第45話 過去 四十三 相談 1

 二等車両で窓際に修一を座らせ、隣に明継があり、向かいに紅が座り、節を挟み、晴が座っている。


「あの……。狭いです。流石に三人は多くありませんか……。節さんを挟むのは可哀想です。」


「大丈夫よ。納得して座っているから。」


 節が窓際の紅に話しかけた。


「僕が紅の隣の方が空間が空きますよ。」


 通路側に座る晴に首を傾けて節が云う。


「あのね。させたくないから、私は此所にいるのよ。」


 明継の眉間に皺がよる。苦虫でも噛み締めている雰囲気だ。


「明継、明白アカラサマに態度に出ないでくれ頼む。全員が居ないと駄目なのだよ。此れから話す事は他言無用で願う。」


 修一が慎重に言葉を選ぶ。


「御婆様が一緒で無くて良いのですか……。確かに、一緒だと話が進まないと思います。伊藤の血族にしては御喋りですから僕が聞き相手になってるのですよ。」


「確かに一等車両に御一人では寂しくないですかね。御連れした方が宜しいですか。先生。」


「両方から一気に喋らないでよ。貴方達似てない様で似てるのね。伊藤くん嫌な顔しないでくれる。」


 明継が口を開いた。


「まず、何故母上以外を呼んだかを説明してくれ。修一、煙草を出すな。」


「流石に吸いたくなるよ。此奴ら纏まらない。小隊より質が悪い。」


 修一が煙草をポケットに閉まった。


「誰にも喋るな。節から説明してくれるか……。後で付け足す。」


 明継と紅が節を見た。晴だけが節越しの紅を見た。


「私が雇われている本筋は九州の軍属なのよ。新聞社を辞めた後に引き抜きにあってね。嫁に行きたくなかったから入隊したのよ。女子軍人は表には出て行かない。紅様には見透かされたけど合ってるわ。諜報の為に体を使うのよ。だから、伊藤くんに話し掛けると怒ってた訳よ。」


「違います。女性と話をしてても嫉妬などしません。節さんだけなのです。腹が立つのは、すみません。解らないのです。何故、腹が立つのかは……。」


「紅、弁明は良いから説明を聞こう。誰も紅を責めないからね。」


 明継が紅に優しい視線を向ける。紅が頷くと晴が前の男を睨み付けた。


 明継が苦笑いをする。確かに此の話し合いは長くなりそうだと思った。


「仕事の説明はしないわ。軍の上層部に伊藤くんの御父様もいるのよ。今の直属の任務が、佐波さわ様の後見人、半田の諜報と、天都てんとの反戦派閥の洗い出し。常継つねつぐさんと時継ときつぐさんの監視。全て伊藤くんの関係者が絡んでるのよ。其れで奥様から聞いた話しに寄ると、指示を出しているのは伊藤くんの御父様みたいね。証拠はないけど奥様の話しには辻褄が合ったのよ。私の動きと指示がね。今回の襲撃は聞かされていないから、御父様の指示ではないのよ。」


「佐波様と慶吾隊けいごたいの常継兄の指示でもない。」


 修一が節の話を付け足した。


「他に何処があるのだ。指示をだしたのは軍部の誰だ。」


 明継が節に問いただした。節が驚いて目を丸くしている。


「何故、軍部と思うの。」


「宮廷の人間ではなく民衆ではないなら、後は軍部か政治家だけだ。政治家は民衆の代表だから外した。」


 明継が説明したが、晴は頭を悩ましている様だった。紅は話しに付いて来ている。


半田 一郎はんだ いちろうだ。」


 修一が切れ間なく続いた。


 明継と紅が驚いた。

 明継は、律之りつのと合った時の様子を思い出した。逃亡費用をかくしに詰め込まれた。其の後、直ぐに半田が律之を連れて行った。


「半田は軍部と関係があるのか……。佐波様の後見人なのに、軍と繋がるのはご法度のはずだ。紅はどう思う。」


 紅が考えて、思い出しながら云う。


「皇子と云う立場になると、外交も視野に入ります。なので、政府との橋渡し役で後見人を置きます。軍事や政治に巻き込まれないための防波堤な筈です。皇が維新の時政治に担がれたのを嫌った為に出来た筈です。」


