始まりの終わり/オワッタモノのハジマリ

「ただいマンモス」


 見鹿島 ハバキがホテルのドアを開ける。肩には地味なリュックを掛けており、その中にアラハバキの衣装が入っているとは誰も思わないだろう。


「ウェルカムホーム、ハバキクン! 最後の演出は神がかってたぜ! 」


 鵐目がハバキの肩を叩いて褒める。


「アドリブにしては上出来だろ? 文書の方は? 」

「ざっとファクトチェックしたけど、特に矛盾点とかは無かったね。アレは確かに証拠足り得る文書だ、そこは安心していい。送り先も、平日新聞を最初に、他のメディアにも少し時間を置いてから送ってやった! 足跡も残してないから、こっちの素性はバレないよ」

「流石の仕事ぶり! 」

「例のコードもバージョンアップしたから、キミの正体に繋がるものは何一つ無い。このご時世でこの成果、もう完璧な出だしと言っても良いのでは? 」


 二人は間髪入れずに連続して会話を繋げ、そして力強くハイタッチした。


『ウッヒャッヒャッヒャ!! 』


 腹の底から笑い合う二人に、サヤが話しかけに来る。


「あ、ハバキくんおかえり! 」

「ただいま、サヤ。どうだった? 俺の初仕事は」

「うーんと……正直に言っても良い? 」

「もちろん」


 そういうと、サヤは少しはにかみながら話始める。


「なんか……ハバキくんが、同じ人間とは思えなかった。━━あ、悪い意味じゃないの! えっと、なんて言うんだろうな。私と同い年の人が、ものすごーい力を使って、偉い人の汚職を暴いて、あんな大勢の前で堂々と自分の言いたいことを言って……。色んな人を傷つけたり、色んな物を壊したりはしたけど、それ以上に堂々としてる様が羨ましくて……。ごめんね! あんまりまとまらなくて。何が言いたいのかって言うと━━」


 サヤは顔の前に手を合わせ、上目遣いにハバキを見る。


「ハバキくんは、すごいなぁって」


 その仕草が、声が、顔が、控えめに言ってハバキの少年心にピンポイントでぶっ刺さった。


 もうガチキュンである。


「……嬉しいね。サヤが褒めてくれると」


 片手で赤くなった顔を隠しながら、横目でなんとか目を合わせて言った。


「……ンッン! 」


 空気が甘ったるくなったので、咳払いして場を締めるハバキ。


「さて。これでBWTの手を払い除け、目下の障害はひとまず排除されたわけだが」

「アルから変な約束とりつけられたけどね」

「な。意味分かんねーよな、アレ━━とにかく、今日からはアラハバキがこの世界の中心となって回り始める。ネットを通して、世界中が彼の一挙手一投足を期待半分不安半分に注目する。警察も、そのうち対策本部なんかを立てて対抗してくる」


 彼の話を聞きながら、サヤは自分がルビコン川を渡ってしまったことを自覚し始めていた。

 この場合、自分はどういう罪状になるのだろうか?

 テロ等準備罪?


「だが、俺たちは自由だ。『自由には責任が伴う』とよく言うが、逆に言うと『責任を果たせば自由がついてくる』のさ。責任とは『リスク』だ。それを果たすということは、『リスクを排除できる』ということ。今俺たちは、『常識ある大人を残らず敵に回す』というリスクを背負い『鵐目とメアリーの力を使う』ことで、そのリスクを排除した。極大のリスクを排除し、極大の自由を手にしたんだ! なんて素晴らしいんだろう! 」


 彼のスピーチを聞きながら、鵐目は合いの手を入れる。


「極大の自由、か。良い響きだねぇ! だがハバキクンよ、自由と言うにはまだ色々と足りないんじゃないかい? 現実問題さ。例えばお金。ボクの財産に余裕があると言えばあるけど、このままだと収支マイナスでジリ貧だぜ? 」

「増やしゃいいだろ、アラハバキなら株価操縦し放題だぞ」


 至極ナチュラルに金融商品取引法違反を奨励するハバキ。

 だが、彼の肩をガッシリと掴んで鵐目は制止する。


「それはマ・ジ・で止めた方がイイ! 因果関係から余裕でバレるし税務署怒らせるとホントにヤバいんだからね!? 」

「どんくらい? 」

「このボクがアイツらを撒くのに年単位掛かったって所から察して欲しい! 」


 そう言う鵐目は、本当に苦しそうな顔をしていた。


(なんだかんだ逃げ切ったんだ。すごいな鵐目さん……)

(ま、そういうのは次のフェーズからだな。家出少年の戸籍のままじゃ、やれることも少ないし……)


 パン、と手を叩き、ハバキは次の目標について話す。


「というわけで、次の障害は『生活の安定』だ。一応金策のプランはいくつかあるんだが、一週間で成立させるのは厳しい。ま、そこは気合と根性でなんとかするしかないな」

「ガッツリ精神論だ! ハバキくんそういうの嫌いそうなのに」

「無理難題を解決するときは、いつだって頭よりも心が重要なのさ。心が折れればどんな天才でも能無しになるし、心が強ければどんな馬鹿でも結果は出せる。どっちも強けりゃ、怖いもん無しってな」


 ハバキはそう言いながら、後ろ手にサヤの隣へ近づく。


「サヤも、なんだか慣れてきたね? こういう生活に」

「まあ、うん。なんだかんだ、一週間ちょっとやってるから……」


 前髪をいじりながら、サヤは答える。


「それにね……こんなこと言うと、ちょっと不謹慎かもしれないけど……」

「何を今更! 不謹慎が服着て歩いてるのが俺らだぜ? 言ってみてよ」

「うん。最近ちょっと━━楽しくて! 」


 それは、弾けるような笑顔だった。


「ハハハハハ!! そう! 俺はその顔が見たかったんだ! やっぱり楽しいよなこれ!! 」

「うん! 悪いことしてるのにすっごいワクワクするの! こんなの初めて! 」

「いいねいいね、その調子だ! そうだよ、誰かの顔色伺って、自分が潰れちゃ人生なんの意味も無い! 自分を潰すくらいなら他人を踏み台にしなきゃ! 人生楽しまなきゃ損だぜやっぱ! アハハハハハ……」


