陽炎な彼女

うり北 うりこ

第1話


「暑い……。アイス食べたい」


 吹き出す汗を拭うこともなく、私はアスファルトからの照り返しを受けながら歩く。

 私の隣では毎夏恒例の彼女がケタケタと笑う。


「そんなに暑いのが嫌なら、補修にならなければいいんじゃないの? 中学からだから五回目でしょ?」


 暑さなど感じさせないくらい爽やかなのが憎らしい。実際、彼女は汗ひとつかくことなく、長い黒髪を生暖かい風になびかせている。


 熱でゆらゆらと揺れる景色を眺めている彼女を見る。普段から日の光を浴びていないような真っ白な肌もまたゆらゆらと揺れている。


「ねぇ。今日、このまま来てくれるんだよね?」


 どこか不安げな彼女は私をじっと見てくる。だから、私は笑みを浮かべた。


「当たり前。行かなかったことなんてないでしょ? 今年は何がいいの?」

「うーん。アイスかな。二人でよくわけてたやつ」


 ご希望のアイスを思い浮かべ、私は小さく頷く。


「わかった。……っていうか、毎年アイスじゃん。あれ、溶けちゃって大変なんだけど」

「だって、他の人は絶対にアイスは持ってきてくれないんだよ? この暑さだし、食べたいじゃん。冷たーいアイスをさぁ」


 楽しそうに彼女は笑う。汗ひとつかかずに、くるくると回り、跳び跳ねる。とてもとても軽やかに。



 私は目的地から一番近いコンビニに立ち寄った。冷凍庫のなかには、彼女が一番好きだったチョコレート味は残念ながら置いてなかった。なので、変わりに夏限定のレモンスカッシュ味を購入する。


 コンビニから出ると、外で待っていた彼女はレジ袋をのぞき込んできた。


「やっぱり夏はチョコレート味はないかぁ……。仕方ない。それは冬にでも買ってきてよ」

「えー。冬は寒いからアイスは食べたくないんだけど」

「いいでしょ。私は自由に買えないんだからさぁ」

「しょうがないなぁ」


 彼女の言葉が痛い。けれど、私は笑う。この時を大事にしたいから。


 コンビニを出て、石段をひとつ、またひとつと上る。暑い。きっとアイスももう溶けてるだろう。


「がんばれ! あと少しだよ」


 彼女は私と違って息一つ乱れていない。以前は、私よりもヒーヒー言っていたのに。


 目的の場所まで着くと、私はアイスのプラスチック部分をパキリと折って溶けているそれを四角い石に立て掛けて置く。


 私の隣では五年前から全く変わらない彼女が笑っている。

 毎年、この日にだけ会えるそれは、陽炎が見せたまやかしか、あるいは──。


 アイスがパタリと倒れ、黄色い液体が墓石に跳ねた。



 





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