第21話 ざまあヒロインと悪事Ⅴ

 翌朝。

 瞑想・バーピージャンプ・冷水シャワーのルーティーンを終えた私は、着替えて自分の部屋を出る。


 今日の天気は曇り。

 どんより曇っていて、お日様も殆ど差してないうえ湿度も高く、決して心地よい天候ではなかった。

 だけど私の心は晴れやかだ。

 パパときちんと話せたから。


 昨日警官に職質された後、私は大変だった。

 警官にパパを呼ばれてしまったのだ。

 パパはもちろん大激怒。

 パパは無言で私を寮まで送ってくれたけれど、その後私の部屋で明け方近くまで私に説教した。


 その時に一つ気付いた事がある。

 私を叱る時、パパは真剣な顔をしていたのだ。

 そして、パパが真剣さを感じている最中、私は場にそぐわない安心感を得ていることに気付いた。

 以前はパパが説教する度に『嫌い!』とか『どうして私のこと分かってくれないの!』とかそういう事ばかり考えていたんだけど、昨日はなぜか安心していた。


 なんでだろうって思った。

 ぜんぜん分からなくって、だけど、少しもイヤな気持ちはなくって。

 ただただ有難くって。

 それで、今までパパに怒られたことも全部思い出して。

 気が付いたら泣いてた。


 するとパパは、『泣いて許されるのは小学生までだ!』ってまた怒鳴ってきたんだけど、それもやっぱり嬉しかった。

 それで私は、


『違うの。嬉しいの。なんでか分からないけれど……! パパ、ごめんなさい……ッ!』


 嗚咽混じりに謝った。


 パパは暫く黙った後、眉間に皺を寄せて、


『俺だけに謝っても意味がないだろう。他の人にもきちんと謝りなさい』


 それだけ言って帰った。


 パパはやっぱり私の味方だった。


 で、今朝。

 睡眠時間は2時間半。

 体調は著しく悪い。

 まるで風邪引いたみたいに頭がボーっとしてる。

 だけど心は熱かった。

 燃え上がる闘志が私を突き動かしている。


 今日から私は生まれ変わる……!

 今までの私とは違う、新生鎌瀬麗子に……!

 そして内木のハートを掴む……!


 なんて私が思っていると、


「ヤッバ! それマジウケんですけど!?」


 雪村の声が聞こえた。

 反射的に声のした方を見ると、雪村と明星院と小金井が3人一緒に歩いている。


 ま、まずい!?


 反射的にそう思って、私は電信柱の陰に隠れる。


 今回の騒動で一番迷惑を被ったのはあの3人。

 だから、私が謝るとすれば、まず一番に謝らなければならない。


 そう思い電信柱の陰から出る。

 だが3人との距離は一向に縮まらない。

 幾ら足を速めて追いつこうとしても、すぐに足が遅くなる。


 怖い……!

 だって、謝るったって、なんて言ったら分からないし、許してくれるとも限らない。

 いや普通は許してくれないだろう。

 もし私がアイツらだったら二・三発はぶん殴って、そこから多額の損害賠償や慰謝料を事あるごとに請求し続け、一生食い物にするだろう。

 もちろんそれは私のやり方であって、あの三人がそうするかと言うと、たぶんしない気はする。

 でも実際の所は分からない。

 一発ぐらい殴られるかも。


 逃げたい……!

 今すぐUターンして、寮の部屋に引きこもりたい……!

 食糧を買い込み、一切の連絡手段を遮断して、全てが忘れ去られるまで逃げ続けたい……!

 お菓子食いたい……!


「…………やっぱり今日は一旦止めにして、明日また来ようかしら」


 そんなことも考える。

 正直そうしたい。


 そう……!

 これは現状維持……!

 逃げてるんじゃなくて、現状を維持したいだけ……!

 引きこもるんじゃなくって、明日にするの……!

 今日は天気もよくないし……!


 次々に逃げたい気持ちや理由が頭の中に思い浮かんで、私は立ち止まってしまう。

 そんな私を置いて、雪村達はどんどん前へと歩いていく。


 だ……ダメ……!

 これ以上近づけない……!


 ピコーン!


