最終話

 過去はすべて地続きだ。だからなにひとつ明確な因果はない。僕らが覚えていることはその大地のいくつかの粒や石であって、覚えていないことと比べればあまりにも少ない。それでも人はその粒や石から因果を見出そうとする。わからないことは何か恐ろしいものがある。僕も例外ではない。

 僕とKが最後に直接会ったのは隣県での旅行だった。僕は当時苛立つことが多々あった。それだから不機嫌で、安寧とはほど遠い。そんなときの事柄は何事も上手くいかず、そして何事も嫌なものに見えてしまう。そしてKはその日飛びぬけて精彩を欠いていた。そんな状態のふたりがともに行動すればどうなるのか、誰だってわかるものだ。……言い訳ではないけれど。

 僕はKとある駅にいた。そしてKはその乗車にいくらか手間取った。後続が並んでいるのに切符の販売機でぼんやりとしたり、降りる駅のちがう切符を買ってしまい駅員に迷惑かけたりした。ようやくプラットホームにたどりついたとき、僕は冗談で頭のそばを指でくるくる回して、「頭がおかしい」ジェスチャーをした。Kは笑った。笑ったはずだった。

 次の駅、こんどは僕がちょっとしたミスを犯した。ほんとにちょっとしたミスだった。人とぶつかって相手のスマートホンを落した、それだけだった。しかし彼はそのあとで「頭がおかしいジェスチャー」をした。僕らの静かな争いはそれからはじまった。

 その争いは嗜虐的でいま考えても不快なものだった。僕らは互いの細かなミスを指摘し、そのたびに意地の悪い笑みをした。そしてその勝者は(もし勝者というものがあれば)、僕だった。彼はミスを指摘されつづけ次第に黙り、帰路の居酒屋で酔っ払って「世界が早く見える」といいはじめた。「世界が僕を置き去りにしている」

 みな、これを聞いたらそれが原因だと思うかもしれない。けれど僕の主観的な世界ではそれとわからないものだし、いまでも断定できない。僕らのあいだにそういうギクシャクしたものは幾度もあったし、この旅行のあとも僕らは通話をしたりした。すべては地つづきだった。

 僕が家に帰ると彼女はでかけてなかった。雨で予定が延期になったらしい。僕はすぐに眠った。長い夢を見るかと思った。しかし夢は見なかった。最後まで僕らは解りあえなかった。


                                       了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

他者 九重智 @kukuku3104

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