第4話 本当のからくり

 ダンブル国はアルデリア王国の北と国境を接している蛮族だ。


 王国は古くからダンブルの侵略に頭を痛めており、何度か停戦の機会をうかがっていた。そのため、ダンブル王が、皇太子の正妻を王国から迎え入れたいと打診して来たのは、まさに渡に船だった。


 しかし、これはダンブルの国をあげての策略だった。


 ダンブルの皇太子ヒューイは、学園にお忍びで二年ほど留学しており、そのときアードレー家のシャルロット嬢を見初めたのではないか、と王国の情報部は推測していたが、ヒューイが興味を持ったのはカトリーヌの方だった。


 それは全くの偶然だった。


 ヒューイが学園で政治学の授業を受けたとき、斜め前に座っている髪の長い気味の悪い女が、一心不乱にノートに書き込みをしていた。


 何を書いているのかと興味本位で後ろから見ていたら、姿勢を正して背筋を伸ばしたとき、ノートに書かれている内容が見えた。


 税収方法についての問題と改善策が書かれており、彼女自身まだ検討中のようで、彼女の施策案にもいくつかメモ書きがされていた。


 ヒューイは内容を見て驚いた。だが、またすぐに髪の毛で内容が隠されてしまった。


 その後、その授業中に数回ノートの中身を見ることができ、ヒューイは改善策についての概要を知ることができた。


(まずい、これが王国で施行されたら、ダンブル国は王国に敵わなくなる)


 ヒューイはそう思い、すぐに学園に潜ませている諜報部の学生に長い髪の女に関する調査を命じた。


 女の名はカトリーヌ・アードレー、十六歳、侯爵家の長女で、皇太子妃に内定している。妹は学園で大人気のあのシャルロットだ。カトリーヌの学園でのあだ名は「幽霊」とのことだ。


(確かに幽霊女だな。妹は可愛いのに)


 その後、ヒューイは幽霊女の授業には出来るだけ参加することにした。いつも斜め後ろでは怪しまれるため、席は毎回変えたが、斜め後ろの席になったときには、必ずノートを盗み見た。授業中数回だけ見えるノートの内容がヒューイの楽しみになっていた。


(この女、まるで何十人もの異なる人格を持っているかのようだ。多角的な観点で考えを練り上げたかのように索に穴がない)


 一度、武道の授業を見たときに、改めて驚かされた。相手に気づかせることなく、わざと彼女が負けるように導いているのだ。相手がどのような技量でも、相手を自分の思い通りに動かして、打たせたいところに打たせているのだ。


 ヒューイは武道の達人であったが、しばらく気づかなかったほどだ。


(俺に同じことができるか? できる気がしない。この女が王妃になったら、タンブル国は終わりだ。惜しいが殺すか。いや、ダメだ、それは下策だ。手に入れるべきだ)


 幽霊だろうとなんだろうと構わない。優秀な人材は喉から手が出るほど欲しかった。


 ダンブル国は総力を上げて、カトリーヌの獲得作戦を練った。王国の間抜けな皇太子とシャルロットの側面支援は数ある策の一つに過ぎなかったが、上手くいってよかった。最悪の場合は無理矢理さらってくるつもりだったのだ。


 そして、ヒューイが待ちに待った日が来た。今日、カトリーヌが入国する。

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