第9話 がらんどう

 俺は、小さいころ子役俳優として色んな番組に出ていた。演技力が周りの子役よりも抜けて高かった俺は、ドラマに引っ張りだこで天才子役とも呼ばれていた。


 けど、俺にはそんな天才とか、演技力とかそんなのはどうでもよかった。当時の俺は、


 笑顔の母さんさえ側にいてくれればそれでよかった・・・


『はいカットーー!!いやー、すごいねトシヤくんは!こんなに長いセリフ、大人でも中々一発は難しいのに!』


『ありがとうございます!』


『そしたら、トシヤくんは今日もうお終いだからお母さんのところ行ってもいいよ』


『うん!お母さーん!終わったよー!』


『お疲れ様、トシヤ、今日はどうだった?』


『あのね!監督さんがね、長いセリフ一回で言えてエライって褒めてくれた!』


『そっかー!トシヤが楽しそうでお母さん嬉しい』


 そう言って微笑む母さんの表情はとても暖かくて優しくて、俺はこの人から愛されているんだと心から実感できた。


 親父は今より仕事が忙しくて中々見に来てはくれなかったが、楽しそうに俺のことを話す母さんを見ていた親父の表情はとても幸せそうだった。俺はこの家族全員が笑顔の時間が大好きだった。


 けれど一方で、当時内気で大人と話してばっかりだった俺は、学校で同級生たちと話すのが苦手だった。そして周りも、有名人だった俺に話しかけるのを躊躇していた。


 けれど、俺が有名になる前からの友達だったエリは違った。


『トシヤ、ちゃんと宿題は終わらせましたか?』


『え・・・あっ、ごめん。忘れてた』


『まぁ!それは大変ですわ!でしたら早くノートを出してください。ワタクシがお手伝いいたします!』


『う、うん・・・』


 キーンコーンカーンコーン


『・・・・・』


『トシヤ!今お時間ありますか?』


『うん・・・』


『それではワタクシとお話ししましょう!』


 こんな風に学校の中でも外でも気軽に話しかけてくれるエリは、退屈な学校の唯一、心の支えになってくれる人だった。


 けれど、そんな日常は風船が割れるように一瞬にして消え去ることになった。


 ある日、俺はドラマの撮影をしていた。母さんは用事あって遅れてくることになっていた。


『お母さん、遅いな・・・』


『大丈夫だよトシヤくん、きっとすぐ駆けつけてくれるよ』


『うん・・・』


 タッタッタッタッ


『た、大変です!!』


 そう言ってスタッフさんの1人が俺と監督の元に駆けてきた。そして、


『トシヤくんのお母さんがっ!!』


『えっ・・・』


 不幸な事故だった。母さんの乗っていたタクシーの後部座席に、居眠り運転していた自動車に真横からぶつかってきたらしい。母さんは病院に着く頃には息を引き取っていた・・・


 この日から俺の中の何かが壊れた。全ての物事に意味を感じなくなった。そして、評判だった演技にも身が入らなくなった俺は程なくしてテレビ業界から姿を消した。


 こうして有名人ではなくなった俺に待っていたのはイジメだった。けれど、あの日の悲しみに比べたら小学生の考える嫌がらせは苦ではなかった。俺の反応がつまらなかったのか、イジメはすぐに無くなり、俺は誰からも相手にされなくなってなった。


 ただ1人、エリを除いて・・・


 エリは、俺が学校でイジメにあっていた時も、母さんを亡くしてから最初の登校の日も、変わらず俺に話しかけてくれた。


 だけど、そのエリの優しさが、当時の俺には同情に思えて辛かった。そして俺は、ある日限界が来てしまった。


『トシヤ、ワタクシとお話ししましょう?』


『・・・・・』ギロッ


『今日は何のお話をしようかしら・・・』


『やめてよ・・・』


『えっ・・・』


『もう僕なんかに話しかけてこないでよ!そんな同情、されたくないよ!』


『そんなっ!ワタクシは同情のために一緒にいるんじゃありませんの!ただ、トシヤのことがすk・・・』


『近づかないでっ!!』ドンッ!


『きゃっ!!』


 次の瞬間、俺はエリに馬乗りになって拳を上にあげていた。そしてエリは涙を流していた。


 その時、俺は気づいてしまった。エリの涙が本物だと、同情を誘う偽物の涙じゃないと。その途端、毎日のエリの心からの好意を足蹴にしただけでなく、今こうしてエリに殴りかかろうとした自分にとてつもない後悔を襲った。


『あっ、あぁ・・・ごめん、エリ・・・』


 そう言って俺は馬乗りを解除して保健室に向かいそのまま早退した。


 そして、俺はそのまま学校に行かなくなり、罪の意識が消えないまま小学校を卒業した。それと同時に俺は今まで自分に蓋をした。そうじゃないとあの時のエリが頭をよぎって中学にも行けないと思ったからだ。そうして生まれたのが今の俺だ。最初は慣れなかったけど、演技そのものには慣れていたから、すぐに受け入れることができた。


 おかげで中学の時は一般的な生活をできた。けれど、あの時のエリに対する罪悪感はずっと胸の隅に生き続けた。


 そんな俺にチャンスがやってきた。エリの家にエリの手伝いとして暮らすことになったのだ。俺にとって、これは最初で最後の贖罪の機会だと思った。高校3年間、いや、エリの親が帰ってくるまでの間、俺はエリに罪を償えるんだ。だから、だからこそ俺は・・・


「エリと一線を越えることなんて許されないんだ・・・」

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