第5話 ざまあヒロインとダイエット

 その日、私は家の近所にある温泉施設内のサウナルームにやってきていた。

 全面ヒノキの板張りの室内で、バスタオルを一枚巻いた格好で座っている。


 サウナに来ている理由は二つある。

 一つはもちろん美容のため。

 日本一美しい女子高生である私だが、更に己の美しさを極めるために通っている。

 ここの温泉には月額制のコースがあり、平日のみだが月額9000円で入り放題なのだ。

 最近の論文では、サウナ自体に美肌やダイエット効果があるわけではないらしいんだけど、サウナ後は睡眠の質が劇的に向上するので、結果的に肌にもいいしダイエットにもいい。


 そしてもう一つの理由は……。


 私は真向かいの席に座っているババアたちを見た。

 多少の差はあるけど全員太っており肌が汚い。

 まるでブタの角煮みたいな連中だった。

 その姿を見ただけで、私の胸がスッと安らぐ。

 圧倒的格下の女どもを相手にブチかますこの美容無双感。

 オンナとしてこれ以上ないほど気持ちいい。


 あああ癒されるううううう!!

 美少女に生まれてきてホッッッッッントよかったわ!

 ブスのみなさん残念でした!!

 悔しかったら生まれ変わって外見ガチャ引き直してね!?

 ウワホホホホホホホホホッ!


 脳内でブタの角煮どもを散々煽り散らかし、悠々と温泉施設を後にする。

 サウナの効果に加えて、精神衛生的にもこれ以上ないほどいい気分だった。


 フフ……!

 なんだか肌のハリもよくなった感じがするわね。

 やっぱり他人を見下しまくるのって気持ちいいわ。


 なんて思っていると、突然グキュルルルと腹が鳴った。

 通りの先にはドーナツのチェーン店がある。


 ……。

 サウナの後って何故かお腹空くのよね。

 でもガマンよ。

 これも痩せるため。

 もっと痩せて、内木を魅了するカラダを手に入れるの……!

 ただでさえ最近アイツの周りには美少女が集まってるし、このままじゃヤバいし……!


 なんて私が内心焦っていると、


「あ、鎌っぺ!」


 突然声を掛けられた。

 見れば、ドーナツ店の前に並ぶ客に混じって雪村が立っている。


 おへそが出るミニTシャツにショートパンツというクッソチャラい格好だった。

 これからクラブでも行くのかって感じ。

 清楚さが欠片も感じられないその格好に吐き気を催す。


 ビッチめ!

 また男を誘惑してやがんな!?


 そんな奴は、片手にドーナツが沢山入っていると思わしきお持ち帰り用のドーナツボックスを持っている。


「え、ぐ~ぜんじゃん!

 どっか行ってたの!?」


「あら雪村さん、ごきげんよう。

 ちょっと日課のサウナをね」


 あくまで格上の美少女である私は、余裕の姿勢を崩さない。

 清潔な石鹸の匂いがたっぷりと染みこんだ自慢の金髪を掻き上げながら、胸を張って応える。


 フン!

 私はプロの美少女なの!

 ドーナツ如きの誘惑に負けてるアマチュアでザコ美少女のアンタなんかとは違うんだから!


 なんて思いながら、ふと奴の露出した腰周りに目が行く。

 その瞬間私は愕然としてしまった。


 つうかコイツ腰ほっそ!?

 明らかに50センチ台前半なんですけど!?

 おかしくない!?


 信じられなかった。

 バーピージャンプとサウナとプチ断食を併用して行っているこの私ですら、やっとウエスト58センチなのだ。

 その私よりも5センチ以上細い。


 フ、フン……!?

 ちょっと腰が細いくらいなによ。

 内木は私くらいのウエストが好みなんだから!

 つうかドーナツ食いてえ……!

 もう16時間何も食べてない……!


 お腹が空いて、つい奴が持ってるドーナツの箱を見てしまう。

 すると、


 グギュウウウ!