 明継が云った後直ぐに彼の脳味噌が切り替わった。


「田所さんが半田の監視も仕事と言っていたね。彼は軍と繋がりがあるのかい。」


「正解。其れも伊藤くんの御父様が上長よ。半田が寝返らない様に見張ってる訳よ。でも誰か紅を捕まえようとしている。軍部と佐波様の指示でもないわ。」


 明継が考えている。


「半田個人に紅を捕まえてどの様な恩恵があるのだ。否、其の前に伊藤家は昔は家老職だったが、今は貿易に特化している商人な筈だ。」


 修一が首を回しながら肩の凝りをほぐしている。首を止めると喋り出した。


「明継が留学と宮廷勤務中に事態が変わっているのだ。貿易は軍事材料も扱っている。其れに目を付けた軍部が、丸め込んで役職を付けたのだよ。故郷で輸入した兵器を解体して、大量生産して使い易くなったピストルを上官が使ってる。一等兵も今は戦争中は携帯を許されている。」


「戦争の手伝いをしているのか……。何故、其の様な事を父上はしているのだ。武家としての尊厳だけはあると思っていたのに何故だ。」


「長い話しになる。家老の名前は伊達では出来ないのだよ。身分制度は無くなったが、農民は農民の侭だ。餓える時もある。政府の体制が変わったばかりの時代で輸入産業が軍事と密接になったのは間違えない。表向きは商人だが、明継の父が……、継一つぐいち様が軍部と提携して、軍事産業に手を出したのだよ。だから、爵位も前の外国の戦争での功績で承った。明継の母上から聞いた話だ。明継が帰国した時に話すつもりだったらしい。何故明継が留学出来たかの話も此れで分かる。軍事の新技術を入れる為には、確実に外国語を理解し輸入した武器の技術と値段交渉を楽に出来る人材が欲しかった。」


「私の専攻は文学だ。化学は専門外だよ。」


蓄音機チクオンキの不具合を治せる技術があれば、尚更だ。中学の時に独学で個人無線を直しただろう。普通は出来ないのだよ。其の様な事を明継はやってたのだよ。」


 明継が幼少期を思い出した。

 確かに、時計を解体し又、初めから組み立て直す作業を自宅でしていた。余りに幼すぎて記憶も朧気オボロゲだ。

 学校の授業とは別に常継つねつぐから化学と物理を教わって居た経験もある。


「父上から英才教育を受けていたと云う事か……。九州帝大に行かずに済んだのも、父上の思惑通りだったなど、思いたくない。」


「奥様は旦那様に命令されて、伊藤くんを教育はしてないそうよ。本が好きだったから、留学先も倫敦にしたと云っていたわ。だから、旦那様の敷いた方向だけ進んでいた訳ではないのよ。奥様を責めないで上げてくれると、嬉しいわ。」


「無論責めるつもりはないよ。母上は母上だからね。田所さんが我が家と関係があるのは解った。なら何故黙っていたのだい。」


「軍事機密は喋ると謀反になる。常継兄と軍部との間者になってる俺も危ない橋渡しをしているのだよ。最後は末端だから切られる恐れもある。でも、話さないといけない事態にあるのだよ。明継と紅の関係性上はな。」


 紅が頭を悩ませた。


「私達に続くのですか……。宮廷と軍事との関わりがあるのなら、プロパガンダに使われると云う事ですか、おうが象徴として。この頃の、新聞は確かにそうでした。」


「皇個人は反戦家だが、前の戦争では皇の許可の元、開戦が行われた。同じ事をするつもりだぞ。其の上、佐波様を成人に繰り上げる理由がある。紅の存在を利用するのだ。公にしてない忌み子の弟を表に出すには訳が必要だ。」


 紅の表情は曇っていない。


「私を軍事的に利用するなら、佐波様の替え玉ですかね。幼い第二皇子以降より私の方が年が近い弟なら、戦場で散っても士気は揚がります。双子だと発表しなければ嫌悪感も解りません。」


「其れを指揮してるのは誰だ。半田なのかい。」


 節が明継に視線を向けると、腕組みして考えてる彼の姿がある。


「軍人としては半田は半端過ぎるのよ。だから、寝返らない様に私を監視に付けた。宮廷と皇と皇子の監視を怠らない為にね。」


 明継が目に手を当てた。


「やはり九州の軍部かな。金も技術もあるからな。天都は其処まで、軍部が強くない。皇の支持者が多い。まさか、田所さんの上部が指揮者か……。もしや父上が黒幕なのか。」


 修一と節が頷く。


「御名答。」


 二人の言葉がだぶる。

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