 ハバキはサヤの手を取り、引っ張り、回り出す。


「わっ!? ちょっとハバキくん、やめてよもー! ウフフフフ……」

「なにそれ楽しそう!! ボクも混ぜろ〜い!!! 」

「うぎゃー! 」「きゃー! 」


 三人はそれぞれ手を繋いだり、離したりしながら回り続ける。


 ━━


「クソつまんねぇな。やっぱ」


 男は死体と死体と死体の上に座って、独りつ。ピアスだらけの頭を上に向けて、誰にともなく。その目は虚ろで、生気が無く、しかし内に秘める獰猛な本能だけはギラギラと、陽炎のように漏れ出ていた。

 龍のタトゥーが流れるその右手には、グリップの凹んだ拳銃が握られている。その凹みは彼の手のカタチと完璧にフィットしていて、つまりは彼の握力でそうなったのだ。


「アイツがオヤジを駄目にしてから、ずっとそうだ。何をやってもつまんねぇ。寝ても醒めても、殴っても殴られても、蹴っても蹴られても……」


 男は視線を下に向ける。その先には、両膝と右肘を撃ち抜かれ浅い息を吐きながら横たわる、背広を着たメガネの男が居た。


「こうやって、タマ無し野郎共を全員ぶち殺してもだ。オレにはオヤジの仇を討つしか救いは無ェんだよ、木南キミナのアニキ」


 木南、と呼ばれた男は、答える代わりに怨恨の籠った視線を投げた。


冬弥トウヤ……テメェ……ッ! 」


 だが、もはや彼にはそれ以上のことが出来なかった。


「あ、そうだ……」


 拳銃を持った男━━冬弥は、木南に近づき背広のポケットからタバコとライターを取り出した。一本だけ残ったタバコを引き出し、ライターを彼の左手に乗せる。


 そして、タバコを咥えた顔を近づけて言った。


「ふ……ふざけんなよ……。何様のつもりだテメェコラ━━」


 バァン、と拳銃が火を噴く。

 その発砲の結果として、『木南の左手人差し指第一関節から先が綺麗に吹き飛んだ』。


「グァァァァァッッッ!!! 」

「嫌なら別に良いよ、オレは。まだ十四━━いや、親指は節が二つしかねーから、十三か━━十三回、順繰りにテメェの指を細かく吹き飛ばせるからな……」


 冬弥は拳銃をぶらぶらさせながらそう宣う。


「こ、この程度でヤクザが根を━━グゥッ!!」十二。

「テメェ、絶対殺すッ! 殺して━━ア゛ァッ!!」十一。

「ハァ、ハァ、クソックソックソ━━アァァ!! 」十。

「分かったッ! 分かった火をつけ━━ウァァァ!! 」九。

「待て、待ってくれ! 頼むから━━あぁぁぁあ!! 」八。

「つける! つけさせて下さいだから━━んんん!! 」七。


 ……そして。


「あああああああああああああああああああああ!!! 」


 


「ん、満足。ホラ、火つけていいぞ。まだ親指残ってるから出来るだろ? 」


 親指しか無い・・・・・・左手を指しながら、にこやかに囁く。


「ヒ……ヒヒ……ヒィ……」

「そう、火」


 木南は痛みに狂いながら、せめて彼の機嫌をとることでこの場を助かりたい一心で、媚びたような下品な笑みを浮かべながら、親指しか無い左手でなんとかライターをつけた。


「……フゥー……」


 ゆっくりと、タバコを味わう冬弥。


「……コイツは、オヤジが好き好んでた銘柄だった……」

「……ヒ……ヒ……」

「コイツを咥えながら、ソロバンを弾くオヤジを見るのが好きだった。組の為に汗水垂らして働くオヤジは、まるで本当の親みたいに思えた。こんなオレにも、愛すべき家族が出来たんだって。本当に誇らしかったんだ」


 バァン。


「━━似合わねェよ。お前には」


 木南は死んだ。

『脳天を撃ち抜かれ』、彼が今日まで築き上げてきた知識の王国は崩れ去ったのだ。


「……さて、と」


 冬弥は死体の山から腰を上げ、ベランダに出る。一度も洗濯物が干されたことの無い新品の物干し竿の向こうに、一枚の大型スクリーンが見える。何の変哲もないスクリーンであり、そこにはいつものようにニュースが流れているだけだ。


『「アラハバキ」と名乗る謎の怪人 汚職を暴く』


 テロップにはそう表示されている。画面にはビルの壁を歩いたり、ボットをグシャグシャにしたり、瓦礫と共に飛び上がる黒コートに白い仮面の人物が、何度も何度もリピートされていた。


 これがお前の仇だと言わんばかりに。

 何度も、何度も。


「見間違えるはずもねェ。アレをやったのはお前なんだろ? アラハバキ……」


 冬弥は右手の銃を不躾に構える。『一度もリロードしていない』彼の拳銃から、一発の弾丸が放たれる。それは二百メートル先の大型スクリーンに命中し、液晶を故障させた。


「待ってろ……すぐに殺してやっからよォ……ッ! 」


 奇しくもその弾痕は、画面に映るアラハバキの仮面上部中央━━額の真ん中に作り出されていた。


 序章:異外者イレギュラー覚醒編 完

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