第17話 アードレー侯爵家の窮地

 カトリーヌの父、アードレー侯爵当主ロバートは窮地に陥っていた。


 勅命により、クラス4以上の機密情報がアードレー家に開示されなくなってしまったのだ。


 今までは王室のみに開示されるクラス5の情報も王妃の外戚として入手可能だったのだが、五大侯爵家に開示されるクラス4から締め出され、さらには上流貴族や大臣クラスに開示されるクラス3の情報ですら、現在、制限が検討されているらしい。


 情報がなければ貴族社会で上手く立ち回れないし、従属している貴族からは見限られてしまう。


「このままではアードレー家は干上がってしまうぞ」


 ロバートは娘のシャルロットに面会に来ていた。


 公式の場ではないため、父親の口調で話している。


「お父様、私にも重要な情報は一切知らされません。メイドも誰も信用できず、孤立無援のまま、奴隷のごとく公務をこなしています」


 シャルロットは疲れた表情をしていた。


「そうか。あまり無理はしないようにな。家の方だが、使用人がほとんど逮捕されてしまって、セバスチャンとメアリ以外は厨房の皿洗いまで入れ替える羽目になった。アードレー家始まって以来の危機だ」


「カトリーヌが、私たちを潰しにかかって来たのでしょうか?」


「あの子は私たちには関心はないはずだ。お前もちょっかいさえ出さなければ無視されていたはずなのに、あんなことをしでかして」


 ロバートは婚儀の場での手刀事件のことに言及した。


 ダンブルの王室から後日、王国に正式な釈明依頼があったのだ。手刀を忍ばせて、カトリーヌを近くまで呼ぼうとしたのだから、ただ事ではない。


 王国は護身のためとの一点張りで押し通したのが、その後、「王妃の日記」が王室に届いた。


 ダンブル国は「王妃の日記」への関与を否定しているが、あんなもの、ダンブル以外のどこが書けるというのか。


「お父様、カトリーヌが家を出るとき、王妃の公務をカトリーヌ以上にこなさなければ、罰を与える、と私に言っていたのですが、これがそれなのでしょうか」


「馬鹿な……。あり得ないだろう。アードレー家が入手した報酬リストというものがある。お前の下着の色を報告したら、加点報酬十万円だ。ダンブルの金のかけ方は異常だ。何が目的なのか、全くわからないが、少なくともカトリーヌはこんなことはしないはずだ」


 学園在学中のカトリーヌは、すっかり感情が抜け落ち、勉学に一心不乱に打ち込んでいた。


 ロバートが一度、不思議に思って、理由を聞いたことがあるが、世界と人のために役に立つ人になりたいと語っていた。あれは心から出た言葉だった。あのカトリーヌが私的な復讐に時間を費やすはずがない。


「私は公務をしっかりやらないと、また何をされるか分からないので、今はしっかりとやっています。ただ、どこまでやれば及第点なのかがわからず、手を抜くことが出来ず、とても辛いです」


 確かにシャルロットはもう限界かもしれない。


「カトリーヌに会おうと思っている」


「お父様がですか?」


「そうだ」


「カトリーヌは会ってくれるでしょうか」


「問題はそこだが、娘の父として、婿殿にご挨拶したいと皇太子殿下にお目通り頂くようお願いするつもりだ」


 シャルロットは美しいヒューイの顔を思い出し、嫉妬と後悔が入り混じった悲しい気持ちになった。どうして、こんなことになってしまったのか。涙が次から次へと溢れてくる。


 ロバートは優しく娘を抱き寄せた。


「私が何とかする。私が帰って来るまで、もう少しの間、頑張ってくれ」

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