第16話 カトリーヌレポート

 通称「カトリーヌレポート」と呼ばれるカトリーヌから王国に提出されたシャルロット王妃に関するレポートには、王妃が学園を卒業してから結婚するまでの日々の行動履歴が記載されていた。


 王国情報部は情報の出先を突き止めるため、王妃近辺の捜査が必要となり、女性だけのチームを組成して対応に当たらせた。


 チームの責任者のマチルダ中佐は、部下数名を引き連れて、アードレー家に聞き込みに来ていた。


「カトリーヌお姉さん、実は妹さんが大好きなんじゃないの?」


 マチルダは何度も目を通した「カトリーヌレポート」をもう一度読み返して、そうつぶやいた。


 アードレー家の姉妹の不仲は、先月の婚儀の事件で、王国中が知ることになったが、ダンブルの国費をふんだんに使って、ここまで妹の行動を監視する理由がよく分からない。


「中佐、アードレー家のメイドからの聞き取り結果です」


 部下から報告書を受け取り、マチルダ中佐は中身にざっと目を通した。


「メイドたちは軽い気持ちで話したのかもしれないけど、これスパイ行為よねえ。下手すりゃ全員逮捕ね」


 調査の結果、シャルロットの生活の様子をメイドたちが、ダンブルの諜報部員と思われる男たちにリークしていたことがわかった。


 そのとき、王宮で捜査していた別の部下が走って来た。アードレー家から王宮までは徒歩で十分ほどの距離だ。


「中佐、大変です! 『王妃の日記』と題する新たなレポートが王室に届けられました。こちらです」


 マチルダ中佐はすぐにレポートを速読した。


「これは……。私たち、完全に舐められてるわ」


 そこには王宮での王妃の生活が記載されていた。なんと毎日どんな下着を着ていたかまで、事細かに記載されていたのである。


 情報部の監視下にも関わらず、王宮の情報がダダ漏れだ。中佐は部下に命じた。


「王宮の王妃様付けのメイドは全員逮捕するわよ」


***


 突然、王宮の王妃の居室にマチルダ中佐のチームが入って来て、メイドを連れて行ってしまった。


「誰の許可でこんなことをするのですっ!?」


「陛下からのご命令でございます」


 シャルロットはしばらくマチルダを睨んでいたが、新王ジョージに直談判することにした。


 シャルロットは衛兵の制止を振り切って、新王ジョージの執務室に飛び込んで訴えた。


「陛下っ! 私のメイドたちが不当に逮捕されています。彼女たちが何をしたのですかっ!?」


 新王ジョージは読んでいたレポートをシャルロットに手渡した。


「スパイ容疑だ。王妃の情報を外部に流している。これを読んでみろ」


 シャルロットは中を読み始めた。自分の日々の生活の詳細がぎっしりと記載されていた。


 月曜日、ベージュのパンツ、薄いピンクのブラ、……


「な、な、何ですか!? これはっ!?」


「『王妃の日記』という昨日送られて来たレポートだ。私的な情報の出所は、メイドたち以外にはないだろう。だから逮捕した」


「そ、そんなこと……」


 シャルロットに付いているメイドは、アードレー家から連れてきたものがほとんどだ。彼女たちは古くからシャルロットを世話してくれており、信頼できる者ばかりだ。こんなことで裏切るとは思えなかった。


「ところで、この報告書の送り主に心当たりはあるか?」


「カトリーヌ……」


「恐らくそうだろう。王妃、公務は真面目にやっているか? この前の『カトリーヌレポート』のときに話したが、仮病は我々も知っていたのだぞ。そのときにも注意したはずだ」


「ちゃんとやっています。募金活動やチャリティイベントも始めました」


「そうか。もう少し読んでみろ」


 ……募金活動は執事のセバスチャン、チャリティイベントはメイド長メアリーに任せられ、王妃様はご一緒されていたお友達のエルザ様と別室でおしゃべりを楽しまれました……


「じ、事実無根ですっ! 陛下は私をお信じにはなってはくださらないのですかっ?」


「王が人を信じると思うか? すでにエルザに確認済だ。王室としては、王妃がきっちりと公務をこなしていると見られていればよい。このような手抜きをリークされるようでは困る」


(そうだ。この人は私を信じてもいないし、愛してもいない。公務をこなして後継ぎを産む「王妃」としか見ていない)


 「王妃」は、シャルロットが描いていた華やかなイメージとはまるで違っていた。


(愛してもいない陛下の横に座らされ、公務、公務で下々にも笑顔を振りまいて、息が詰まりそうよっ)


「だが、カトリーヌがダンブルの国費を膨大に費やして、王妃の公務の実態を調査する理由がよく分からない」


「私を王妃から降ろしたいのでしょうか?」


「そうだとしたら、この報告書を私にではなく、民に公開すればいい」


「ひょっとして、私が王妃としての公務をしっかり行うように仕向けているとか……?」


 新王ジョージは驚いた眼でシャルロットを見た。


「そんな馬鹿なことがあるか? 何のメリットがある?」


「……わかりません」


「理由はさておき、当面の間、王妃としての資質が疑われるような行動は慎め。常に監視されていると考えて行動しろ。よいな」


「かしこまりました」


(いったいどうなっているの? もう誰も信じられない……)


 シャルロットは周囲の目に怯えるようになっていった。

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