第40話 過去 三十八 不審者

 一等車両で明継と紅と母が話している。



紅隆こうりゅう様……。」


 言葉が違う所からする。目の前を通りすぎる男から発せられたらしい。


「誰ですか……。」


 紅は母の後ろに隠れた。顔見知りでは無い様だ。


「探しておりました。佐波さわ様の元へ帰りましょう。」


 テーブル越しに紅の腕を掴んだ。


「辞めて下さい。」


 払おうとしたが離れず。母は紅を抱き締めた。


 明継が咄嗟トッサに男の背後に周り紅を掴んでいる腕を締め上げた。痛みで男の顔が歪む。


「紅を知っているのか。御前は誰だ……。」


 男の筋肉量が一般人と違う。押さえた腕を払われない様机に押し付けて明継の力が入り易い体勢にした。


「答えろ。」


 明継の関節技に力が籠る。其れを見た車掌が止めに入って来た。


「御客様。」


 明継の力が弱まった瞬間に男は関節を外し逃げ出した。一等車両の出口から外に出て動いている電車から飛び降りる。滑車を転がって行く。遠くで立ち上がり、走って逃げて行くのが分かる。


 明継が追いかけ様とすると紅が止めた。


「先生は危ない事はしないで下さい。」


「相手は一人とは限らないし誰の差し金か聞いていないよ。」


 紅にしがみ付いていた母が着物を正した。


「落ち着きなさい。もう追い掛けても間に合わないし、あの眼は口を開かないわ。」


 母が一括すると直ぐに明継が座った。

 車掌が机の上の欠けたカップを片付けている。


「佐波様の名前を出していましたが関係者でしょうか……。」


 明継が車掌から受け取った三杯目の紅茶を飲む。


「信頼させる為に出しただけでしょう。先生ではなく私を捕まえ様とするなど……。」


「貴方の身分なら当たり前です。護衛が居なくなってどうするつもりかしらね。はるは駄目な子ね。感情の侭動く所は明継に似たのかしら……。」


 車掌が又紅茶を持って来た。今度は紅と母にだった。


「私ですか……。叔父に似るなど聞いた事が有りませんが……。」


「無鉄砲な所はそっくりよ。」


 母も甘くない紅茶を飲む。溜息を付きながら笑った。


「先生に似てるのですか……。」


 紅が興味を持った。晴の話をきちんと聞いて見ようと思った。


「誰か解らないけど紅ちゃんを狙う者がいるのね。御父様と常継に連絡を入れるわ。上手く対象するでしょう。明継も落ち着きなさい。紅ちゃんを守りたいのは十分承知してるから……。一等車両に居たのだから身分がしっかりしてるはずよ。直ぐに主犯が分かるわよ。」


 母が茶を飲んだ。


「先生が取り押さえるとは思いませんでした……。」


 紅の手が震えている。


「伊藤家は武術も小さい頃から学ばせているのよ。明継は刀術も学ばせてあるから、一人位ならのせるわよ。紅ちゃんを守りながらは数名の対処は無理だろうけど。確かに紅ちゃんには明継しか居なかったから武術の心得は出来ないわね。あんな狭い部屋では危ないもの。伊藤家に来たら晴に教わるのが良いわ。体格も同じだし……。」


 紅は手の震えをテーブルで隠す。


「先生が良いです。教えて頂くのは……。」


「私もそう思います。晴では役不足かと……。」


「組み手の相手には晴が適任だわ。他に理由があるのね。」


 母が紅の腕を見た。何も云わず次の言葉を待ってくれたが、ソーサーをテーブルに置く時間しかくれなかった。


「明継以外に拒否反応があるのね。なら尚更晴にしなさい。荒行事アラギョウジも大切です。男の子でしょう。心は守るけれど、自分の身は自分で守れる様に成らなくては駄目よ。明継が同行してはいけないとは云ってないのだからね。」


イササか複雑だよ。」


 紅が晴に組敷かれる場面が、容易に想像出来た。晴の性格だから手加減等しないだろう。

 明継の胸がちりりと傷んだ。

 自分の感情に気付いて他の誰かに形だけでも、触られるのが嫌だった。だが紅の為を思えば晴が適任だろう。


 明継は苦笑いをした。


 其の時息を切らして晴が、車両の扉を開いて駆け寄って来た。

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