 その時だった。

 突然私のスマホが鳴り出す。

 LINEの通知音だ。

 消音をオフにしていたのを忘れていた。

 かなり音が大きく、周りに居た連中が一斉に私を見る。


「ん?」


 そして、音に敏感な雪村が反応して振り返った。

 すぐさま私の存在に気付く。


「あ、鎌っぺ……」


 やべえ!?


 殆ど反射的に私の足が動く。

 即座にその場から逃げようとしたのだ。

 だが、辛うじてそれを私の理性が止める。


 既に見つかった以上は、もう遅い。

 今から逃げても、雪村はもちろん明星院たちにも姿を見られるだろう。

 そしたら印象を増々悪くするだけ。

 こうなった以上は、もう3人に謝るしかない……!


 私は意を決して3人の傍まで歩いていった。

 明星院と小金井も既に振り返っている。


「おっ、おはよっうっ!」


 めちゃくちゃ声が上ずった。

 動悸がヤバイ。

 まともに息ができない。


「「「……」」」」


 三人は私の挨拶に返答してくれない。

 普段ならきっと笑顔でハイタッチしようとしてくれたであろう、雪村すらも若干怒ったような顔で私を見ている。


 どどどどうしようやっぱり怒ってる……!?


「おはよう鎌瀬」


 明星院が言った。

 その声音に、いつもの爽やかな感じはない。

 激しく私を緊張させる。


 ……怖い……ッ!!?


 いつもと違う3人の態度に、私はもうその場でチビりそうになっていた。

 足はガクガク震え、今日まで生きてきたことをゴメンナサイしそうになる。

 だけどここまで来たら謝る以外方法はない。


「ああああのっ……! ごめんなさいッ!」


 私は頭を下げて言った。

 色々考えてきたんだけど、言葉はそれしか出なかった。

 沈黙の時間が流れる。

 朝から地獄みたいな雰囲気。


「鎌瀬。

 それはどういう意味の謝罪なんだ?

 説明してくれないか」


 明星院が言った。

 私は恐る恐る首を上げる。


 すると、明星院と一瞬目が合った。

 いつも凛々しい顔が、今朝は一段と険しい。

 どこかパパを想起させる。


「そ、その……私が3人にしてしまったことを、考えたの……!

 あれから、私は……パパとか、内木にも迷惑を掛けて……!

 ああいや、それは私の個人的な事情なんだけど、その……!

 そもそも雪村さんのデー……い、いや、雪村さんにも迷惑かけたし……!」


 全然思考がまとまらない。

 きちんと謝らなきゃいけないのに。

 どうしたら。


 そう思った時に、ふと気付く。


「……」


 明星院は黙って私の言葉を待っていた。


 ダメだ。

 今きちんと説明しないと、頑張ってここに来たことが、なんの意味もなくなる……!


「わ……私、明星院さんたちに怒ってたの。

 理由としては……その……う、内木のことなんだけど……」


 私がそう言うと、3人はそれぞれ頷いた。


 私の内木に対する気持ちは、どうやらバレているらしい。

 一瞬恥ずかしくなって、私は顔を背けた。

 3人は相変わらず黙っていた。


「と、とにかくそれで、最近アナタたち内木と仲いいじゃない?

 だからすごいムカついちゃって。

 意地悪してやろうと思ったのよ。

 それで色々酷いことしてきたんだけど、その一番がこの間のSNSの件で……!」


 そこまで私は言うと、スマホを取り出した。

 ツイッターのアカウントはもう削除しちゃったんだけど、勝利記念だと思って撮ったツイートのスクショが何枚かある。

 それを3人に見せた。

 3人は真顔でスマホ画面を見ている。


「ぜんぶ、私がやったの。

 だから……ごめんなさい」


 私はそう言うと、再度頭を下げた。


「なるほど。

 どういう経緯かはわかった。

 それで、自分のしたことについては、どう思っているんだ?」


 即座に明星院が質問してくる。

 言葉のままだろう。

 たぶん、私の何が悪かったのかとか、それに対してどうしたいのか、とかが入ってなかったからだと思う。

 それでは謝罪にならないってことなんだろう。

 どうしよう怖い。


「じ、自分のしたことについては……!」


 答えようとして頭の中が真っ白になる。


 思い返せば、いつもこうだった。

 私は昔から、それこそパパとか、小学校の先生とか、目上の人から怒られる時にいつもこうなる。

『私のどこが悪いのか』を尋ねられると、途端に突っぱねたくなるのだ。


 今思うとそれは、私が『自分のやってることは正しい』って常日頃思っているからだろう。

 今だって、私が間違ってるとは思いたくない。

 だからこうして不機嫌になる。

『そんなの知らない』って叫びたくなる。


 それを……。

 それを、言ってみようか。

 私の本当の気持ちを。

 だってそれが私だし。


「私は……悪くないと思ってる(・・・・・・・・)……!

