ドーナツを穴だけ残して食べる問題

ろくろわ

問題。ドーナツを穴だけ残して食べるにはどうしたら良いか。

 遂に今日まで私は、大学受験の集団面接で教授の投げ掛けたドーナツ問題の答えを知ること無くここまできてしまった。

 と、市ノいちのせ 颯人はやとは目の前の緊張している受験生達を見ながらボンヤリとそんな事を考えていた。


 市ノ瀬がこの私立大学を受験したのはもう随分昔の事だった。午前中にあった筆記試験の手応えは可もなく不可もなし。つまり受かってもいるし落ちてもいる、そんな状態なので少しでも合格へ自信を持つためにも、午後からの集団面接は是非とも良い印象を与えておきたかった。

 実はこの面接には高校でも沢山の予行練習を行いそれなりの自信があったのだ。

 だがそんな自信は面接室に入り、席に着くまでだった。受験者がそれぞれ自己紹介を行い着座した後、面接官の一人、日野ひの とおる教授の質問で場の空気が変わった。


「初めまして受験生の皆さん。日野と申します。皆さん、今日の為に今まで頑張ってきたことや大学でしたいこと。自分はどんな人間なのか等、沢山練習してきたと思います。そんな皆さんの面接を今から始めますが答えて頂くことは一つです」

 そう言うと日野教授は一つのドーナツを取り出し私達の前に差し出した。


「えぇーここに一つのドーナツがあります。このドーナツを穴だけ残して食べるにはどうしたら良いか。五分間で考えて発表してください。順番は誰からでも構いません。直ぐ答えられる人は五分を待たなくても結構です」


 ざわつく会場を置き去りに、日野は「それでは開始」と手を叩くとタイマーのスイッチを押した。

 そこからの五分間は思考のぶつけ合いであった。

 ある受験生は五分を待たずに「この問題の答えは不可能が答えです。ドーナツを食べた時点で穴はなくなってしまいます」と正論を述べるもの。

 またある受験生はむしろ問題には意味がなく、答える過程で日野教授と会話をすると言うことが目的と捉え議論するもの。

 またある受験生は一口でドーナツを全て噛まずに口の中に入れたのち、「今、私の口の中にはドーナツと穴が混在している状態。しかし誰も食べている所を見ていないので口の中にはドーナツと穴が分かれた状態である事を否定することは出来ない」とか、答えていた。


 そして私の回答はと言うと、「日野教授。答えは分かりません。御校で学べばその答えが分かるのでしょうか」と答え、日野教授がニヤリと笑い「それは入学出来れば分かることだよ」と返したのを覚えている。



 あれから面接が良かったのか入学することが出来、ご縁もあってか日野教授の講義や教室にも通うことが出来た。しかし日野教授にあの日の答えを聞いても一向に教えてはくれなかった。

「あの答えが知りたければ、まずはドーナツの穴が何かを知りなさい」

「あの答えが知りたければ、次は私の講義に出なさい」

「あの答えが知りたければ、人に学びを与えなさい」

 そう言った日野教授の後を追い、私はいつしかこの大学の教員となっていた。


 そして今日、初めて受験生の集団面接を担当することになった。

 日野教授にアドバイスを聞いた所、一言だけ「ドーナツの問題を出してみろ」とだけ言われた。


 私はボンヤリとした頭から少しずつ受験生の方へ意識を戻しあの日の日野教授と同じように学生に問題を出してみた。


「初めまして受験生の皆さん。市ノ瀬と申します。皆さんは今日の為に今まで沢山頑張ってきたと思います。そんな皆さんの面接を今から始めますが答えて頂くことは一つです」


 そう言いながら手でドーナツの形を作り前に差し出した。


「ここに一つのドーナツがあります。このドーナツを穴だけ残して食べるにはどうしたら良いか。五分間で考えてください。順番は誰からでも構いません。直ぐ答えられる人は五分を待たなくても結構です」


 ざわつく受験生はあの時と同じであった。

 そしてそこから色んな考えを披露する受験生を見ることが出来た。何とか答えを作ろうとするもの。前の人の答えに乗っかる人。論点をずらす人。


 一人、印象に残った受験生がいた。

「市ノ瀬先生。あのぅ、サーターアンダギーには穴がないのですがこの場合、ドーナツには穴がそもそも無いのではないでしょうか。まずサーターアンダギーはドーナツなのかと言うことも含めて御校で学べば答えが出るのでしょうか?」


 その回答に私は「それは入学出来れば分かることだよ」とだけ答えた。


 私は結局、あの日の日野教授が出したドーナツ問題の答えを見つけることは出来ていない。

 そして回答が分からないまま、この問題を今度は私が受験生へと出した。

 だけど、何となくこの『ドーナツを穴だけ残して食べるにはどうしたら良いか』の回答が分かったような気がした。


 きっとあの日、いや今日だって日野教授も答えを。


 日野教授に上手く転がされた私は思考する事を楽しみ、人を教えることに興味を持つことができた。


『ドーナツを穴だけ残して食べるにはどうしたら良いか』


 分からぬまま問題をだして初めて答えが分かった。

 今度日野教授に答え合わせを願おう。

 きっとあの人は答えてくれないだろうけど。






 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドーナツを穴だけ残して食べる問題 ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