 またお腹が鳴ってしまった。

 雪村がハッとした顔で私を見る。

 私は咄嗟に顔を背けた。


 よりにもよって、こんな奴にお腹の音を聞かれてしまった。

 悔しさと恥ずかしさで顔が真っ赤になる。


 クソ……!

 腹なんか減ってないんだから……!


「あ、お腹空いてる~?

 ドーナツあげよっか♪」


 雪村が箱の中からドーナツを取り出して言った。

 奴が取り出したのはこの春の新作である抹茶ドーナツ。

 抹茶クリームにダイスカットした抹茶チョコが入ってやがる。

 ハッキリ言ってめちゃくちゃ美味しそうだった。

 一瞬で口の中が唾液で満たされ、食す準備が完了してしまう。


 ぐぬぬぬぬううううっ!?

 このままではマズい!?

 ここで誘惑に負けてしまっては、私の美しすぎるボディで内木を魅了するという計画が!!


「い、いらないわ!」


 私は慌てて断った。

 すると、


「あそうなん!?

 じゃ食べちゃお~!」


 雪村はそう言って、パクン! とドーナツに被りつく。

 ドーナツはあっという間に奴の胃袋に収まってしまった。

 舌で指先に付いたクリームをチロチロ舐めている。


 く、くそ……!?

 私もドーナツ食べたい……!!


「ひょっとして鎌っぺダイエット中? 

 アタシがいいやり方教えてあげよっか!」


「え……」


 正直ちょっと気になった。

 雪村は腐ってもミスコン三連覇の実力者。

 更には登録者100万越えのインスタグラマーでもある。

 私が知らないダイエットの裏技を知っているのかもしれない。


 だったらその方法を聞き出して、コイツを出し抜いてやる……!


 そう期待した私だったが、


「カンタンだよ!

 食べた後ちょっと歩くの!

 大体10分くらいかな~?

 そしたら大体何食べても平気!

 実質ゼロカロリー!」


 雪村は『すごいでしょ!』みたいな調子で言ってきた。

 10分歩くとドーナツのカロリーがゼロになるらしい。

 ふむふむ。

 なるほど。

 それは素晴らしいわね。

 …………………………。


「って!?

 んなわけねーだろうが!?

 パチこくんじゃねぇ!」


 思わず素の口調で突っ込んでしまった。


 ドーナツ1個がおよそ200キロカロリーとして、普通なら最低でも4キロは走らないとそのカロリーは消費できない。

 それをこいつはたったの10分だと……!?

 なんて羨ましい体してやがるんだ畜生!?


「でも太れないの悩みなんだよね~。

 やっぱさ~の方が男の人好きっていうじゃん?

 ちょっと気にするよね~」


 言いながら私を見るんじゃねええええええ!?

 私はムチムチ系じゃねえぞ!?

 スレンダーやぞ!?


 ふざけんな……ッ!

 人がどれだけの思いをしてダイエットしてると思ってやがるんだこの……ッ!

 なんて羨ましい……ッ!

 許せん……ッ!!!


「クギュウウウウウウッ!!!」


 私は罪人を睨みつける閻魔様みたいな顔で雪村を睨みつけた。


「あははッ!!

 鎌っぺその顔マジウケる!

 お腹よじれそう!!」


 雪村が腹を抱えて笑う。


 うるせええええええ!!!


「あ、でさ!

 実は鎌ッペに相談があるんだけど」


 なんて私が内心ブチギレていると、急に雪村が言った。

 さっきまでのハイテンションさは鳴りを潜め、今までにないくらい真剣な顔に変わる。


 な、なによ……!?

 金なら貸さないわよ!?


「実はアタシ、内ぴのこと大好きなんだ。

 それで、できれば付き合いたいって思ってるんだけど。

 鎌ッペって内ぴの幼馴染なんでしょ?

 コクるのとか手伝ってくれない?」


 ……。

 はああああああああああ!?!?!?


 雪村の言葉が信じられなかった。

 衝撃で全身硬直する!

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