第6話 俺は彼女から絶対に逃れられない

 思い出せ! 思い出せ、俺!! 朝、太陽はどっちにあった? 


 今朝、「木漏れ日がきれい」と言って、藤木は空を仰いだ。

 その時、陽光は――?

 そうだ!

 日差しは、藤木の方から差し込んでいた。ベールイエローの陽射しに包まれて、やけに眩しく見えたんだ。

 今太陽は背後に傾き出している。

 という事は、逆だ! 太陽の方に向かって行けば、森から出られるはずだ。


 方向転換して、走る。


 持てる全ての力を両腕両足に込めて。


「まいちゃん……頑張れ! 絶対に死ぬなよ。俺が絶対に死なせないからな」


 はぁはぁはぁ……。


 はぁはぁ、はぁ……。



「うううう……、腰が痺れる。足がもたつく、肩がもげそう……頭が痛い。眩暈がするぅ~~。くっそー、頑張れ俺!」


 ポケットのスマホが短く震えてメッセージを伝えた。


「ん? メッセージ? 誰から? 


『ひなさんからメールが届いています。今夜会えます。メール待ってるね』

 出会い系フィッシングやめろー! こんな時にーーー!! 


 じゃなくてー!!! 


 スマホの電波、入ってんじゃん!


 救急車! 緊急!!! SOS---!!!」


 ――暗転――

 救急車のサイレンの音。



 朦朧とする意識の中で、甦る記憶。


 青い鳥が空に消えるのを見ながらまいちゃんは、確か、こう言った。


『ねぇ、あおいくん。青い鳥さんにお願いごとしようよ』


『うん。しよう。おおきくなったら、まいちゃんと、けっこんしたいです』


『わたしも、あおい君のおよめさんになりたいです』


 ・・・・・・・・・・・・



 病院のベッドの上で、苦しそうな顔で眠る蒼。

 蒼の顔のすぐ横に頬杖をつく藤木は、満面の笑みで蒼の顔を見つめている。


「蒼君。いつも私を助けてくれてありがとう。本当に本当に大好きだよ。頑張ってくれたから教えてあげるね。


 あの時、君は私にこう言ったんだよ。

『俺が君の青い鳥だ。絶対に君を幸せにするから、いつか俺の事つかまえに来て。絶対に俺の事忘れないで』って。

 泣きながら言ったよ?

『忘れないで』って言ったんだよ。


 それなのにさ、君が忘れちゃってんじゃん。


 女の口からそんな事言えないよ。君、こんな事言ったわよね、なんてさ。

 

 私はずーっと覚えてるよ。

 あおい君のお嫁さんになりたいですって、青い鳥にお願いした事もね。

 全部全部覚えてるよ」


「んっ、んんーーーー。まいちゃん……まいちゃん、大丈夫? まいちゃん」


 はっ。名前読んでくれた。


 弾かれるようにがばっと起き上がる蒼。


「わぁぁぁああああぁぁぁ。はぁはぁはぁ……へ?」


「気が付いた? 蒼くん」


「はぁはぁはぁ、崖から落ちるかと思った。


 あ、藤木。無事だったか! ここどこ? え? あ、病院か。


 確か……極限状態でスマホが鳴ったんだよな。電波が入った! と思って、救急車呼んで……そっから記憶がないわ」


「私より重症の熱中症だったよ、蒼君。リュックを抱えるようにしてうつ伏せで倒れてたんだって。で、その上に私が覆いかぶさるようにして、爆睡してたらしいよ」


「爆睡?」


「ありがと。いつもいつも助けてくれて。蒼君は私のヒーローだね」


「はっ? やめろ」

 あらら……。向こう向いちゃった。けど、ちゃんとわかってるよ。照れてるだけだって。思春期ってめんどくさいねぇ。


「お前はもう大丈夫なのかよ?」


「うん。私、実はね。ゆうべ、楽しみ過ぎて眠れなかったの。それでね、単なる寝不足だった」


「はぁ?」


「蒼君の背中が気持ちよ過ぎて爆睡しちゃった。あははは~」


 険しい顔をこちらに向ける蒼。


「あははは~、じゃねぇよ。心配させやがって。けどよかった。大した事なくて」


「ありがと。大好きだよ」


「やめろ」


「で、見つかった? 青い鳥」


「あ~ん? まだ」


「そっか、まだか。じゃあ、来週また行く? 幸せの青い鳥探し」


「絶対行かない!」


「じゃあ、トイレの花子さん探しに行く? 夜の学校に忍び込んでさ」


「もっとやだ!」


「ふふっ。じゃあ、犬鳴村。一泊で」


「やだ、怖い」


「しびれいぬ探し」


「しびれいぬってなんだよ」


「知らないの? 触ったらびりびりって痺れるんだよ」


「絶対イヤだろ」


「うしろ目たぬき」


「何? それ」


「うしろに目がついてるタヌキらしいよ。誰も見た事がないからどんな感じなのかはわからないけどね」


「適当言ってねーか?」


「ぬんぬん坊主はどう? ぬんぬんって唸りならがら出て来るお坊さん。ぬんぬん坊主探そ!」


「マニアック過ぎるだろ! いい加減にしろ!」


 ふふっ、本当は気になってうずうずしてるくせに! ぬんぬん坊主あたり、蒼君好きそう。早速、しおりを作らなきゃ!


 蒼君は私から絶対に逃れられない!!


【終わり】

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元カノは不思議ちゃん。俺は彼女から絶対に逃れられない。 神楽耶 夏輝 @mashironatsume

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