第15話 やる気以前のオーケストラ

 馬車が止まったのはある講堂の前だった。楽団が所有している建物ではない。教会が所有している建物を王の命により貸していただいている。


 普段は炊き出しが行われていたり、学校に通えない子どもたちに簡単な勉強を教える施設である。


 声楽のときは教会が使えるのになあと思う。教会は天上が高い石造りで音も反響するため聴こえるのだ。そういう場所で練習が出来ればいいのだが。


 しかし教会のなかで使用許可の降りている楽器はリュートかパイプオルガンかくらいでそれ以外の楽器又は演奏者は教会に入ることすらできない。


 そのためこんな施設でしか器楽は練習できない。


「まあこんなボロ小屋より酷いのは、アイツらの演奏なんだがな……」


 ハインリヒはそう呟いてから意を決して講堂の扉を開いた。

 眼前に広がるのは檻に放たれた珍獣の群れだった。いや、比喩表現でなく実際に。


「アタマデッカチ、アタマデッカチ!」


 ハインリヒの方を向いて言うのは、奇妙な灰色の鳥。最近開拓された植民地で発見された鳥らしかった。やたらと図体がでかく、人語を話すのが気持ち悪い。


「アー!お前逃げたと思ったらこんなとこにいたのかよ!おら、捕まえた!」


 恐らくこの珍獣たちをここに運び込んだ犯人だと思われる男が灰色の鳥を捕まえた。


「……おはよう、クラン」

「あ、おはよっす!ハインリヒさん!」


 クランは歯を見せて笑った。褐色の肌に白い歯が映える。悪びれる様子はない。


「なぜ珍獣が跋扈ばっこしているのか説明してくれるか?」


「あー、やっぱそれ気になっちゃいます?ほら、俺、ペットの世話係じゃないですか?最近ヴァルデック様、お出かけが多くてですねえ……。僕が面倒見るしかないんですけど……、練習は来ないとなあと思ったので、連れてきたんですよ、あ、練習には差し支えないと思いますよ!賢い子ばっかなんで!」


「アタマデッカチ!アタマデッカチ!」


「あ、ヨウムこら!しっ!」


「あはは、クランがいっつもハインリヒさんのこと頭でっかちって言ってるから、覚えちゃったのねー、ヨウムくん」


「なんでいうんだよ、アム!言わなきゃバレないのに!」


「あ、確かに」


「……なさい」


「へ?なんすか?ハインリヒさん」


「今すぐその鳥と珍獣を檻に閉じ込めて、楽器を出しなさい!なんてザマだ!とても王国公認の楽団だとは思えないぞ!」


「ひぃー!ごめんなさいーーー!!!」


 楽団の人数は20人程である。その20人が、クランのことをクスクス笑いながらダルそうに楽器を出して、譜面台を用意する。


 その間もハインリヒはイライラしている。このようなことは今回に限った話ではない。楽団員は専業ではなく、全員が仕事をしている。まさか練習場所に珍獣を連れてくるようなバカはコイツだけにしろ、仕事のために練習に来ないという人はザラにいる。


 楽団員の職は王より命じられる。しかし給料はほとんどない。そのような仕事は必ず不満が出る。だから、不満すらいえない層にこれをさせる。


 ここの楽団員はほとんど孤児だ。それか、親に虐待されていたとか、売られたとか。そういう理由で、幼少期を教会の孤児院で過ごした。そのような子供は前世で罪を犯したから、そのような辛い境遇にあっているのである。


 その罪を贖罪しなければならない。そういう理由で少年合唱団に皆入るのだ。歌によって前世の行いを改めるために。そこで、楽譜を読んだり、歌を歌うことを学ぶ。


 しかしその子たちは大人になってから歌うことはできない。そういう決まりなのだ。そこで孤児院を追い出される14歳のときには、皆仕事をあてがわれて働かされる。それ自体は悪いことではないのだが、国への奉公が求められ、二重苦の生活を強要される。


 ハインリヒは、自分の曲をもっと上手に演奏してほしいという気持ちもあった。もっと曲と向き合ってほしいと思う。しかし、彼らが重労働の末、うつらうつらとなりながら演奏をしている様子をみると、強く言うこともできなかった。

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貧乏宮廷音楽士は人生を楽しみたいだけ 志宇野美海 @kon0621

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