第8話

 喫茶店を出て、洒落たレストランで夕食をとり、僕らは家で酒を飲んでいた。僕は彼女とちがって酒に強くない。しかしちびちびと飲むものだから結果としてほろ酔いが長いタイプだった。

 けれどもその日はなぜだか酔いが早かった。僕は十分だけ寝ると言った。

「そう言ってほんとに十分だけ寝る人を見たことない」

「それもそうだ、歯磨きだけしとくよ、そっちは?」

「私はもうちょっと飲んどく。ドラマの最新話もあるし」

「そう、じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」

 僕はすぐ眠りに着くことができた。ふつう、そういうときは眠りが深く起きるまであっという間のはずだけど、その夜は酷くしつこい悪夢を見た。内容は覚えていない。しかしいままでにない寝起きだった。汗がびっしょりと身体を濡らし、明確に疲れがたまっていた。まるで湖に落されてそれから出て来たような感覚だ。

 起きたのは朝方の五時だった。彼女はまだ寝息をたてている。僕はシャワーを浴びた。二度寝をするとまた悪夢にあってしまいそうだったからだ。コーヒーを淹れるとようやく気分がすっきりしてきた。

 動画サイトの検索画面からてきとうな動画をぼんやりと観る。自分とおなじくらいの年齢の男五人組がクイズ大会をしていた。ふざけた回答に天才的な返し。僕は感心とともに笑った。彼女を起こさない程度の笑いの音量にするのが大変だった。

 六時半を回ると彼女が起きた。僕はとっくに朝食の準備ができていた。彼女はおどろきより心配が勝っていた。

「ねえ、ほんとうに大丈夫なの」

「なにがさ」

「あんまり寝れてないんでしょ」

「昨日寝たのが十時くらいだから睡眠時間は十分すぎるほど摂れてるよ」

「でも……」

「はやく食べようよ、けっこう凝っちゃってつまみ食いしないよう抑えていたんだから」

 八時半になると出社した。マンションが会社から近いおかげでこの時間に家に出ても十五分はやく着くことになる。それが契約の第一の決め手だった。

 雨はまた今日も降っている。雨は眺めるぶんにはいいが歩くぶんには最悪だ。ビニール傘をさして水溜まりを避けながら行く。とぼとぼ歩いている僕を黒色の傘の男子大学生が追い越した。僕らのころもそうだったが、いまどきの大学生は清潔で好感を持てる。男女問わず髪が手入れされていて服装もダサくなく、肌もきめ細かい。努力がしっかりなされている証拠だ。

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