第5話 松葉杖の見習い剣士、女子部の指導をする!

 僕は松葉杖の魔法剣士、ダナン・アンテルド。ギルド魔法剣士道場の、師範代しはんだいになってしまった。


 そして、今日は女子部だ。


 女子部は女子部で、問題があるらしいが……。


「でりゃあ、おりゃあ!」

「てりゃ!」

「とあああーっ!」


 道場に入ろうとしたとき、女の子たちの元気の良い声が聞こえてきた。僕は今日も、一本の松葉杖をついて道場の中に入っていった。


 ガシッ、ガキッ、コキッ


 女の子の魔法剣士たちが六名、二人一組になって、木剣ぼっけんで対人稽古けいこをしている。


 なーんだ、昨日の男子たちよりは真面目じゃないか?


「ん?」


 でも彼女たち、何か動きが変だ。


 対人稽古けいこというよりは、チャンバラごっこ?


 すると、大人の女性が僕に近寄ってきた。あれ? 師範しはんなのかな。


「ま、待ってたのよ! あなた、ダナン君でしょ!」


 女性の年齢は多分、五十代くらいか。上品な顔立ちだ。


「はい、僕はダナンです。ギルド長のマリーさんに、ここの道場の師範代しはんだいに任命されました。あなたは?」

「私は、師範代しはんだいのポルーナ・マールです。とにかく助けて~」

「た、助けるって、どういうことですか? 女子部は、あなたが指導されているみたいですけど」

「そうじゃないのよ」


 ポルーナさんは、本当に困っているようだった。


「私は子どもの頃に、剣術をかじったことがあるだけの、近所のおばさんよ~」


 ん? どういうこと?


「ここの師範しはんがやめちゃって、無理矢理マリーさんに、女子部の指導を頼まれちゃったのよ。私、単なる近所のおばさんなのに」


 あ、何か分かってきた。


「だから、ちゃんと指導できる方が来てくれて、助かったわ~」

「い、いや~。僕もそこまで指導経験はないんですけど」

 

 僕が頭をかいていると、後ろから──。


「あの、あなたが新しい先生ですか!」


 すごく真面目そうな、それでいて気の強そうな女子道場生が、僕に向かって声を上げた。


 銀髪の髪の毛がきれいな、なかなかの美少女だ。


「私、モニカ・ルパードと申します! 十五歳です。女子たちの主将をしています」

「そうなのか。僕、ダナンです。十六歳なんだけど一応剣術を教」

「ダナン先生が、私たちの指導をしてくださるんですね!」


 いや、話を最後まで聞いて?


 ていうか、この子、かわいいのにすごく語尾が強い!


 僕は言った。


「とにかく、さっきやっていた対人稽古けいこを見せて」

「わかりました!」


 モニカはまた、「どりゃあ! えいりゃあ!」と木剣ぼっけんを振り回しはじめた。


 相手の子もひるむ勢いだが、やっぱり動きが変だ。


(発動──【スキル・英雄王の戦術眼】……)


 おや? また声が頭の中で響いた。そ、そうか。【スキル・英雄王の戦術眼】ってスキルを活用して、この子たちを指導しろってことか?


「あ、ちょっと待って」


 僕は、彼女たちのチャンバラごっこ……いや、対人稽古けいこをあわてて止めた。


「ちょっと変な部分がある」

「何がですか!」


 ギロッ


 真面目な女子道場生、モニカは僕をにらみつけた。こ、怖い……。


「私の何が悪いっていうんですか!」


 そ、そうか、相手は女の子なんだから、とにかく優しく分かりやすく、丁寧に教えると良いのかな。


「──いやね、君たちの体の姿勢が気になるな」

「姿勢?」

木剣ぼっけんを打っているとき、君たちは体が上下しているんだ。『すり足』で移動してごらん」

「すり足? なんですか、それって」


 今度は後ろから、セミロングの女の子が興味深そうに聞いてきた。


 すり足が分からないのか……。こりゃ、骨が折れそうだ。


 すり足は剣術独特の足の運び方で、剣術の基本中の基本だ。


「私はマチュア・ライネです。モニカの同級生で……。すり足って何ですか?」

「足をするように動く移動法だよ。真似してごらん」


 僕は松葉杖をつきながら、地面と足をするように歩いてみせた。


「ほら、こうすると体が上下しないよ。そうすると動きにムダがないんだ」

「えっ……あ、ほ、本当だ。体が上下しない!」


 モニカが声を上げた。マチュアも、「こんな動き、知らなかった!」と叫んでいる。


「上手い上手い。できたじゃないか」


 僕がめると、女の子たちは驚いた顔で僕を見た。な、何だ?


 するとモニカが聞いてきた。


「あ、あと、剣を振るときに、威力いりょくが出ている感じがしないんです」


 僕はピンときた。


「君たちは、左ひじと右ひじが、狭くなりすぎているんじゃないかな」

「ええ?」

「ほら、もっとふところを深くしてごらん。胸と左ひじ、右ひじ間隔かんかくを広いイメージで」


 彼女たちが僕の言う通りに構えて、木剣ぼっけんを上段から振り下ろしてみると……。


 ビュオッ


 空気を切り裂く音が鳴り響いた。


「わああっ! 音がしたあ!」


 女の子たちは顔を見合わせて驚いている。僕は説明した。


「右ひじと左ひじが狭すぎると、剣がチョコン、とした振りきれないでしょ。でも、ふところを深くすると、大きく振りかぶることができるんだよ」


 ビュオッ、ビュオッ


 マチュアはうれしそうに、木剣ぼっけんを上下に振っている。


「すごいよ。み込みが早いね!」


 僕がめると、女の子たちはパーッと笑顔になった。


「道場でめられたの、初めてです!」


 モニカが声を上げた。


「それに、すごく分かりやす~い!」


 そうか……。自分がどんな動きをしていたのか、皆、人に言われてやった気付くんだな。


「先生……見て」


 すると、恐らく十歳くらいの女の子が、僕の前に出て、僕の教えたとおりにやってみせてくれた。うんうん、上手くできてるな。


「君、名前は?」

「マイラ・ルバリアナ……」

「よく出来たね、マイラ」


 僕は頭をなでてあげた。


 マイラは顔を真っ赤にして、「えへへ、やったぁ」と笑っている。 


「ダナン君、すごいじゃないの~!」


 一連の指導を見ていたポルーナさんが、声をかけてきた。


「指導が分かりやすいし、女の子に優しいわ~」


 自分でも驚いているけど……。うーん、どうやら【スキル・英雄王の戦術眼】のおかげらしい。指導力も高まるのか。


「そういえば、さっき、男の子たちが道場を見に来たわ」


 ポルーナさんがそう言ったので、僕は首を傾げた。


「え? そうなんですか? 見学者かな」

「いえ、ランゼルフ・ギルドの社長、バーデン・マックスさんの息子さんよ。『ダナンってヤツがいないか』って、聞いてきたけど」


 マックス……? 僕は嫌な予感がした。

 

 ポルーナさんは思い出したように言った。


「彼はギルド社長の息子さんだから、この辺じゃ顔を知られているの。彼の名前は、ドルガー・マックスって子よ」

「え? ドルガー?」


 僕は思い出していた。


 僕を魔物討伐とうばつ隊から追い出した、あのドルガー・マックスのことを。


 僕は冷や汗をかいていた。

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