第5話 国境での出迎え

 翌朝、国からの護衛と馬車がアードレー家の門の前で待機していた。


 私を送り出す者はおらず、トランク二つで門まで一人で出て来た私を見て、護衛の兵士たちが驚いて駆け寄って来た。


「カトリーヌ様、お荷物をお持ちします。お二つでよいのでしょうか?」


 使用人が荷物を持つのが普通なので、令嬢が自ら荷物を持って出て来たら、それは驚くだろう。


「他に四つあります。重くて持てないので、手伝ってくれますか?」


 六年間在学中に書き溜めたメモは、厳選してもトランク四つになってしまった。


「もちろんでございます。おい、行くぞ」


 護衛の兵士はちょうど四人いた。一人一つずつトランクを持って、馬車に積み上げてくれた。


 彼らは道中ずっと紳士的で、私を大切に送り届けてくれた。陛下からの厳命だとのことだが、命令とはいえ、十年ぶりに人の親切に触れて、私はとても嬉しかった。だが、私に喜ぶ資格はないと、自分を戒めた。


 タンブル国との国境までは彼ら四人を供にして、最速最短で走り抜けた。王国が用意する嫁入り道具は、別便で輸送されて来ることになっている。


 四日後、タンブル国の関所で出迎えの一行が私を待っていた。その規模の大きさに私は目を疑った。数が多過ぎて、数え切れないぐらいの出迎えなのである。


「何かあったのでしょうか?」


 護衛の兵士の一人が警戒して、いつでも剣を抜けるようにしているのが分かった。


「剣は抜かないようにして下さい」


 私の言葉に兵士は驚いたようだが、警戒はそのままで戦闘態勢は解いてくれた。


 出迎えの一団の先頭にいた将校らしい男が、馬から降りて、こちらに近づいて来て、馬車の横にひざまずいた。


「カトリーヌ様にあらせられますか? 私、ヒューイ皇太子殿下よりカトリーヌ様のお迎えを仰せつかりましたリンクと申します。こちらに馬車をご用意いたしました。お乗り換えくださいませ」


 リンクと名乗った将校の示す先を見ると、華美ではないが、落ち着いた上品な四頭立ての馬車が用意されていた。非常に上質で高価な馬車であることが一見して分かる。


 実は王国の馬車も悪くはない。王国にも面子があるからだ。アードレー家の馬車以上だと思うが、ダンブルの馬車には王室のエンブレムが施されており、明らかに格が違った。


 呆然としている王国の護衛の兵士四人にこれまでの礼を言って、馬車を乗り換えようとすると、女官が二名駆け寄って来て、私の手を取ってくれた。そして、馬車の下にはいつの間にか御輿が用意されていた。


「カトリーヌ様、お足元にお気をつけて、御輿にお乗りくださいませ」


「あの、歩いた方が早いのでは?」


「御御足が汚れます」


 破格の扱いに私は信じられない気持ちでいっぱいだったが、素直に勧められた御輿の席に座った。


 御輿に担がれ、馬車の中に案内された。中はシンプルで機能的だった。


 私はダンブル国が野蛮との先入観をすぐに捨てた。非常に合理的な思考を持つ民族だ。


 馬車に先ほどの女官の一人が乗り込んで来て、私の左前に座った。


「カトリーヌ様のお世話をいたしますリリアと申します。お気に召さないところがございましたら、お申し付け下さい。これより、首都ダンブルポートまでお連れいたします。お飲み物、お食事など、必要なものは全てご用意しますので、何なりとお申し付け下さいませ」


「それでは遠慮なく。ダンブル国の地図を頂けますか」


「はい、こちらにございます」


 リリアが胸の合わせから地図を取り出して、私に手渡してくれた。


「あと、私に敬語は不要でございます。時間短縮のため、敬語なしでお願いいたします」


 時間短縮と言われると、私の考えに適合し過ぎていて、うなずくしない。


「分かったわ。ところで、この馬車、乗り心地がすごくいいのね」


 道がいいのだろうか。ガタガタせず、振動が少なく非常に静かだ。


「カトリーヌ様がご考案されたスプリングを実用化しました」


 これには私も仰天した。


「え? どうやって!?」

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