第46話 過去 四十三 相談2

 明継の疑問に節が頷いた。

 紅は何も云わず、耳を研ぎ澄ましている。


「二人は話が早くて楽だわ。指揮者は九州軍部。伊藤くんの父親も含まれてる。二人を軍事利用するために、天都から本拠地に移動させられてる訳よ。佐波様の計画を乗っ取って、逃がす振りをしているの。」


 節が通路側のはるを見た。彼は置いてけぼりを食ってる様だった。


「三年間明継達が放置されたのも、佐波様の意向もあるけど、宮廷よりも俺達軍部の間者を着け易くするのと、軍部の教育を受けさせる為。確かに教材の中に近代兵法もあったよな。戦場に紅を送り出して、士気を揚げる為だ。庶民に皇院おういんって云っても解らないからね。皇子として送り出すつもりらしい。」


 修一が頭を掻きながら話す。

 紅と明継が視線が絡まった。小さい彼は下唇を噛んでいる。

 明継の判断は早かった。


「すまない。此処からは紅と二人で逃げる。飲み物に薬でも仕込まれたと言って此の侭、別れて欲しい私達は長崎で降りる。寄船場よせふねばまで馬で行くから心配は要らない。」


 修一と節が合図した。


「私達は佐波様の案を押すわ。慶吾隊員としてではなく友として守れと文に書いてあったのよ。」


「明継のかあちゃんの苦労は無駄にしない。二人を軍部に渡して堪るかよ。」


 明継が複雑な表情をした。


「二人共軍人だろう。上官の命令に背くのは死罪だ。解っているのかい。利用価値がある紅を守るのは危険だ。」


 修一と節は首を横に振った。


「軍部との間者に為った時に決めてたのだよ。常継兄も賛成してくれる。逃げるなら今だ。九州の継一つぐいち様には付かない。」


「私も死ぬなら二人の為が良いのよ。」


 明継が二人に頭を下げた。


「紅を守ってくれ。前線に出したくない。助けられてばかりだが御願いだ。」


 云い終わっても頭を上げる気配はない。


「最後は友の為に動くと決めてる。」


 修一が述べると節は頷いた。


「有り難う。友として感謝する。」


 晴が明白アカラサマに、溜息を吐いた。


「僕に話されても困ります。話の筋から云って、紅の慶吾隊の任務と話がずれて居ますからね。軍部が動こうとも父上にも僕にも関係がありません。」


 修一が又煙草を出したが、明継が止めた。紅は節から顔を出して怒った。


「世情が変わるのです。宮廷だけ何もないとは云いきれません。先の戦乱は我が国が勝利しましたが、今度の相手は上です。だから、戦場に指揮官として私の名前が上がっているのです。」


「本土戦線はしないのでしょう。なら軍部との兼ね合いですよ。前の戦と変わらない。」


「頭が軽いわね。戦力としては我が国の方が劣るのよ。だから、九州陸軍が最新兵器を大量に作ろうとしてるの。伊藤くんは其処に配属にされるわ。飛行機だって、造船だって、我が国は弱いのよ。空から来られたら、一溜ヒトダまりもないわ。他人事ではないのよ。」