 だって、私は純粋に内木のことが好きで、その一心でやったことだもの。

 だから私は、悪くない。

 その気持ち自体は(・・・・・・・・・)!」


 そこまで言うと、小金井が私を見た。

 その顔にはハッキリとした怒りが含まれている、ように見える。

 明星院も同様だった。

 雪村すらも激怒しているように見える。


「その……気持ちはよかったの。

 だけどそれ以外が全部よくなかった……!」


 自分で言っていて『そうだったのか』って思う。

 急に世界が開けてきたような気がして、それまで霧がかかったようだった頭の中が整理され始める。


「たしかに、好きって気持ちそれ自体はいいけど、それ以外がダメ。

 だって他人を蹴落としたりしても、内木はぜったい喜ばないもの。

 他人にも迷惑だし。

 私自身の成長もない。

 つまり、誰も喜ばない。

 そうじゃなくて、私は正々堂々正面から、3人と競わなくちゃいけなかったの。

 内木から、付き合うに相応しい人間として、選ばれるように」


 私はそこまで言うと、再度三人の前に立ち直った。

 不思議と恐怖はない。

 いや正確にはちょっとはある。

 だけど、それ以上に胸を突き動かす何かがあった。

 これが私の原動力って言えるような何か。


「だから、私は自分の『したこと』が悪いと思っているわ。

 ごめんなさい」


 言いながら、今一度3人に頭を下げる。

 もの凄く自然に腰が折れた。

 どうやら私自身もちゃんと納得したらしい。

 私が悪いって。


 すると途端に誇らしい気持ちになった。

 きちんと自分のした悪事を認めて、謝罪することができる人間。

 そういう自分に満足していたのだ。


 これでこそパパの娘……!

 そして内木の嫁……!


「なるほど……なるほど……なるほど」


 明星院が頷く。


「……」


 小金井はまだ黙っている。

 雪村も珍しく何も言わない。


 もしかしたら、私の誠意に溢れた謝りっぷりに感動してるのかもしれない。

 少なくとも私はそうだ。

 自分の成長っぷりに、今猛烈に感動している。


 さて、私は言う事を言った。

 今度は3人の意見を聞く番だ。


「以上よ。

 何か意見があったら、聞かせて」


 私がそう言うと、


「……わかった。私の意見を言わせてもらおう」


 そう言って、明星院が一歩前に歩み出た。

 直後。


「ぶべええええええッ!?」


 突然、左の頬に凄まじい衝撃が走った。

 一瞬頭の中が弾け、急に地面が近づいてくる。

 気付けば私は横に倒れていた。

 ズキンズキンという顔面の痛みと、やけに冷たい地面の感覚がする。


 明星院に殴られたのだ!?


 突然の事態に、私だけではなく雪村や小金井までも驚いていた。


「な……なんで殴られなきゃいけないのよおおおおおお!?

 私……ちゃんと謝ったじゃないッ!!?」


「謝った!?

 どこをどう解釈したらそうなる!?

 単に自分は悪くないと開き直っただけだろうが!?」


 明星院はそう言うと、倒れた私の胸倉をつかみ上げた。


「……そ……そんなこと言ってない……!」


「そうとしか聞こえん!」


 明星院がまた拳を振り上げる。


「ひぃっ!?」


 私は咄嗟に顔を庇った。


 瞬間的に私の脳裏に浮かんだのは、雪村のフォロワーたちにボコボコにされた時のことだった。


 こ、これ以上痛い思いするのはイヤアアアアア!!


「や、やば!?

