まさかの『ぶっちゃけ』に、開いた口は塞がらない

 学校から歩いて数分! 絶好の立地条件に加えて、雑誌のラーメン特集でも上位にランクインする人気店。


 それが、『ラーメン道三千世界』だ。そう言われているだけあってか、平日の夕食時前にもかかわらず、中々のにぎわいだ。


 この辺りはダチの家も近いので、頻度こそ少ないが通い慣れている。とは言うものの、高梨はここを取材しようと、思いいたったのだろうか。


 答えの出ない疑問を抱えたまま、紺色の暖簾を野郎二人がすり抜ける。


「いらっしゃーい。何名サマで?」


 軽妙なかけ声の後の問いかけに、オレが答えようとしたら、

「席は決まっているから」

 高梨は順番待ちの名簿に、人数と自らの名前を記入する。


「三人で突撃! 食レポすんのかよ」

「違うよ。ここは単なる待ち合わせ場所だ」


 厨房の中を覗き込むオレを嗜めようと、高梨が耳元でささやいた。


「まあ、こっちだ」


 レジ脇の狭い通路の奥の畳席へ。オレたちは一直線に向かう。


「待ち人は未だに来ず」

「へ?」


 ふふふっと笑う声に、店員の挨拶がかぶった。



「高梨ってこっちの人間じゃないよな」

「生まれは関東の方。こっちは中二から」



 関西や四国、九州からやって来た野球部の面々を思えば、別段、不自然な話ではない。


「大森市には曽祖母が住んでいてさ、介護の都合もあるんだ」

「具合悪いのか」

「認知症が進んでいてね」


 病気、ケガ以上にディープな家庭事情を考えると、

「大変だな」

 ありきたりな言葉しか口に出せなかった。


 ラーメンは『待ち人』が来た後で。店員に頼んだドリンク入りのグラスが座卓に並ぶ。隣でアイスコーヒーをチビるコイツに関して、オレが聞き出せた情報はそれ以上なかった。


 同じ並びの畳席が客で埋まり出す。オレのコーラも底をつきそうだと言うのに、『待ち人』が現れる気配はない。


 店員の声が飛び交う中で、

「ほら、来たよ」

 高梨の声に促されるがまま、オレは通路の先へと目を凝らす。


 肩をすくめた男の顔に見覚えがある、ところではないぞ。


 まさかのまさかだ。目の前に部活を『無期限停止』に追いやった張本人が、のこのことやって来た。


「あっ、店員さん……」


 憎き仇にガンを飛ばすオレの隣で、高梨が店員を呼び止める。



「とんこつラーメン三つでいいよな」

「はあ?」



 停学中のコイツとラーメンって正気なんか?

「そんなにかしこまらなくても。荒井先輩、これどうぞ」

 オレの心情など構わずに、高梨が場を取り仕切る。


「お待たせしました」


 バイトの兄ちゃんの運ぶ器を受け取る側で、パッチと割り箸の裂ける音が空を切った。


 ――ズル……ズルルッ。


 野郎三人が、同時にラーメンをすする。目の前にいるコイツががあんなマネしなければ、オレたちは白球を追いかけていたのに。


 腹の虫なんか治まりそうもなく、肩を震わせる荒井から視線を逸らす。

 胡椒が効きすぎた訳でもない。だけど、オレの視界は徐々に曇り始めた。


「そろそろ、いいでしょうか」

「な」


 高梨の声に応じて目を凝らす。向かいに座る荒井が、卓上に置きっぱのスマホを持ち上げた。


「では、通話アプリを開いて下さい」

「そうッスね」


 あ……アプリだと? 隣の手元をを覗き込めば、男にしては細い指が、お馴染みの通話アプリをタップする。


 オレが見ている側で『これからは本題に……』と、高梨は高速でフリックを続けた。


(喫煙騒動は隠れ蓑)


 画面に躍り出たワードに思わず、高梨の手と荒井を交互に見比べる。


(本当のスキャンダル)


 一体、どうなっているのか説明が欲しいけど。ヤボなツッコミ、おいそれと聞けやしないよな。


(痛み止めのネット転売)


 予想を超えた展開。オレは荒井の顔色を伺った。

 相手も迷いがあるのか、画面は高梨のメッセージで止まってしまう。


(こんな不祥事、バレたら怖いですよね)


 高梨の選んだ言葉にオレは目を見開く。


 『喫煙』や『飲酒』くらい、昔は誰でもやっていたとか。停学処分が重いと騒ぐ大人もいたと聞いていたが、オレたちが知らない場所で別の不祥事が起きているとは。


「部活動の停止では済まなさそうな?」


 オレのボヤきに高梨は表情も変えない。スマホの画面を飽きもせず操作を続けた。

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