯は落下する。俺は梢の上から敵を見下ろすと、残忍な笑みを湛えた。


「――さぁ、あと二人」


 一気に跳躍する敵と、空中で刃が交差する。


 理性が、崩れつつあった。


□ □ □ □


 華流にとっては、全く予期せぬ出来事であった。

 突如現れた赤い男たちと師の両方に置いてけぼりにされ、彼女は今や一人、遊歩道に立っている。

 それでも。

 今なお遠くの林間からは、剣戟のこだまと刃の煌めきが透かして見えた。


 ――私だって、何かしなくちゃ。


 そう決意すると、華流は一歩前に踏み出した。

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続・仮初の夢 Slick @501212VAT

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