 とりま明日香ぱいせん落ち着こ!?」


 そう言って、雪村が明星院の振り上げた腕を両手で抑えてくれた。

 だが、明星院は腕を下ろさない。

 まるで仁王像みたいな面相で私のことを睨みつけてくる。


 そんな明星院の怒りっぷりが怖ろしくって、私は何も言えなかった。

 ただ胸倉を掴まれた格好のままブルブル震えているだけ。


 すると、そんな私に呆れたのか、


「ハア」


 明星院が溜息を吐いて、ようやく手を放してくれた。


 た……助かった!?


「鎌瀬。

 なぜ打たれたのか、とお前は今言ったな?

 なんで打たれたのか、本当に分からないのか?」


 問われて私は黙ってしまう。


 ほ、本当に分からない……!

 だって、自分の非は認めたし……!


「わ、私だって悪い事をしようとしてした訳じゃないの……!

 これはウソじゃないわ!

 全部内木のためになるって……!

 あ……いや、その時は確かにそう思ってたけど、実際は『内木を手に入れる』って、そう思ってたのかしらね……?

 で、でも全部私と内木の利益になると思って実行したことなのよ。

 だから『気持ち自体はいいけどやり方が間違ってた』ってさっき言ったんだけど……!」


 私はなるべく正直に、自分が納得できてないポイントを語った。


「本当に自分の事しか考えてないんだな……!?」


 すると、明星院が鋭利なナイフみたいな目つきで私を見下ろして言う。


「え……!?」


「鎌っぺさ~。

 アタシらの気持ち考えてる?

 今ものすっごいヤな気持ちになってるんだけど!」


「た……確かに、三人がどう思うかとかは、考えてなかった、けど……!」


「『でも間違ってない』か?」


「……『間違ってない』って思いたい気持ちはあるけど……!

 でも、私だって私なりに精一杯みんなに謝罪しようと思って来たのよ?

 それ自体は、みんなのことを思っての事で……!

 だから……間違っては無くない?」


「いや。

 その謝罪は私達のためではなくて、自分の正当性を守るためだろう。

 自分はちゃんと反省してるから悪くないって、それだけに見える」


「ガチで自分の事しか考えてないよね」


 明星院と雪村に続き、


「間違ってます」


 小金井も頷く。


「ってか自分で言ってて気付かない?

 けっきょく鎌っぺって、『アタシも辛かったから許して~』って言ってるだけなんだよね。

 もし鎌っぺが他の女の子から攻撃されまくって、その女の子から『アタシも辛かったから許して~』って言われたらさ、どうする?」


「……ぶっ殺す」


 控えめに言って百回ぐらいは殴り殺す。

 生まれてきたことを後悔させる。


「でしょ!?

 そんなの知らねってなるっしょ!?

 アタシら今そういう感じ!」


「な……なるほど……」


 なんかすごい腑に落ちた。


 そうか、私今そういうことを三人にしてるのか……!


「ハア……!

 ようやくそこか……!

 本当にどうしようもない人間なんだな……!」


 言って、明星院が肩が下がるレベルの溜息を吐いた。

 その言葉には怒りの他、呆れも籠っている。


「ちなみに分かっていると思うが、許す許さないで言えば、私はお前がやったことを決して許さない。

 お前が流した噂のお陰で、私の生徒会長としての広報アカウントにまで不審な呟きやらDMが届くようになったし、間接的には生徒や学校の名誉だって傷つけている。

 そのことはきちんと自覚して反省して欲しい」


「は、はい……!

 自覚して、反省します……!

 すいませんでした……!」


 これに関しては自然と腰が折れた。


「……具体的にはどうするんだ?」


 明星院が怒り気味に尋ねてくる。


「謝られるだけじゃね。

 鎌っぺ全然信用できないし」


 雪村も腰に手を当てて言ってきた。


 2人が納得してくれる反省の態度……!?

 うう……!?

 わかんね……!


「……も、もっと殴られる、とか……?

 それか慰謝料払うとか……!」


 私がやっと考えたことを言うと、


「ハアアアアアアアア!」


 明星院が更に深いため息を吐いた。

 それと同時に拳を握る。


 うひいいいいいいいいいッ!?


「ん~……。

 ヒントだけ出すと、アタシらが何したら喜ぶかとか、めっちゃ考えるといいよ。

 犯した罪ってもう消えないけど、その分アタシらに何かすることはできるし。

 そっから先許すか許さないかはアタシら次第って感じかなあ」


「そうだ。

 許されることを期待するな。

 それは全てお前の都合だ」


「は、はい……その通りでした……!