「未成年に話しても意味がないです。軍歴もない僕には解りません。何故僕が此の話を聞かされているのかも解らないのですよ。」


 晴がそっぽを向いた。

 修一が呆れているがドスの効いた声を発する。


「紅が大将になるのだ。戦場で色香が出たら、御前は助けられるのか……。今、御前がやろうとしてる事は、そう云う事だ。」


 晴が修一を睨んだ。

 修一は目を逸らさないで、沈黙した侭だった。

 晴が視線を逸らす、二人が黙した後に手を揚げた。


「解りました。紅には手を出さないよ。明継叔父さんがしっかりしていれば、僕だって本気を出さなかったさ。知識として教えただけだから、実戦はしてないから大丈夫だよ。」


 節が晴の米神に拳を当てた。力を込めて押し込む。


「死線で男がどうなるか解ってない。紅様に艶が出たら戦闘どころか、仲間割れするでしょうが。紅様が男を知ってるのがどれだけ危険か解ってないのね。」


 修一が晴を睨みながら、明継に向き合う。


「紅の状態が危うい。此の様な状態で女役になったら、艶が出てしまう。明継の気持ちも解るが、紅の為に逃げ切るまで手を出さないで欲しい。」


 明継が笑った。


「元から其のつもりだよ。十八歳まで紅の気持ちを尊重するつもりだ。迫られたらきちんと逃げるから大丈夫だよ。」


 紅が真っ赤になって明継を見た。


「先生を襲いません。私には無理です。其の様な大胆な事は出来ません。」


 節の締め付けが強くなる。晴は力で払い除けた。


「まだ、紅に手を出してないと云っているでしょう。信用して下さいよ。今回は引きます。相手がいる上に、守り切れる相手で無いのは解りましたから、僕には荷が重すぎます。」


 修一が呆れている。


「初めから晴では相手には成らなかったのだよ。諦めろ。否。諦めてくれ。」


「明継叔父さんは良いのですか……。僕と身分が変わらないのにね。」


「本人の気持ちが一番大事だわ。晴には解らないでしょうけどね。伊藤くんが自分の気持ちより、紅様を気遣っているのは解るわよね。其処が大切なのよ。」


「解りましたから友人としてなら、紅と話しても宜しいですか。」


 修一が空を仰いだ。


「まだ云うか……。晴と明継の母ちゃんは、此の侭俺達とは合流しなかった事にして、伊藤家に行き二週間は滞在しろ。文を送って常継兄の指示を仰げ。多分、天都に帰されるだけで済む。其の前に、半田が送った一等車両の人物を洗え。偽名なら、文にはせず、家に帰ってから、俺達の事と、一等車両の間者を話すのだ。後は常継兄が全てやってくれる。継一様の事も忘れるな。」


 修一が頭をぐわしぐわしと掻いた。


「もう無理。煙草を吸ってくる。」


 立ち上がると、秋継が席を譲る。修一が一等車両のデッキに向かう。

 明継が窓側の席に座った。紅を前にして、手を差し出した。


「私は紅と逃げたい。伊藤家に着いたら父上の事だ、必ず引き剥がされる。軍事機密ばかりの所で働くなど御免だ。此の侭倫敦へ行こう。其の前に、円を外貨に変えないと……。」


 紅が明継の手を掴む。彼は体を乗り出し明継の耳元で囁く。


「大丈夫です。先生の全財産はキンに変えてあります。」


「バッグが重いのは其の為か……。でも、どうやって変えたのだい。」


「修一さんに御願いしました。委任状は私が書いて銀行に行って貰っています。」


「初めから倫敦に行くつもりだったんだね。」


「はい。」


 紅が席に座った。微笑む。


「ちょっと私達は居るのよ。晴の問題が終わったら、仲良くなるの辞めてくれる。まだ解決はしてないのよ。」


 晴が明継の隣に移動する。


「紅の友達になるなら一番がいい。明継叔父さんが、恋人なら、其れ位譲ってくれますよね。」


「同年代の友達は沢山居た方がよいね。でも晴は御免だ。紅に悪影響が出たからね。三人で居る時以外は会話は禁止だからな。話し掛けるな。紅も答えては駄目だよ。」


「叔父さん、想われ人なのに、心狭すぎ。」


「先生が其の様に仰るなら従います。」


「紅も従いすぎ。友達と云ったでしょう。」


 紅から少し離れた所で頬杖を付く節。


「晴くんは、恋愛問題で揉めてばかりでしょうね。女の私が見ても、無理だわ。紅様、自分を守る為に、必ず誰かを置きなさい。」


 電車に揺られながら窓の外を見た。

 夜が訪れようとしている。

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