 でもどうしたら……!」


 他人が何をしたら喜ぶかなんて、考えたことも無かった。

 なんか、未だかつて使った事もない脳の領域を使ってる感じがする。

 そんな私だから、答えなんて当然出ない。


 私が考え込んでしまうと、


「……明星院さんが喜ぶとしたら、鎌瀬さんが真っ当な人間に生まれ変わる、とかでしょうか……」


 長らく沈黙を保ってきた小金井が、ぼそっと言った。


「そうだな。

 全ては鎌瀬の今後の行動次第だ」


「な、なるほど。

 ちなみにこれでも真っ当な人間のつもりだったんですけど、それはどう直したら……!」


『マジで言ってるのか?』と言わんばかりの目で私を見つめてくる。


 いっ、いやだって本当のことだし……!?

 じゃなきゃ今回みたいな事してないもの……!!


「とりまSNSを使って他人の悪評をばらまくって、ヤベー奴だよね。

 そういう所に気付くところからやってけば?

 知らないけど」


 私が涙目になっていると、雪村がフォローを入れてくれた。


 ありがてえ……!


「あ、なるほど……!

 そりゃそうか。

 っていうか言われないと自覚できてない辺り、私ひょっとして反省できてない……?」


「そういうことだな」


 明星院がまた溜息を吐く。


「一個一個気付いてくしかないね~」


 雪村が言う。


「ああ。

 間違える度に一発一発殴っていこう」


 それに明星院が答える。


 な、なんか物騒な話されてる……!?


 すると、


「あの……私の意見も言わせてもらいたいです……!」


 小金井が真顔で言った。


 いつもニコニコ笑顔の小金井が、今日私と会ってからはずっと強張った顔をしていた。

 恐らくその顔の裏側には、大量の感情がダムみたいに溜め込まれている事だろう。

 ぶっちゃけ明星院なみに怖い。


「どうして、私じゃなくって私のお父さんを傷つけたんですか?

 私だったらまだよかったのに……!」


 小金井が目に涙を溜めて言った。


 うっ。


 私は言葉に詰まる。

 だがここでウソを吐くことは許されない。

 仕方なしに、自分が普段隠している本性を曝け出す。


「…………それは、小金井本人を攻撃するよりも……その……効果があると思ったから……」


 私が恐る恐る言うと、


「鎌っぺって、そういう時だけ頭よすぎるよね」

「サイコパスの発想だな……!?」


 その言葉に、雪村と明星院が反応した。

 雪村は呆れた顔を、明星院はややキレ気味に顔をこわばらせている。


 ぐうの音も出ない。

 ってか出しちゃいけない。


「……ヒドい……っ!

 さいていです……!

 うっ……!」


 小金井がガチ泣きしている。


 私、こんなに泣かせるようなことしたんだ……。


 今さらそれを実感させられる。

 そして。


「私……鎌瀬さんのことお友達だと思ってたのに……!

 大切に想ってる人が、別の大切に想っている人を攻撃するのって、とっても辛いんですよ……!?

 友達がイヤなこと言われるだけでも辛いのに、それをしたのが大事なお友達なんですから……!」


 私にとって、衝撃的過ぎることを言われる。

 何を言ってるのか分からなかったのだ。


 いや、友達がイヤなことを言われてムカつくのはまだ分かる。

 でもそれをしたのが友達だから辛いってのは、正直ちょっと……分からない。

 だって、仮にパパが内木の悪口を言ったとしても、単に『私の内木に文句つけてんじゃねえ』ってキレるだけだもん。

 泣くとか多分しないし。


「そ、そうだったのね……!?

 いや、友達が言われたら辛いってのはまだ分かるんだけど、友達が言ってるのを聞いても辛いっていうのは、ちょっと分からなかったわ……!

 だって私に関係ないし……!」


 だから私は言った。


「え、それマジでいってんの?」

「本当にクズだな……!?」


 私の発言に、雪村と明星院がドン引きした。


「ぐずっ……そんなだから友達いないんですよ……?」


 小金井にも言われてしまう。

 その声音には憐れみすら含まれていた。


「ご、ごめんなさい……!」


 とにかく私が間違っているということだけは分かったので、謝る。


「で、でもどういう感覚なのかしら……!?

 正直異次元過ぎて分からなくって……!」


「鎌瀬、お前には、その人が間違えたことをしていたら、辛くなるような人はいないのか?」


「いやそんな奴はいな……」


 内木。


 その名が一瞬で浮かぶ。

 いや浮かぶ前からずっとあった。

 私にとって、唯一他人だと思えない他人。


「……仮に内木が他人に酷い事をしようとしたら、止めてって怒ると思う」


「そういうことだ」


 明星院がウムと頷く。

 だが議論の余地が残る。


「でもそれは、なんていうか……内木の将来を想ってのことで。

 ようは、私と内木の未来像が崩れるから止めなさい、って感情なのよね……。

 だから、内木のことを考えているかと言われれば、それは……」


 そうじゃない、のかも……!?


 言いかけて、言葉が淀む。

 内木に対する自分の感情が、余りにも薄情なものに感じられたからだ。


「……ひょっとして……私……内木のこと、愛してない(・・・・・)……ッ!?」


 それを自覚した瞬間、喉元に核爆弾を突きつけられたような気がした。


 内木の居ない人生なんて、お金の無い人生よりも辛い……!!


 私がそんな風に自分自身に絶望していると、


「愛の定義は人さまざまだと思うが、私は『相手のことを思う気持ち』こそが愛だと思う」


 明星院が言った。

 その言葉に雪村もフンフン頷く。


「つまり内木のことを思っているなら、たしかにそれ自体は愛だと私は思う。

 お前の話を聞けば聞くほど、世の中には真の悪というものが存在するのだという気がさせられるが、それでも今日逃げずにこの場にやってきた所を鑑みると、幾らかはお前にも相手の事を慮る気持ちが残っているように感じる」


「『私なら内ぴを幸せにしてあげられる』って思ってるところがいちおう愛なのかな?」


「……まあ、ゼロではないとは思う……いや思いたい。

 ともかく、ほんの数パーセントかもしれないが、その部分だけに限定して言えば、たしかにお前がさっき謝罪した時に言った事が当てはまっているだろう。

『愛する気持ちは間違ってないが、愛のやり方が間違っている』という奴だ。

 もっと相手が喜ぶやり方をしなければ、それはただの迷惑になる」


「そーかもね」


「…………わたしもそう思います……」


 雪村に続き、小金井まで言ってくれる。


「その……念のため確認なんだけど……私がやってる愛情表現って、内木にとっては迷惑なのよね……?」


「そこに関しては本人じゃないから知らないが、結果として周りに迷惑を掛けているのは事実だろうな」


「っつかさ~好きだったら傍にいるんじゃね?」


 明星院の言葉に、雪村が続く。

 その一言でドクンと心臓が跳ね上がった。

 図星を刺されたような気がしたからだ。

 というか昨日もそれ思った。


 たしかに……!!

 内木が傍にいないこの現実が全てなんだ……!!

 ツラ……!?


「そ、そうね……!

 とりあえず、私が自分の利益ばっかり見てるってことは分かった。

 これからはちゃんと相手を見て、自分だけじゃなくて相手の利益もきちんと考えて行動するわ。

 そうしたら少なくとも迷惑ではないわよね?」


「……表面上はたしかに良さそうだが、人としてどうなんだそれは?」


「あ~……まあいんじゃね?」


 2人がとりあえずは(?)納得してくれる。


 いまだに色々と難しいけれど、なんとなく理解できてきた気がする。

 私が内木にしたこともそうだし、他の皆に対してしてしまったこともだし、その責任もだし、これから何をしていくかも、いちおうは目安ができた。


『ちゃんと相手を見て、自分だけじゃなくて相手の利益もきちんと考える』


 って所だ。

 これなら私にもできる。


 あとは今気付けた部分も含めて再度小金井に謝らないと。


「小金井さん。

 今まで私、アナタのことをちっとも考えてなかった。

 アナタの大事な人たちのことも。

 今後はその点をきちんと改める。

 すぐには上手くできないかもしれないけれど、とにかく直していくわ。

 だからその……!

 改めて、ごめんなさい……!」


 私はそう言って、頭を下げた。


 すると小金井は、


「……わかりました。

 きちんと謝ってくださったので、今回はいいです……」


 やや落ち着いてきた声音でそう言った。


「でももう二度とこんなことしないでくださいね?

 私本当に悲しいんですから……!」


 涙混じりの笑顔で言う。


 その顔を見て、

『ああ、本当に傷つけてしまったんだな』と、なんとなく思った。


「うん。

 もう……二度としないわ」


 私は言った。

 未来の私と内木に誓う。


「二度としないかどうかは、その時になってみなければ分からないんじゃないか?

 今それを言ってしまうのは無責任だと思うが」


「わかる! 鎌っぺ絶対調子乗るし!」


「そ、そんな事ないわよ!?

 めちゃくちゃ反省してるし!」


 咄嗟に私は言った。


「でも本当のところは?」


 すると雪村がニヤニヤしながら私に尋ねてくる。


「う……『うまく被害者ヅラできてる! さすが私ね!』とかいう自画自賛の気持ちと、

 あとは……『この調子なら、罪を逃れられそうね』みたいな、いわゆるチャンスって感じの気持ちで……!

 悪びれる気持ちもないって訳じゃないんだけど、その……ぜ、全体の5パーセントくらいかしら……!」


 私は正直に言った。


「鎌瀬ええええええええええええ!!?」


 途端に明星院がブチギレる。

 ツカツカと私の下に歩み寄り、拳を振り上げてきた。


「ひいっ!?

 いっいやマジすんません!?

 でも他人の事とか結局どうでもいいし!

 いやもちろんそれじゃいけないってのはよく分かったんだけど!?

 でも本能的な所でどうしてもこういう気持ちが出ちゃうっていうかなんというかでええええ!!?」


 私はその場に土下座し、半泣き状態で明星院に懇願した。


 これ以上もう酷い目に遭いたくないいいいいい!?


「は~~~~~!

 鎌っぺさ~ガチでヤバすぎっしょ!

 前世魔王!?」


「お前、実は地球を侵略しに来た宇宙人だろ……!?」


「……鎌瀬さん、こんど一緒に病院いきましょう。もしかしたら脳の病気とかかもしれません」


 雪村には腹を抱えて笑われ、明星院には人間じゃないと言われ、小金井にはガチで心配されてしまった。

 正直バカにされてる気しかしない。

 だが、バカにされるべくしてバカにされてるのだと思う。

 私がした事は、人間性を疑われてしまうほどに酷いことだったのだ。

 それは自覚せねばなるまい。


「……あ、あと小金井さん。できれば小金井さんのお父様にも謝りたいんだけど……」


「私のお父さんに?」


「う、うん……!

 私のパパは小金井さんのお父様とも仕事のお付き合いがあったんだけど、今回の件ですごく怒らせてしまって。

 それで、ビジネス解消って話になってるらしいのよ。

 だから……その……」


「……なんとかして欲しいんですね?」


「そ、そうなんだけど! 

 だから、その結局お願いすることになっちゃうんだけど、やっぱり直接謝るとかしたくって……それで、都合が良すぎるとは思うんだけど、もしよかったらアポとか繋げて貰えないかなって思って……!」


 すっごい言い難い。

 言い難いんだけど、言わないと私もパパも路頭に迷うことになる。

 だから言うしかない。


「……それは止めておいた方がいいと思います。

 鎌瀬さんって正直、いい人ではないですし。

 私のお父さんは人を見る目がありますから、すぐにバレてしまいます」


「というか既にバレてるだろうな。だからビジネス解消なんて行動にも出たのだろうし」


 明星院がツッコミを入れる。


「そうですね。

 ですから、父には私から話しておきます。

 あと父ですけど、たぶん本気じゃないと思います。

 鎌瀬さんがあんまりにも酷い人間だと思ったから、脅しをかけたんだと思います。

 お仕事と交友関係はきっちり切り離しているので。

 だから誤解を解けば、少なくとも鎌瀬さんのお父さんとのお仕事は再開してくれると思います」


「そ、そうなのね……!?

 そしたら、その……お願いしちゃっても、いいのかしら……!?」


「いいですよ。

 その代わり鎌瀬さんもしっかり反省してくださいね」


 小金井はそう言うと、「めっ」と言って私を睨みつけた。


 こ、小金井さん怖え……!?

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